エピローグ

 お昼ご飯を食べた後で、わたくしたちはホテルを後にしました。

 ドウェインさんは昨日のうちにコードウェルに帰っています。桃色サンゴがよほど嬉しかったのか、すごい勢いでしたよ。

 ホテルの方が見送りに出てくださいましたのでお礼を申し上げてから、わたくしたちは鳥車に乗りました。


 来た時同様、数時間かけてコードウェルに戻ります。

 馬車を使うと二か月半以上かかる道のりですのに、数時間で戻れるなんて、本当に鳥車は便利ですね。


「メロディ、デイヴさんへのお土産は、本当にそれでよかったんですか?」


 デイヴさんはグレアム様が不在の時にコードウェルの子細をお任せするので、どうしても一緒に出掛けることができません。前領主のバーグソン様が代わりに領主のお仕事をしてくださいますけれど、バーグソン様お一人に押し付けるわけにはいきませんし、領主のお仕事以外にもお城のお仕事はたくさんありますから、執事であるデイヴさんはお城から離れられないのです。


 ……いつもお留守番なので、素敵なお土産をご用意したかったのですが……本当にあれでよかったのでしょうか?


 メロディがお土産に選んだのは、なんとも派手な柄のシャツとひざ丈のゆったりとしたズボンでした。漁師さんたちが普段着に来ている服らしく、着心地がよくて涼しいとは聞きましたが、コードウェルは寒い地域で、夏でも王都で言うところの春の気候ですから、あまり実用的でない気がするのですよ。

 それに……あの派手な柄のシャツとデイヴさんのイメージが、どうも一致しないと言いますか。

 マーシアは苦笑して、「わたくしが別のお土産を購入しています」と言ったので、わたくしはほっと胸をなでおろしました。

 さすがマーシアですね。メロディの行動を先読みしたのでしょう。


「ちなみにマーシアが買ったお土産は何ですか?」

「これです」


 そう言ってマーシアが取り出したのは、大きなほら貝です。


「…………ええっと」

「どっちもどっちだな」


 グレアム様がメロディとマーシアのお土産をそう表現なさいました。


「そうは言いますが、この貝に耳をあてると海の音がするのですよ」

「そうなんですか⁉」


 それは知りませんでした。このほら貝はもしかして魔術具の一種なのでしょうか。

 マーシアが特別に貸してくださるとおっしゃるので、わくわくしながら耳にあてます。


 ……本当です! 波の音がしますよ‼


「わたくしも買えばよかったです……」

「我にも貸すのだ」

「はい、ガイ様」


 ガイ様の小さな手で持つのは大変だと思うので、僭越ながらわたくしがお差さえします。


「おお! 本当だ!」

「はい、波の音が閉じ込められています!」

「アレクシア、そんな音がするだけで、本当の波の音じゃないぞ」


 グレアム様はそうおっしゃいますが、この音があれば海の思い出が鮮明に思い出せる気がするのですよ。


 ……時折、デイヴさんにお願いして貸していただきましょう。


 これさえあれば、デイヴさんも海に行った気持ちになれるでしょうし、最初はびっくりしましたが、素晴らしいお土産だと思います。さすがマーシア!


「デイヴが困惑して固まる様子が想像できますねー」


 オルグさんがけたけたと笑っています。

 そうですね! 想像よりもはるかに素晴らしいお土産に、驚いてしまうでしょうね!


「いやあ、奥様は純粋でいいですねー」

「?」

「オルグ、あまり揶揄うな。メロディとマーシアはともかく、アレクシアは本心からこの貝が素晴らしいと思っているんだからな」


 どういうことでしょう?

 首をひねっていますと、グレアム様が、きちんと別にお土産は買ってあるとおっしゃいました。


 ……お土産がたくさんですね!


 道理で、ロックさんが持ち帰るのに大変だとこぼしていたはずです。

 誰がどんなお土産を買ったかで盛り上がっているうちに、鳥車はあっという間にコードウェルにたどり着きました。

 コードウェルのお城の玄関で鳥車を降りますと、デイヴさんとバーグソン様、使用人の方々がお出迎えしてくださいます。


 ……よかったです。この前、デネーケ村から帰還したときは、お城の中が混沌茸に占拠されていて、まさしく混沌状態に陥っていましたので……。今回は、お城から「ぐげげげげげ」が聞こえてこないので、心の底から安堵いたしますよ。あんな悪夢はもうこりごりですからね。


「今帰った。変わりなかったか?」


 わたくしとメロディとマーシアがわいわいと荷物を下ろして確認している間に、グレアム様がデイヴさんに確認なさいます。


「………………、そう、ですね」


 ん? 今、妙な間がありましたよ⁉


 わたくしが振り返りますと、バーグソン様が何とも言えない笑顔でデイヴさんを見て、デイヴさんは死んだ魚のような目をして明後日の方向に視線を向けていらっしゃいました。


「変わりがなかったと言えばなかったですし、あったと言えばあったと言いますか、つい昨日起こったばかりなのですが……見ていただくのが早いかと」


 なんですかその含みのある言い方は! 何があったんですか⁉

 わたくしがグレアム様のおそばに向かいますと、グレアム様がデイヴさんから場所を確認して額に手を当てました。

 わたくしも頭を抱えたい気分ですよ。


 だって、デイヴさんが示したのは裏庭です。つまり、無断で建築(?)された、あのキノコの家があるところです。

 もう、皆まで言わなくても犯人がわかりました。


 わたくしは、荷物の片づけをマーシアとメロディたちにお任せして、グレアム様とともに急いで裏庭へ向かいます。

 そして……絶句しましたよ、ええ。

 だって、いつの間にかキノコの家が二個に増えていたんですから‼


「どういうことですか、どうして増殖しているんです⁉」


 このキノコの家は増えるんですか⁉

 あんぐりと口を開けるわたくしに、グレアム様がこめかみを押さえて、大声でドウェインさんを呼びました。

 すると、二つ目のキノコの家から、ドウェインさんがひょっこりと顔を出します。


「そんなに大声を出さなくても聞こえますよ。どうしたんですか?」

「どうしたんですか、じゃない! 何故キノコの家が増えている⁉」

「ああー」


 ああーじゃないです。ああーじゃ! きっちり説明してください!

 わたくしたちは真剣なのに、問題を起こしたドウェインさんだけがきょとんとした顔をしています。


「だって、あっちのキノコの家はキノコの栽培用ですから」

「だからなんだ」

「サンゴを一緒に育てるスペースはないんですよ。だから、新しいキノコの家は桃色サンゴの栽培……ひいてはサンゴキノコの栽培用です」


 結局どっちもキノコ栽培用じゃないですか‼

 わたくしは唖然としましたが、ドウェインさんはとっても嬉しそうにキノコの家の玄関扉を全開にしました。


「見てください。中央に巨大な水槽を作ったんですよ。うまく育てれば増やすことも可能らしいのでこれから増やしてみようと思います! そのうち、ブレーメの町のように水がなくても大丈夫なようにできればと思っているので、成功したらこの裏庭にサンゴ林を作る予定です」


 何勝手なことを言っているのですか! この裏庭はドウェインさんのものではありませんよ!

 デイヴさんはもはや何も考えたくないと言うような顔をしていますし、グレアム様は言葉もないようです。

 でも、わたくし、頑張りますよ!

 このままドウェインさんの好きにさせていたら、この裏庭にどんどんキノコの家が増えていきますし、果ては裏庭全体でのキノコ栽培まではじめそうですから、しっかりと釘を刺さなくては!


「ドウェインさん、キノコの家はもうこれ以上増やしたらダメですよ!」

「そんな! まだいろいろ作りたいものがあるんですよ、姫」

「いけません! この裏庭はみんなのものです! ドウェインさん一人が好きにしていいところではないのです!」


 わたくし、毅然とした態度が取れたと思います。ドウェインさんを自由にさせていたらとんでもないことになるのはもう学習済みですから。ドウェインさんはわたくしの護衛としてここに送られてきたので(お断りしましたけどね)、わたくしが何とかしなければならないと思うのです。


「じゃあ……あそこの木から、ここのベンチまで私にください」

「ほぼ半分じゃないですか! ダメですよダメです! ダメですよねグレアム様?」

「ああ、ダメだ」

「じゃあその半分でもいいです」


 何が何でもここに自由な土地が欲しいみたいですねドウェインさん。

 ダメだ、欲しいの押し問答の末、最終的に裏庭の六分の一のスペースがドウェインさんに占拠されました。


 ……グレアム様を魔石で釣るのは卑怯ですよ‼


 こうして、ちゃくちゃくとドウェインさんに裏庭が占拠されていきます。

 コードウェルのキノコパニックは、いったいいつになったら収まるのでしょうか。


 やれやれですよ。






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