新婚夫婦の朝散歩 3

 翌朝、わたくしが目を覚ますと、グレアム様も起きていて、バルコニーの椅子に座って外を眺めていらっしゃいました。

 わたくしもいつもより早く目覚めてしまいましたし、もしかしてグレアム様も、今日帰るのが寂しいのかもしれません。


 もぞもぞとベッドから出ますと、グレアム様が振り返って、立ち上がると両手を広げてくださいます。

 わたくしはグレアム様の胸にすぽっとおさまって、まだ薄暗い外を見やりました。

 まだメロディもマーシアも起きていないような早い時間です。


 ……日が昇る前の空って、とっても綺麗ですね。


 青というよりは青紫色をしていて、ちょっぴり神聖な感じがします。

 柔らかい風が運んでくる空気もひんやりして気持ちがいいです。

 空気は少しだけ肌寒い気もしますが、グレアム様が抱きしめてくださっているので温かいです。


「とってもいいところでしたね」

「そうだな。たまにはこういうのも悪くない」


 グレアム様は普段は旅行をなさらないそうです。用事があるときだけコードウェルから出る生活をなさっていたので、楽しむためにどこかを訪れることはなかったのだとか。

 かくいうわたくしも、旅行なんてしたことがありません。ハイリンヒ山の噴火を止める際にデネーケ村を訪れましたが、あれは必要に駆られてのことでしたので、純粋に旅行というものは今回が初めてでございます。


 ……旅行、楽しいですね。とっても。


 トラブルもありましたが、それも含めて、楽しかったと思えます。


「朝の海って綺麗ですね」

「ああ。……せっかくだ。少し海岸を歩いてみるか?」


 そういえば、こんなに朝早くに海に行ったことはありませんでしたね。いつも朝ごはんを食べてから向かっていましたから。


「はい! 気持ちよさそうです!」

「よし」


 さすがに夜着の格好は問題なので、わたくしとグレアム様は簡単に着られる服に着替えます。

 そして、グレアム様に抱きかかえられて、バルコニーから外へ飛び出しました。


「ふふ、なんだかいけないことをしている気分です」

「確かにな」


 ホテルの玄関から出なかったのは、部屋の扉を開ける音でマーシアやメロディを起こしてしまうかもしれないと思ったからですが、これでは悪戯をしている気分になりますね。

 あっという間に海岸に降り立ちますと、寄せては返す波の音が穏やかに響いています。


 ……波の音って、どうしてこう落ち着くのでしょうね。


「あ、靴を忘れてしまいましたね」


 砂浜に降り立ってはじめて、わたくしは自分が裸足であることに気がつきました。グレアム様もです。

 でも、靴では砂浜の上は歩きにくいものがありますし、靴の中に砂が入ると取るのが大変ですから、逆に裸足でよかった気もします。

 日中は砂浜がとても熱いのですけど、今はひんやり気持ちいいですね。


 グレアム様とゆっくり手をつないで歩きます。

 アーレ地方から見える海は西側なので、朝日が昇ってくる様は見えませんが、少しずつ空が白んでくる様子はとても美しいですね。

 朝早いので、わたくしとグレアム様以外の人影は見られません。

 漁師さんはお仕事をしているでしょうが、ここから離れたところから船を出しますからね。


 ……まるで、このきれいな海岸をグレアム様と二人じめしている気分ですよ。とっても贅沢です。


 砂浜に打ち上げられている綺麗な色をした貝殻を見つけては拾い上げながら、のんびりお散歩です。

 昨日のお昼にメロディと買い物に行った際に、自分のための思い出にと貝殻で作られた首飾りを買ったのですけど、それと合わせて、今拾った貝も持って帰りましょう。

 新婚旅行の思い出です。

 思い出箱のようなものを作って、保管しておきたいですね。


 海岸をゆっくり歩いて、そのあとで二人で並んで砂浜に腰を下ろします。

 なんとなく、まだ海を見ていたい気分なのです。

 心配させてしまいますので、メロディやマーシアが起きる前には部屋に戻らなければなりませんが、もうちょっとだけ。


「また来たいですね」


 ぼんやりしていたら、ふと口からそんな言葉が出ていました。


「そうだな」


 グレアム様も頷いてくださいます。


「また来年も来るか」

「はい!」


 また来年。

 そんなお約束ができるのがとても嬉しいです。

 また来年もグレアム様と一緒にいられると言うことですから。

 こんなお約束が増えるたびに、わたくしはとても安心するのです。


 ……また、ここに。


 わたくしがグレアム様を見つめますと、グレアム様も見つめ返してくださいます。

 そして――どちらともなく、唇が合わさりました。


 幸せです。




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