作戦会議と突入 4

「……はあ、困ったな」


 グレアムは部屋の窓から外を眺めつつ、何度目かになるため息をついていた。


 ここはブレーメの町にある城の一室だ。

 灯りの落ちた町の中は薄暗いが、周囲に張り巡らされている結界の青白い光のおかげで完全な闇ではない。


 実際に魔術具を見ないことにはわからないが、あの結界を張っている魔術具が少々特殊な作りであるのは間違いない。おそらくだが、風の魔術のほかに水の魔術と光の魔術も組み込んである。ということは最低でも三種類の魔石を使った複合の魔術具だ。違う属性の魔石を使って作る魔術具は組み込む魔石のバランスが難しいのだ。少しでもバランスが崩れると、負けたほうの魔石が砕け散る。仕上げるまでに何度も失敗を繰り返し、魔石を無駄にし続けなければ作れないものだ。


(あの結界の外は海か……。さすがに今の状態では逃げられないな)


 グレアムは自分の右腕にはまった腕輪を見て舌打ちした。

 この腕輪は魔力封じの腕輪と言われるものだ。

 魔術師が罪を犯した際に使用されるもので、クウィスロフト国にも存在する。

 ただし、悪用されると大変なので、国で厳重に管理されていて、市場には出回らない代物だ。作ろうと思っても、力ある魔術師にしか作れないので、そう簡単に量産もできない。


(まさかこの町にこんなものがあるなんて……)


 思い出しても忌々しい。


 あれは、昨夜のことだ。

 アレクシアを腕に抱いて眠りに落ちたグレアムは、物音を聞いて目を覚ました。

 あの時、魔力を感じていればもっと早く目覚めていただろうが、聞こえてきたのは物音だけで、魔力は感知できなかったのだ。どうやらいつかドウェインがしたように、闇と光、風と火の魔術で魔力も姿も消していたようである。

 それゆえに起きた失態だった。

 気づいたときには、グレアムの右手にこの腕輪がはまっていたのだ。そして、目の前に現れた二人の男によって、魔術で拘束された。魔力が封じられているため魔術が使えず、グレアムはそのままこの町に連行されたのだ。


(害意がなかったのも災いしたな)


 グレアムは相手の発する害意に敏感だ。ゆえに、魔力が感じられなくとも相手に害意があればもっと早く気づいていた。だが、害意がまったくなかったのだ。いったい何が目的なのかと怪訝に思いながらもこの城に連れてこられたグレアムは、この部屋に押し込められた。そしてしばらくして、ブレーメの町を治めているという年若い女王がやってきた。

 そして、挨拶もそこそこに突然求婚してきたのだ。


(いきなり現れて「わらわの伴侶になってほしい」などと、バカなのか?)


 唖然とするグレアムに、ファシーナと名乗った女王は、魔力の高い子を産む必要があると言い出した。つまりは、伴侶とは名ばかりの種馬扱いである。

 目的が子供であるため、グレアムが既婚者であろうとどうしようと関係ないとファシーナは言った。

 とりあえず追い返すことには成功したが、あの様子だと、あきらめてはいないだろう。

 せめてこの腕輪さえ外せれば逃げ出せるのだが、この腕輪は魔術でないと外れない。魔力が封じられているグレアムには自力で外すことは不可能だった。


 こんなにも頭の痛い状況は生まれてはじめてかもしれない。

 どうにかして外と連絡が取れればいいのだが、ここは海の底。しかも城の部屋に閉じ込められていて外には見張りがいる。外部と連絡を取るのはなかなかに厳しい状況だ。


(魔術を使えないのがこんなにも心もとないとは思わなかったな)


 魔石があればなんとかなるが、グレアムが身に着けている魔石は現在左手の結婚指輪の闇の魔石だけだ。普段から魔力を通していればよかったが、グレアムは魔術を使用する直前に魔力を通して触媒とするので、普段は魔力を通さずにそのままにしてある。

 アレクシアは、魔石の輝きが薄れれば魔力を補充していたようだが、グレアムは指輪の魔石の輝きにはさして興味がなかったのだ。


(アレクシアのように魔石に魔力を通しておけばよかったな。そうすればこんな腕輪も破壊出来ただろうに。……まあ、魔石に魔力を込めていたら指輪を奪い取られたかもしれないがな)


 それにしても喉が渇いた。

 グレアムはちらりと部屋のテーブルの上に置かれている食事と飲み物に視線を向ける。


 あの中に何か盛られている気がして、ここに連れてこられてから何も口にしていない。

 女王が子供を欲している以上、あの中に媚薬系の類が混入されていないとどうして言えよう。

 普段ならば魔術で解毒可能だが、魔力が封じられている現在、喉の渇きや空腹よりも身の安全が最優先だ。

 眠っている間に部屋に侵入されたらと思うと、おちおち眠ることもできない。


(アレクシアは泣いていないだろうか……)


 アレクシアはグレアムがいなくて、不安に思っていると思う。金光彩の入った赤紫色の瞳が涙で濡れるところを想像して、グレアムは心臓の上を押さえた。

 早くアレクシアのもとに戻りたい。

 第一、アレクシア以外の女性との間に子供なんて作る気などさらさらない。


(せめて、俺がここにいることだけでも伝えることができればいいんだが……)


 まさかアレクシアがグレアムを取り戻すために近くまで来ていることなど露とも知らず、グレアムはもう一度溜息をついた。





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