女王との勝負 1
コバルトブルーのお城の玄関には見張りの兵士たちが立っていましたが、わたくしたちはドウェインさんの魔術で姿と気配を消していますから気づかれません。
でも、さすがに玄関扉を開けたら気づかれてしまうので、わたくしたちは正面玄関ではなく、他の入り口を探すことにしました。
……ちょっぴり、泥棒さんの気分です。
ブレーメの町は海に住む獣人の町と聞いていましたが、皆様、人の姿で生活している方が多いですね。ロックさんも諜報隊の仕事があるとき以外は人化を解きませんので、普段生活する分には人の姿の方が勝手がいいのだと思います。
オルグさんなんて、一度も獣の姿になったところを見たことがありませんからね。黒豹の獣人さんだと聞きましたので、一度でいいので見てみたいのに、ずっと人の姿で生活しています。
お城の正面玄関を右手に回り、わたくしとドウェインさんはほかの入り口を探します。
お城ですからね、勝手口とか、いろいろあると思うのですよ。コードウェルのお城にも、いくつか出入り口がありますから同じだと思います。
ドウェインさんは相変わらずサンゴキノコをお探し中です。
庭にもサンゴがぽこぽこ植えられていますからね、それを一つ一つ確かめています。
呑気にキノコ探索をしている暇はないんですけどね、言っても聞いてくれませんし、ドウェインさんがいなければ困るのはわたくしですから、ここは我慢です。大人になるのですよアレクシア。
「生えていませんね……。時期じゃないんでしょうか?」
サンゴキノコとかいう猛毒キノコの発生時期なんて知りませんから、わたくしに訊かれても困ります。
「伝説はやはり伝説だったんじゃないでしょうか? きっと空想上のキノコなんですよ」
願望も込めて申しますと、ドウェインさんががっかりと肩を落としました。
「そうなんですか。ではもうここには用はありませんね」
いえいえいえ待ってください‼
何を勝手に「ここに来た目的はキノコ狩り」みたいに脳内変換しているのですか⁉
「ドウェインさん、思い出してください! ここにはグレアム様を助けに来たのですよ⁉」
わたくしは小声で叫ぶと言う器用な特技を身につけました。
ドウェインさんは思い出したように「ああ、そうでした」なんて言っています。絶対忘れていましたよこれ。どうして忘れられるのか謎すぎます。
ドウェインさんは思い出してくださったみたいですが、やる気がまったく感じられません。ものすごくどうでもよさそうです。
……このままでは危険な気がします。
わたくしはどうにかしてドウェインさんのやる気に火をつけようと頭を悩ましました。
ドウェインさんが鍵なのです。わたくし一人の力では、グレアム様を助け出せないかもしれないのですから!
うーんうーんと悩んだわたくしは、名案を閃いてポンと手を打ちました。
「ドウェインさん、サンゴキノコが実在するかどうか、ここの女王陛下に訊いてみたらどうでしょう。実在したならば、グレアム様を救出したあとで、女王陛下と交渉したらどうですか? たとえば、クウィスロフトの王弟殿下を攫った罪を許す代わりにサンゴキノコを所望するなど、いいと思いますが」
王弟であるグレアム様を攫った罪がキノコで許されるのは無理があるかもしれませんが、ドウェインさんならきっと食いついて――きましたね、はい。目をキラキラさせていますよ。
「姫は賢いですね! それで行きましょう!」
ひとまず、ホッ、です。
ドウェインさんのやる気に再び火が付きました。こうなればサンゴキノコを手にするまで止まらないと思います。おかげでグレアム様救出の可能性がぐんと上がりましたよ。
さあ、気合を入れて入り口を探しますよ!
ドウェインさんは脳内変換で「サンゴキノコは女王が持っている」と勝手に認識したのか、先ほどとは打って変わって、真剣な顔で入り口を探しています。
キノコがかかった時のドウェインさんのエネルギーは凄まじいものがありますね。
夜とはいえ、お城ですので見回りの兵士がちらほらといらっしゃいます。
しかし、巡回の兵士なので、同じところにずっと留まってはいません。
ドウェインさんは城の裏手の勝手口に目をつけて、兵士の姿が裏庭からいなくなったのを見計らって扉を開けました。鍵がかかっていたと思うのですが、さすがというかなんというか、ドウェインさんにはそんなのは関係ありません。
勝手口から急いでお城の中に入り込みますと、どうやらここは、キッチンにつながっている勝手口だったみたいです。
……って、ドウェインさん! なに食糧庫の方に行こうとしているんですか‼
珍しいキノコでもあると思ったのか、キッチンの奥の食糧庫に向かおうとするドウェインさんの手をつかんで、何とか押し留めます。
「ドウェインさん、こんなところに毒キノコなんてありませんよ」
「毒キノコでなくとも珍しいキノコがあるかもしれません」
「そうだとしても勝手に取ったら泥棒さんです。珍しいキノコが欲しいなら、サンゴキノコと一緒に女王陛下にお願いすればいいと思います」
「それもそうですね」
女王陛下に頼めばキノコがもらえると脳内変換したドウェインさんは、食糧庫に行くのを諦めてくださいました。……ドウェインさんにキノコをおねだりされて困る、顔も知らない女王陛下の姿を想像してちょっぴり可哀想になりましたが……いえ、同情なんていたしませんよ。だってわたくしの大切なグレアム様を攫ったのですから!
ドウェインさんはキッチンから城の廊下に出て、きょろきょろとあたりを見回した後で、親指と人差し指でわっかを作ります。行っていいみたいです。
わたくしもドウェインさんを追いかけて、城の中を歩き回りながら魔力の気配を探しました。
……あれ? グレアム様の魔力が感じられません。
てっきりここにいると思ったのに、これは想定外の事態です。
おろおろするわたくしに、ドウェインさんは冷静でした。
「何をしているんですか。探すのでしょう? 行きますよ」
「で、でも、グレアム様の魔力が……」
「何を当たり前なことを言っているんです? 魔術が使える状況なら水竜様の末裔は自力で脱出するでしょう? おそらく魔力が封じられているんだと思いますよ」
「そ、そんなことが可能なんですか?」
「ええ。魔力封じの魔術具を使えばね」
知りませんでした。世の中にはそのような危険な魔術具もあるのですね。
本当にドウェインさんはなんでもよく知っていますね。感心してしまいます。これで常識が通用してキノコという欠点さえなければこの方、無敵なんじゃないでしょうか。まあ、この二つがとても厄介なのですが。
でも、これで納得がいきましたよ。グレアム様は魔力を封じ込められているから帰ってこられなかったのです。そうでなければ素晴らしい大魔術師様のグレアム様がみすみす捕らわれるはずありません。
……なんてひどいことをなさるのでしょう。沸々と怒りが沸いてきますよ。
「魔力を奪って強引に子供を作ろうとするなんて……ええっと、そう、セクハラです!」
「違いますよ姫、そういうのは強姦というんです」
「……?」
「まあ、女に襲われて無理やりというのは男の沽券に関わりますのであまり口にしない方がいいと思いますよ。さすがに私でも勘弁です。据え膳とかあの方は興味なさそうですし」
「はあ……」
据え膳とは何でしょう。男の沽券というのもよくわかりません。
よくわかりませんが、呑気におしゃべりしている暇はありませんので先を急ぎます。グレアム様を取り戻した後で、メロディあたりに訊いてみましょう。ドウェインさんの口ぶりではグレアム様ご本人には聞かない方がいいみたいなので。
「一階には貴人用の部屋はなさそうですね。二階に行きましょう」
ざっと一階を見て回った後で、わたくしたちは使用人用の階段を使って二階に上がります。大階段は見張りがいたので、姿を消しているとはいえ、念のために回避です。
コードウェルのお城に比べて小さいとはいえ、お城ですからね。部屋数は多いです。これを一つずつ確認していくのにはなかなか時間がかかりそうですね。
「ドウェインさん、野生の勘であたりをつけられないですか?」
「野生の勘って、姫は私を何だと思っているんですか?」
いえ、だって……キノコを探しているときとか、まさしく野生の勘でもあるのかというくらいすごい勢いで見つけるじゃないですか。だからお持ちなんじゃないかなと。
わたくしの表情から何を考えているのかがわかったのか、ドウェインさんがはあと嘆息します。
「姫、私はこれでも、あらゆる方向から確率を導き出し整然とした数式のもと一番合理的な答えを導き出しているんですがね」
……合理的に求める答えがキノコのありかなんですか?
いえ、突っ込みませんよ。突っ込んだら最後、話が脱線する予感大ですから。全然合理的でない気がしますが、絶対に突っ込みません。はい。
「で、ではその合理的な答えを導き出してグレアム様のいらっしゃるお部屋を探してください」
もう、グレアム様が見つかるなら合理性とかどうでもいいです。
「そんなことは簡単です」
簡単なら意味不明な合理性とか解いていないで早く教えてくださいよ!
「確立を計算するまでもなくわかりましたから」
「どうしてですかどこですか⁉」
「あの部屋です」
ドウェインさんは何でもない顔で、わたくしたちから見える奥の部屋を指さしました。
「あの部屋の扉の前だけ無駄に見張りが多いですし、見張りの魔力がほかの兵士と比べて多いです。つまり、よほど高貴な方か、もしくは何が何でも部屋の中に閉じ込めておきたい人物がいるかのどちらかかと思われますが、女王の部屋ではないでしょう」
「どうしてそう思うんですか?」
「有事のときに逃げにくい場所だからですよ。女王の部屋ならばあんな角部屋ではなく、何かあったときに脱出しやすいところにあるはずです。特に、過去にセイレンとの衝突があったのならばなおのこと」
「な、なるほど」
「そしてここに水竜様の末裔が囚われているのならば、逃げ出しにくい場所でかつ見張りを多くつけられているあの部屋が一番怪しいです」
……ドウェインさん、全然合理的でないとか思ってすみませんでした。キノコが関わっていなければやはりドウェインさんは優秀でした。いえ、ある意味キノコは関わっていますので訂正します。目的のキノコのために邁進している時のドウェインさんは、とても頼りになります。やはりドウェインさんはキノコで釣って動いていただくのが一番いいです。これぞ合理性というやつだと思います。とても疲れますけどね。
「ドウェインさん、行きましょう!」
「いえ、行きませんよ」
「どうしてですか⁉」
「見張りの前で扉を開けたら、姿を消していても気づかれますよ。一度外に出て、窓から入るのが得策です」
なるほど、名案です!
わたくしとドウェインさんは一度廊下の窓から外に出て、ぐるりと部屋まで回り込むと、窓から入ろうとして……って、何をしているんですか⁉
わたくしは窓枠に手をかけた状態でぴしりと凍り付きました。
だって、だって……ベッドの上にグレアム様が押し倒されていて、その上には艶やかなピンク色の髪をした女性が――
「グレアム様から離れてください‼」
わたくしは、思わず叫んで、部屋の中に飛び入りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます