作戦会議と突入 3
夜になって、わたくしはドウェインさんとともにカペル島にやってきました。ロックさんとガイ様も一緒です。お二人は、万が一に備えてわたくしとドウェインさんが戻ってくるまでカペル島で待っていてくださるそうです。
波の音に交じって、セイレンの歌声が響いています。
ホテルの中にいても聞こえていましたが、外に出るとやはりはっきりと聞こえますね。澄んだ綺麗な歌声です。歌詞はなく、ただ音律のみを刻む歌。こんなに綺麗な歌声が人を惑わせるなんて、残酷だなと思ってしまいました。
今のところ、セイレンは夜にしか活動していないようですが、そのうち昼にも活動するようになれば、このあたりの人に多大なる影響を及ぼすでしょう。今はグレアム様の救出が最優先ですが、今のブレーメの町の女王でセイレンたちを追い払うことができないのであれば、セイレンについてもどうするか考えなければならないかもしれません。
……とはいえ、他国のことですからね、出しゃばりすぎるのもいけないと思うので、このあたりはグレアム様を助け出した後でご相談です。
カペル島は無人島ですので、民家の灯りはまったくなく、奥の森は暗い闇色をしています。
ジョエル君が火の魔術で灯りを灯してくださっていますが、風が吹き抜けた際に聞こえてくる梢の音は、なんだか人の声にも似ていて、ちょっぴり怖いです。
……こんなとき、グレアム様がいらっしゃったら、大丈夫だと肩を抱き寄せてくださいますのに。
って、何を弱気なことを考えているのでしょう。そのグレアム様を今から救出しに向かうのですよ。
「何かあったら、海面に向かって光の玉を打ち出せ。我が向かってやろう」
「ガイ様……ガイ様が向かったら、戦争になってこのあたり一帯が吹き飛ぶのでは……?」
だからガイ様は向かえないとおっしゃっていたと思います。
「そうだが、アレクシアに何かあるよりはましだろう」
いえいえ、このあたり一帯が吹き飛ぶこととわたくしの身の危険を天秤にかけて、わたくしを優先してはいけませんよ。大変なことになります。そして国際問題に発展してしまいますよ!
だと言うのに、ドウェインさんはけろりとした顔で「わかりました」なんて言っています。了承しちゃだめですよ、何を考えているんですかドウェインさん!
ドウェインさんの常識は一般常識の外に存在していますので、本気でやりかねません。
グレアム様の救出が優先ではありますが、同時に危険を回避しつつ目的を達成せねばならないようです。難易度がぐっと上がりました。
「ロックさん、もし、もしもガイ様が動こうとなさったら、頑張って止めてくださいませ」
「……奥様、さすがに私には荷が重いですよ」
そうですね。相手は火竜様です。わたくしが知る限りガイ様を除いて最強のグレアム様とて止められないでしょう。わたくしも、酷なお願いをしているのはわかります。でも、ロックさんには頑張っていただかなくては、このあたりが吹き飛んでしまいますからね。
「さて、姫、そろそろ行きますよ」
「わかりました。それでは、ガイ様、ロックさん、行ってまいりますね。どうか成功を祈っていてください」
わたくしはグレアム様から教えていただいた水の魔術で全身を覆います。ここからさらに、風の魔術を駆使して海の中に入り、闇の魔術で闇の中での視界を確保するのです。
かなりの集中力を要しますが、やれないことはありません。頑張れます。
……ドウェインさんが平然としているのがちょっと悔しいですね。
わたくしはドウェインさんに先導されて、海の中にもぐりました。
水の膜で全身を覆っているため濡れませんし呼吸もできます。
ただ、おしゃべりはできませんので、ドウェインさんの手の動きを頼りに、そちらに向かっていくのです。
……ブレーメの町は、結構深いところにあるのですね。
海中を泳ぐようにしながら沖まで出て、そしてドウェインさんの指示で沈んでいきます。
夜の海はまるでインクの中のように真っ暗です。闇の魔術を使っているから見えますが、灯りがない暗い海の中は、一度沈めば二度と浮き上がることができない気がして怖いですね。
ドウェインさんを追いかけて沈んでいけば、しばらくして、眼下に青白く光る何かが見えてきました。
ドウェインさんがその光を指さしましたので、どうやら目的地のブレーメの町のようです。
近づいていくと、なかなか大きな町が、半透明の青白い色をした半円の膜に覆われているのがわかりました。
……結界の魔術具、なのでしょうか? ちょっと違う気もしますが、結界の魔術具を応用したもののような気がします。グレアム様のように魔術具の専門家ではありませんから、なんとなく、ですけど。
一度海底まで下りると、半円の膜の一部に二本の大きな柱があって、門番さんらしき方が立っているのが見えました。
少し距離を取ったからでしょうか、門番さんはこちらに気づいていません。
ドウェインさんがいつかわたくしの異母姉にしたように、闇と光、風、火の複合魔術を用いて、わたくしとドウェインさんの姿と気配を完全に消しました。
そう、こっそりグレアム様を探すので、見つかってはいけないのです。
姿を消していても、わたくしは闇の魔術を使っていますので、ドウェインさんの姿はきちんと見えます。
こんな夜に誰かが訪れることはないのでしょうね、門番さんはあくびをかみ殺していらっしゃいます。
柱は建っていますが、門自体はないみたいなので、わたくしとドウェインさんはそのまま門番さんの横を通り過ぎ、ブレーメの町の中に入りました。姿を消しているので門番さんはちっとも気づいていないようです。
町の中には水はありませんでした。わたくしは水の魔術を解いて、体の周りの水の膜を消し去ります。
海底でも、夜ですからね。皆さん寝ていらっしゃるのか、ぽつんぽつんと町を照らす街灯の灯りが灯っているだけで、あとは真っ暗です。
姿を消す魔術は解くことはできませんが、皆さん寝静まっていて歩いている人はほとんどいませんので、小声であればおしゃべりできそうですね。
「ドウェインさん、どこに行きますか?」
「一番可能性が高いのは女王の住んでいる城でしょう。ほら、あの奥に見える青い色をした城ですよ」
ドウェインさんが指さした先には、いったい何でできているのか、コバルトブルー色をしたお城がありました。大きさは、コードウェルのお城の半分くらいの大きさでしょうか。尖塔がそびえたっていて、形はお城という感じですが、ちょっと広い邸宅くらいの大きさです。
……あのくらいの大きさなら、しらみつぶしに探すことができそうですね!
それにしても、不思議な町です。
建造物は陸のものとほとんど変わらないのですけど、街路樹の代わりにサンゴが生えていたり、町の中は水もないのに魚が泳いでいたりするんですよ。もしかして、魚の姿をした獣人さんなのでしょうか? どうなっているのかとても謎です。
ドウェインさんは道の横に生えているサンゴを一つ一つ確かめながら歩いています。危険がないかチェックしてくださっているのでしょうねとちょっと感動していたら、しばらくして、ドウェインさんが残念そうに肩をすくめました。
「伝説の『サンゴキノコ』があるかと思いましたがありませんでした」
「……なんですか、それ」
「サンゴに生えると言われるキノコですよ。特定の条件下でないと発生しない貴重なキノコで、この町にしかないと聞いたことがあるのですけど……残念です」
……わたくしの感動を返してください。
危険チェックをしてくださっているかと思えば、キノコ探しをしていただけなんて、ドウェインさんはどこまでもドウェインさんでした。
だいたい、ちょっとおかしいと思ったのですよ。自分自身の理の中で生きるドウェインさんが、グレアム様の救出に文句も言わず協力してくださったのですから。目的はこの町にあるかもしれないサンゴキノコだったんですね。
……そういえば、ハイリンヒ山の噴火を止めようとしたときも、人々の危険や国の危機が理由ではなく、炎のキノコを守りたいという珍妙な理由からでした。この短期間でドウェインさんが、世の中の常識とか、博愛の精神とかを身に着けるはずがありませんでしたから、当然と言えば当然かもしれませんが。
まったく、どこまでも我が道を行く方です。でも、そのドウェインさんがいなければ、わたくしはこうしてグレアム様の救出に乗り出せませんでしたから、たとえドウェインさんの行動が独自のルールにのっとるものであっても、感謝しなければなりませんけどね。でも、なんだか癪でもあるので、感謝はすべてが終わった後まで取っておきます。
「あの城の中にはサンゴキノコがありますかね」
「……お城ですからあるんじゃないですか?」
サンゴキノコを求めて町中を歩き回られると困りますから、わたくしはちょっと適当に答えます。まあお城ですし、珍しいキノコの一つや二つあるんじゃないですかね。
「ちなみにそのサンゴキノコはどんな毒キノコなんですか」
ドウェインさんが追い求めるものですから、普通のキノコではなく毒キノコに決まっています。
わたくしが訊ねると、ドウェインさんは嬉しそうに笑いました。
「噂では、一口食べると、体がピンク色になって半日は動けなくなるらしいですよ。体が硬直するのか石化するのかはわかりませんが、面白いと思いませんか?」
「全然面白くありません!」
それが面白いと思えるドウェインさんの神経を疑います。そんなものが食べてみたいんですか? ありえません。とんだ猛毒キノコじゃないですか!
わたくし、途端に不安になってきましたよ。
もしドウェインさんがサンゴキノコを発見したら、その場で口に入れかねません。そうしたら半日動けなくなるのでしょう? わたくしにかけられている透明になる魔術も解けるのではないですか? 大変ですよ!
……サンゴキノコ、どうか見つかりませんように。伝説だか幻だか知りませんが、幻は幻のまま終わってください。
ドウェインさんはお城にサンゴキノコがあるかもしれないとわくわくしているようですし、頭が痛くなってきます。
わたくしは、わたくしとは全然違うベクトルで生きているドウェインさんに一抹の不安を覚えながら、目の前にそびえたつコバルトブルーのお城に向けて、歩調を早めました。
ドウェインさんがサンゴキノコを発見する前に、グレアム様を助け出さねばなりませんからね‼
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