グレアムの行方とキノコオタク 2
ロックさんはすぐに動いてくださいました。
自分が一番早く飛べるからと、諜報隊の方々に鳥車とともにあとから追いかけてくるように伝えて、鷹の姿に変わるとクウィスロフト国へ飛んでいきます。
メロディとマーシアからホテルから出ないようにと言われて、わたくしは部屋で待機状態です。
グレアム様がいなくなった原因が判明していない状況ですので、グレアム様に続き、もしかしたらわたくしも狙われるかもしれないと、部屋の外にはオルグさん、中にはガイ様がいらっしゃってくださいます。
食事は、メロディがルームサービスを頼みましたが、わたくし、食べ物が喉を通る気がいたしません。
せめて飲み物だけでもとマーシアに言われて、オレンジジュースを少しずつ胃に流し込んでいます。
不思議です。味がよくわかりません。
グレアム様と一緒の時は、飲み物も食べ物もあんなに美味しいのに。
「アレクシア、そんな顔をするな。グレアムは我が知っている人間の中では一番魔力が強い。加えて魔術の腕も大したものだ。あやつに危害を加えられるのは、それこそ我のような竜か、竜の血を引くようなよほど強い魔力持ちだけだ。竜の血も引いておらぬただの獣人に、グレアムがやられるはずはない」
「はい……」
わたくしだって、グレアム様のすごさはよくわかっています。
グレアム様は、すごいのです。強くて優しくて温かくて、本当にすごい大魔術師様なのです。
でも、でもね?
わたくしは、そのすごいグレアム様でも、どうすることもできない力を、つい一月ほど前に見たばかりなのですよ。
あの時の相手はハイリンヒ山でしたけれど、大魔術師様が全知全能でないことは、わたくし、あの時本当に身に染みて理解したのです。
あの時だって、もしガイ様が目覚めてくださらなかったら、どうなっていたかわかりません。
どんなにすごい魔術師様で、どんなに強い魔力があって、強い魔術が使えても、人は時として本当に無力なのです。
だからどうしても、安心することはできないのです。
泰然としなければと思うのに、不安は決して消えてくださらないのですよ。
……わたくしが、もっと強ければよかったのに。グレアム様をお守りできるくらいに、強ければ。わたくしだって、魔力は多いのです。多いとグレアム様がおっしゃいました。魔力が成長する珍しい体質だそうなので、このまま増え続ければ俺を抜くかもしれないなとグレアム様は笑っておっしゃいました。だと言うのに……強い魔力があると言うのに、わたくしは何と無力なのでしょうか。
わたくし、どうすればグレアム様をお支えして、時に守れるくらいに強くなれるでしょうか。
わたくしはいつもグレアム様にもらってばかりで、なにもお返しできません。守っていただいているばかりです。でも、何かあったときに何もできないのは嫌です。ただ待っているだけは、嫌なのです。
左手の薬指に触れると、グレアム様とお揃いの指輪の固い感触がします。
わたくしは全属性の魔術が使えます。今のところ中級までの魔術ですが、この指輪があるので属性を持っていない闇と土の魔術も、学べば上級まで使えるはずです。
水中で有効な魔術は、光や闇。地上ならばいいのですが、水中だと火や風、土は威力が下がり、水の魔術も、水中で暮らしている獣人さん相手では分が悪い。ですが、光と闇の魔術はそれを凌駕します。
「……ガイ様は、光と闇の魔術も使えますよね?」
竜というのは不思議な種族だそうです。火竜であるガイ様は火の魔力しかお持ちではありません。しかし、魔力の属性に関係なく、全属性の魔術が使えるのです。お持ちの属性の魔術に比べると威力は格段に劣るそうですが、その対象はあくまでほかの竜と比べたときのことであり、人や獣人、魔物とは比べるべくもない威力だそうです。
「使えるが、アレクシアには無理だ。竜と人とは、魔力の使い方が違う。竜は魔力で押し切る形で魔術を使うが、魔力の低い人間には無理だ。我のやり方は参考にならない。今以上の魔術を学びたいなら、グレアムが戻ってきた後でやつから学べ」
「……はい」
いますぐ強い魔術を習得してグレアム様を助けに行きたいと望んだわたくしの心が読めていたのでしょう。ガイ様が困ったような笑みを浮かべました。
……やはり、ロックさんたちがお戻りになるのを待つしかないのでしょうか。
あきらめきれないわたくしは、何とか方法はないものかと考えてしまいます。
おとなしく待てと言われたのに、言いつけを守れないわたくしはダメな子かもしれません。でも、考えるのをやめるのは無理でした。
わたくしがほかの手立てはないものかと、オレンジジュースのコップを握り締めて視線を落としたときでした。
「あ、待てってば今は……!」
部屋の外で、オルグさんの慌てた声がします。
何事かとわたくしが顔を上げるのと、勢いよく扉が開かれたのは同時でした。
「ちょっと姫‼ 私が仕事している隙に遊びに行くなんてひどいじゃないですか‼」
それは、片手に見たことのない半透明なキノコを握り締めた、ドウェインさんでした。
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