グレアムの行方とキノコオタク 3
わたくしは思わず茫然としてしましました。
メロディもマーシアも、予想外の人物の登場に唖然としています。
今日も今日とてへんてこなキノコを持っていますが、わたくし、今はそれに突っ込めるだけの精神状態ではないので、当然現れたドウェインさんにも何も言えません。
「どうしてあなたがここに?」
わたくしが沈黙していたからでしょう、メロディがこめかみをもみながらドウェインさんに訊ねました。
あ、そうですね。キノコよりまずそちらのほうが重要です。ドウェインさんは現在火竜の一族の暮らしているデネーケ村で、一族の会議に出席していたはずです。
口を開けば「キノコ」しか言わないドウェインさんがいない隙に新婚旅行に出かけたので、ドウェインさんがここにいるのはおかしいと思います。
「どうしたもこうしたも、会議を終えてコードウェルに戻ったら姫がいないじゃないですか! 私は姫の護衛ですよ? その私を置いて遊びに行くなんて……ひどいじゃないですか‼」
訂正するならば、ドウェインさんはわたくしの護衛ではありません。それはグレアム様が丁重にお断りいたしましたので、言い換えるなら「自称護衛」さんです。
そもそも、ドウェインさんの口ぶりでは、護衛任務ができないことではなく、ドウェインさんをのけ者にしてわたくしたちが遊びに行ったことの方を問題視しているようでした。「ひどい」が「ずるい」に変換されて聞こえます。
「とにかく、姫がここでバカンスを取るなら私もここでバカンスを取りますよ‼ ということで私の部屋はどこですか? ……あ、その前に、はい、姫。お土産です。このあたりのキノコの発生状態を調べていて見つけました」
ドウェインさんが半透明なキノコをわたくしにずいと差し出しました。
わたくしが無言でそれを受け取りますと、ドウェインさんが驚いたように目を丸くします。
「姫? どうかしましたか? 様子がおかしいようですが……。いつもなら『いりません』って言うのに……」
……キノコを差し出したときの反応でわたくしの正常具合を測るのはちょっとどうなのでしょう。
わたくしはぼけっと受け取ってしまったキノコと、それからドウェインさんを交互に見てから、ゆっくりと息を吐きました。ご説明するにも、心を落ち着けてからでないとお話しできないのです。口にしたら泣きそうですから。
「……グレアム様が、いなくなったのです」
「え? 水竜様の末裔が?」
いい加減、「水竜様の末裔」ではなく、グレアム様と名前で呼んでいただきたいものですが、今はそんなことを言う心の余裕はありません。
泣かないように耐えるだけで精いっぱいなのです。
これ以上説明できないわたくしに代わり、ガイ様が状況をご説明してくださいました。
メロディがわたくしの手から透明なキノコをそっと取り上げて、マーシアがルームサービスでドウェインさんのお茶を注文します。
ドウェインさんは服のポケットから乾燥させたキノコを取り出して、緊張感のない顔でもぐもぐと食べながらガイ様のお話を聞いて、「それは困りましたね」とこれまたたいして困っていなさそうな声で言いました。
そして、けけけ、と突然笑い出します。どうやらそれは笑いキノコだったようです。
「ふざけていないで真面目に聞いてください、このキノコ馬鹿‼」
メロディが一喝して、ドウェインさんの手から乾燥キノコを奪い取りました。
ドウェインさんは恨めしそうな顔をして、魔術で毒を中和すると、緊張感のない顔で言います。
「でもあの方ならたとえ誰かに攫われたのだとしても、自力で逃げてこられると思いますけどね」
「……戻ってこられないのだから、逃げられない状況なのだと思います」
簡単に言わないでほしいです。わたくしだってグレアム様がお強いことはわかっていますけど、ドウェインさんがおっしゃる通り自力で逃げられる状況ならとっくに帰って来てくれているはずでしょう?
ああ、だめです。わたくし、今ちょっとドウェインさんに八つ当たりしてしまったかもしれません。尖った声になってしまいました。ドウェインさんは悪くないのに……。
きゅっと唇をかんでうつむいていると、キノコを奪い取られたドウェインさんが、ルームサービスで届いたお茶を一口飲んで、顎に手を当てて考え込みました。
「水竜様の末裔が逃げられない状況がそうあるとは思えませんが……もしかしたら、ブレーメの町の女王と関係があるのかもしれませんね。先ほどセイレンの姿を見ましたし」
「……どういうことですか?」
ドウェインさんは何か気づいたことがあるのでしょうか。
毒キノコが大好きで、隙あらば毒キノコを食べて笑い転げたり痙攣したりしびれたりしているような変人さんなので忘れそうになりますが、ドウェインさんはとても博識な方です。
グレアム様ほどではございませんが、とても強い魔力を持っていて、また、複雑な魔術を操ることもできる優れた魔術師様でもあります。
「何か知っているのか?」
ガイ様も興味が引かれたようにドウェインさんに訊ねました。
ドウェインさんは一つ頷いて、無造作にポケットに手を突っ込みました。そこから取り出されたのは何やら怪しい粉末の入った小瓶。
……あ、嫌な予感がします。
メロディも同様の予感を感じたようで、ふたを開けてそれを紅茶に注ぐ前に、ドウェインさんの手から奪い取ります。
「隙あらばキノコを口にしようとしないでください!」
やっぱり乾燥粉末キノコでしたね。いったいどれだけポケットにキノコを隠し持っているんですか。
ドウェインさんは口をとがらせますが、わたくし、今とても気持ちがとげとげしているので、ふざけるのもいい加減にしないと本気で怒ってしまいますよ。わたくしだって、本気で怒ればたぶんきっとおそらく怖いはずです!
「はあ、まあいいでしょう。キノコは後にします。ええっと、それで、何の話でしたっけ?」
どうしてこの短時間で忘れるんですか!
「ブレーメの町の女王陛下とセイレンについてです。と言いますか、ブレーメの町って?」
「ああ、まずそこからですか。姫はこのあたりに海底の町があるのをご存じですか?」
「カペル島の近くの海にあると聞きました」
「そうですそうです。その海底の町がブレーメです」
「では、女王陛下とはどういうことですか?」
ブレーメの町はカペル島の近くの海底。このあたりはホークヤード国で、女王陛下ではなく国王陛下が治めています。そもそも、ホークヤード国の国王陛下ではなく「ブレーメの町の女王陛下』という言い方はおかしい気がしますよ。まるでその町がただの町ではなく一つの国のように聞こえます。
「どういうと言われても、女王は女王ですよ」
「ホークヤード国は国王陛下が治めていらっしゃいますが……」
「あー、そこもですか。えーっとですね、ブレーメの町はホークヤード国の管轄から外れているんです。ただの人間に海底まで統治なんてできませんからね。だから、あそこは町と言いながら一つのとても小さな独立国家だと思っていただいて構いません。位置づけは一応、準ホークヤード国にはなっていますけどね。子が生まれればホークヤード国に出生届を出しますし、望めばホークヤード国に居住権も与えられるので。何かと優遇されているんですよ」
「優遇?」
「うちの火竜の一族みたいなものです。一族は国を持たない流浪の民ですが、ホークヤード国から居住権は与えられているんですよ。その代わり、国に何かあったときには手助けすると言う盟約を交わしています。ブレーメの町の住人もそれと同じです。このあたり一帯の海を守る代わりに、独立を認められつつも準ホークヤード国民として優遇されているんです。これは、ホークヤード国ならではのことなので、他国では例を見ない措置でしょうね」
「強い魔術師を抱えておけば国の自衛になる。なるほど、これも一つの国の在り方か」
「さすがは火竜様。ご明察です」
つまり、優遇する代わりに助けてもらうという共存関係ということでしょうか。ホークヤード国はずいぶん柔軟な考え方をされるのですね。クウィスロフト国ではあり得ないですが、わたくしはその柔軟さは素晴らしいと思います。わたくしの勝手な意見ですけどね。
「それで、そのブレーメの女王がどうした」
ふむふむと頷くわたくしの隣で、ガイ様が続きを促しました。
「はい。そのブレーメの女王ですがね、たしか最近代替わりをしたはずなんですよ。ただ、先代の女王はとても強い魔力を持っていらっしゃいましたが、今の女王はそれほどではないんです。だからセイレンが戻ってきたのでしょう」
「待ってください。セイレンが戻ってきたとは? 何故ですか?」
ドウェインさんは少々お話を端折る傾向にあるので、聞き流しているとすぐにわからないことが出てきます。
わたくしは何も知りませんから、知っている体でお話されてもチンプンカンプンなのですよ。
「セイレンとはこのあたりを縄張りにしていた魔物です。体は鳥の姿をしていますが、頭は人間のような顔をしています。魔力は強くありませんが歌声で人や獣人を狂わせる厄介な魔物です。このあたりでは、昔からセイレンとブレーメの町に住む獣人で縄張り争いをしていたんですよ」
「縄張り争い、ですか?」
「そうです。このあたりを守るのがブレーメの町の獣人の仕事ですからね」
あの、それは縄張り争いではなく、このあたりを守るためにセイレンを追い払おうとしていたのでは……?
ドウェインさんの感覚は少々わかりません。
ですが、いちいち突っ込んでいたら話が先に進まないのでここはスルーすることにします。
「そして、たしか今から四十年ほど前でしたかね。ついにブレーメの町の女王がセイレンをこのあたりから追いやることに成功したんです。けれど、先代の女王が死に、あとを継いだ今の女王は魔力が弱い。セイレンたちはそのことを知っていて戻ってきたのでしょう」
「なるほど。ですが、それとグレアム様にどのような関係が?」
「そこまでは詳しくわかりませんが……ブレーメの町の獣人たちは、水竜様を神様のようにあがめていらっしゃいます。ここからは私の推測ですが、魔力の弱い女王に代わり、水竜様の末裔に町をセイレンをどうにかしてもらおうと考えているんじゃないですかね。……ついでに、一族に水竜様の血を取り込めればなお最高でしょう」
「血を取り込む……?」
「端的に言いますと子作りです」
「っ」
わたくしはひゅっと息を呑みました。
それはつまり、つまり、グレアム様を女王陛下かほかの獣人さんたちのお婿さんにしようとしていると言うことでいいのでしょうか?
ダメです絶対にダメです。グレアム様はわたくしの夫なのです!
わたくしが真っ青になりますと、メロディがわたくしのそばに来て手を握ってくれました。
「大丈夫ですよ奥様。これはあくまでこのキノコ馬鹿の推測にすぎません」
「だが、あながち的外れでもあるまい。魔力を欲するなら効率のいいやり方だ」
メロディが慰めてくださった横でガイ様が納得の表情を浮かべていらっしゃいます。
さーっと、わたくしの顔からさらに血の気が引きました。
……い、いやです。ダメです。グレアム様はわたくしの大切な方なのです! わたくし、離婚なんてしたくありません!
「このまま水竜様の末裔が姫と離縁してくだされば、我ら一族としては好都合――いたっ」
メロディが素早く振り返ったと思ったら、ゴッとすごい音がしました。
ハッとして顔を上げると、メロディが握りしめた拳でドウェインさんの頭を殴った後でした。どれだけ勢いをつけたのでしょう、メロディが拳を振り抜いた体勢で静止しています。
「旦那様は奥様一筋なんですよふざけたことを抜かしていると重石をつけて海底に沈めますからねこのキノコ馬鹿が‼」
一息でまくし立てたメロディが、頭を押さえてうずくまるドウェインさんを睥睨しています。
それを見ていたガイ様が、わたくしの腕にきゅっと抱き着きながら、口端を引きつらせました。
「……メロディは、たまに野蛮になるな…………」
火竜様まで恐れさせるなんて……メロディ、さすがです。
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