グレアムの行方とキノコオタク 1
「メロディ、メロディ、どうしましょう⁉」
わたくしはメロディに縋り付いて、もう何度目かもわからない同じ言葉を繰り返していました。
メロディがこわばった顔で「落ち着いてください」と言いますけれど、わたくし、動転していて、全然落ち着けそうもありません。
だって、グレアム様がいらっしゃらないのです!
わたくしが朝目覚めたときには、もう隣にいらっしゃらなかったのですよ!
わたくしより先に起きていても、グレアム様はわたくしを一人残して部屋を出ていくことはありません。どうしても急がなければならない用事があるときは、必ずメロディを呼んでくださるのです。
それなのに、ベッドにはグレアム様のお姿はなく、触れてみるとお布団も冷たくなっていて、お部屋の中を探してもどこにもいらっしゃいませんでした。
……朝起きると、いつも「おはよう」と言って口づけしてくださるのに……グレアム様がいらっしゃらないのです。
不安になってメロディに確認しに行きましたが、メロディも、マーシアも、ガイ様もロックさんもオルグさんも、誰も知らないと言うのです。
何かあったのかもしれません。
わたくしが呑気に眠っている間に、グレアム様の身に、何かが……。
「――っ、探します!」
グレアム様が黙っていなくなるはずないのです。
わたくしが部屋を飛び出していこうとすると、メロディが慌ててわたくしの腕をつかみました。
「お待ちくださいませ! 探すと言って、どこに行くつもりですか? もし、もしもですよ? 旦那様ほどの大魔術師の身に何かあったのだとしたら、奥様がお出かけになるのは危険です」
「でも!」
わたくしは部屋の中を見渡して眉を寄せます。
グレアム様の服を確認したところ、持ってきていた服は全部ありました。つまり、グレアム様は昨夜身につけられていた夜着のままいなくなったのです。
……もしかしなくても、攫われたのかもしれません。だって、グレアム様が夜着姿で外をうろつくとは思えませんから。夜、誰かが部屋の中に入ってきて、グレアム様を……。
「奥様、ひとまずお座りになりましょう」
マーシアがわたくしの肩に手を置いて、ソファに座るように言います。
わたくしは泣きそうになるのを我慢しながら、ソファの端に浅く腰かけました。
わたくしの推測通りグレアム様が攫われたのならば、すぐに探しに行きたいのに、メロディもマーシアもだめだとおっしゃいます。
オルグさんとロックさん、それから諜報隊の方々がホテルの中や周辺に手掛かりがないかを探してくださっているのもわかっています。
わたくしがグレアム様を探してやみくもに歩き回っても、お役には立てないでしょうし、逆にご迷惑をかけることもわかっています。
でも、じっとしていられないのです。
わたくしが膝の上でぎゅっと拳を握り締めていますと、ガイ様がゆっくりと部屋の中を歩き回って、バルコニーのあたりで足を止めました。
「微かだが水の魔力がするな」
「え……?」
「探ってみろ。アレクシアならわかるはずだ」
ガイ様が、わたくしと同じ金光彩の入った赤紫色の瞳で、ひたとわたくしを見つめていらっしゃいます。
……魔力。
わたくしは大きく深呼吸をして、目を閉じて集中します。
……本当です。微かですが水の魔力がします。グレアム様ともわたくしとも違う、水の魔力。でもこれは、魔石を使ったときの魔力とも違います。純粋な水の魔力のようですが、魔石を使用したときの純粋さとはまた違った感じがするのです。
ガイ様に指摘されるまで、どうして気が付かなかったのでしょう。
魔力の探査はわたくしの得意とするところですのに。動転して、頭の中がまったく冷静でなかったからでしょうね。
……こんなときこそ、落ち着いて状況を判断しなくてはなりませんのに、わたくし、全然だめです。大魔術師のグレアム様の妻なのですから、もっとしっかりしなくてはいけないのに、ただパニックになって騒いでいただけなんて、情けない。
この部屋にわたくしの知らない魔力があると言うことは、グレアム様がいなくなったことと関係がある可能性が高いです。
「ガイ様……この魔力がなんなのか、わたくしにはよくわかりません。魔物とも人とも……わたくしの知る獣人さんとも違うような気がいたします」
「いや、これは獣人だ。水中で暮らす獣人は、驚くほど純粋な単一の魔力を持っている。おそらくだが水中……ここならば海か。海で暮らす獣人が入り込んだのだろう」
「海で暮らす獣人……。それは海底の町に住んでいる方々でしょうか?」
「そこまではわからん。だが、まず調べるのならばそこだろうな」
「では!」
「しかし、問題がある」
今すぐ行きましょうと腰を浮かせかけたわたくしに、ガイ様が申し訳なさそうな顔をしました。
問題とは何でしょう。
メロディとマーシアの視線もガイ様に向かいます。
「我は水に住む獣人と相性が悪い。特にこのあたりに住んでいる獣人とはな」
「どういうことですか?」
よくわからず首を傾げると、ガイ様は肩をすくめました。
「水に住む獣人は、水竜をあがめる一族が多い。特にここは、水竜を神とあがめる奴らだ。火竜の一族と違い竜の血を引いているわけではないが、似たようなものだと考えて構わない。そして、我は水竜と仲が悪かった。奴らは我のことを邪竜扱いしている。我が向かえば、最悪我とあやつらで戦争になるぞ。まあ、我が勝つのは間違いないが、このあたり一帯が吹き飛ぶかもしれん」
「ええっ⁉」
それは大問題です。
このあたり一帯を吹き飛ばしたりなんかしたら、大変なことになりますよ。ガイ様は現在わたくしたちと一緒にいらっしゃいますから、クウィスロフト国がホークヤード国の地を破壊したと言うことになります。国際問題というやつです。
「ゆえに我はついて行ってやることができん。だが、あの地へ向かうことができるのは水の魔術が操れるものだけだ。竜である我は例外だがついて行くことができんとなると……この中で水の魔術が使えるものはアレクシアただ一人になる」
そうですね、ロックさんをはじめ諜報隊の方々は風属性の方が多いですし、オルグさんは火属性。マーシアとメロディは魔術が使えるほど魔力がありません。
「奥様を一人で向かわせることはできません!」
即座にメロディがわたくしが単独で向かうことを却下しました。
「でも、メロディ……」
「旦那様を探しに行って、もし奥様に何かあったら、旦那様が悲しみますよ」
そうかもしれませんが、でも、この中でわたくししか行けないのであれば、わたくしが行かなければ誰もグレアム様の行方を探ることはできないではありませんか。
「奥様、ロックが戻ったら状況を説明し、クウィスロフト国に応援を頼みましょう。魔術師団から水の魔術を操れる方々を派遣していただけばいいのです」
「マーシア、でもそれだと時間が……」
「鳥車を使えばすぐです。派遣の決定に時間がとられても数日もあれば到着するはずですよ」
「数日……」
数日も、このまま待機ですか?
グレアム様の状況もわからないのに、待つだけ?
……わたくしはグレアム様の妻なのに、夫を探しに行くこともできないのですか。
「アレクシア。お前は我の……火竜の血を引いている。さすがにそこまで見境がないとは思いたくないが、あちらからすればそなたは警戒対象になるだろう。確かにそなたの魔力は強い。だが、魔術はまだまだだ。中級程度の魔術は習得しているようだが、それだけだと心もとない。我としても、何が起こるかわからぬ場所に、そなたを一人だけ向かわせることはできん」
ガイ様がわたくしのそばまで歩いてきて、小さな手でわたくしの手を握りました。
「それに、まずは、あやつらがグレアムの失踪に関わっているのかを探らねばならん。あやつらに警戒されるであろうアレクシアには無理だ」
子供の姿のガイ様が、ひどく大人びた表情でわたくしを諭します。
……わたくしがグレアム様を探しに行きたいと言うのは、我儘なのですね。皆さんを困らせるだけ。
ぽろり、とわたくしの目から涙が零れ落ちました。
ダメです。泣くのを我慢していたのに、溢れてしまったら止まりません。
ガイ様がソファによじ登って、わたくしの頭にぽんと手を置きました。
「心配するな。グレアムは水竜の末裔だ。特に先祖返りで水竜の魔力が強い。もしあやつらが関与しているとしても、グレアムに危害を加えることはせんはずだ。それに、攫われたと決まったわけでもないだろう? 何か理由があってついて行ったのかもしれん」
ガイ様はそうおっしゃいますが、グレアム様は黙っていなくなったりしないのです。わたくしはグレアム様とまだ一年ほどしか一緒にいませんがわかります。グレアム様は、わたくしをおいていなくなったりしないのです。それだけは、わたくし、自信を持って言えます。黙っていなくならないって、信じているから。
わたくしは膝の上でぎゅっと拳を握り締めます。
……大丈夫、大丈夫。グレアム様は、きっと大丈夫です。だからわたくしは、大魔術師グレアム様の妻にふさわしく、泰然と待つのです。そうしなければなりません。
わたくしはきつく目を閉じて、何度も何度も深呼吸を繰り返しました。
こんなに心の苦しい「大丈夫」という言葉は、生まれてはじめてです……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます