消えたグレアム 4

 スイーツ専門のレストランでお腹をいっぱいにした後、わたくしたちはカフェライブラリーでゆっくりと読書を楽しみ、夕方になって部屋に戻りました。


「楽しかったか?」


 出迎えてくださったグレアム様がそのままわたくしを腕の中に抱き込みます。

 数時間離れていただけなのにとても恋しくなって、わたくしもグレアム様にきゅっと抱き着きました。


「はい、楽しかったです。でも次はグレアム様とご一緒がいいです」


 楽しかったのは間違いありません。でも、グレアム様がいないと寂しいのです。楽しいけれど寂しいなんて、おかしいかもしれませんけど、そうなのだから仕方ありません。


 ……こうしてぺったりとくっついていると、とっても安心します。


 これから夕食のためにレストランへ向かわなければなりませんからね。あんまりゆっくりしていられませんが……もう少しだけ。

 午前中から降っていた大雨は、だいぶ小雨になってきました。嵐も通り過ぎたみたいですね。この様子だと、明日は晴れるでしょうか。晴れるといいです。もっとグレアム様とあちこち行ってみたい。

 もっともっとグレアム様にくっついていたいですけど、いつまでもこうしているとメロディが呼びに来ますね。


 わたくしたちは本日のレストランへ向かうことにしました。

 お昼ごろに食べたケーキがまだお腹に残っている気がしますので、わたくしは軽いものにしていただきます。

 グレアム様が心配してくださいましたが、ケーキを食べすぎましたとお答えすると、おかしそうに笑われました。


 ……ガイ様はケーキを全種類制覇したと言うのに、夕食も普通に食べられるようです。さすがです。


 わたくしの隣に座っていらっしゃるガイ様が食べにくそうなものはないか確認しつつ、わたくしはトマトの冷静スープを口に運びます。たくさんケーキを食べた後だからでしょうね、薄い塩味のトマトスープが体に染み渡ります。

 わたくしとしては、本日はスープとサラダで満足なのですが、これだけだとグレアム様が心配なさいますので、少しだけカルパッチョもいただきます。パンはちょっと、入りません。あ、でも、食後のフルーツは食べたいです。


「ケーキは意外と胃にたまるものなのですね。ちょっと欲張りすぎてしまいました」

「そんなに食べたのか?」

「ええっと、六つほど……あ、でもメロディと半分こで六つなので実質は三つくらいです」

「それでもアレクシアにしては食べたほうだな」


 そうですね。確かにケーキを一度に三つも食べたのははじめてのことです。結婚式の準備でスイーツの試食をしましたが、あれはちょっとずつしか食べませんでしたからね。量で言えば今日の方が断然多いです。


「胃もたれするようなら薬を飲んだ方がいいが……その様子だと、そこまでではなかったようだな」

「そのあたりはわたしがちゃんと見ていますから!」


 メロディが胸をそらして答えました。そうです。メロディが見ていてくださるので、わたくしの胃も無事なのです。ケーキを食べる時も、途中から胃に優しいハーブティーを頼んでくださいましたし、いつも気を使ってくださっているのですよ。

 夕食を終えてグレアム様とお部屋に戻りますと、窓の外には少しだけお星さまが見えました。雨もすっかり止んでいるので、嵐は完全に通り過ぎてくださったみたいですね。


「明日は晴れそうだな」


 わたくしが窓の外を確かめていますと、グレアム様がおっしゃいました。よかった、晴れるんですね! 遊びに行けそうです!


「明日はどこに行きましょう?」

「海が落ち着いているならアレクシアが行きたがっていた海底の町に行ってもいいが……、状況を見て考えよう」

「はい!」


 グレアム様が抱きしめてくださるのでその腕に甘えることにします。

 今日は数時間離れていたので、グレアム様が足りない気がするのですよ。グレアム様が足りないなんて、変な言い方ですが、本当にそう思うのです。だからぎゅってして、グレアム様を補充します。

 もう少ししたら、メロディが入浴のお手伝いに来てくださると思うのですが、ぎりぎりまでこうしてくっついていたいです。


「そういえば、日焼けは大丈夫そうか?」

「はい、メロディが冷やしてくれましたので、赤みも落ち着きましたし痛くもないです。メロディが、これなら少し色が黒くなるだけで皮もむけないだろうって言っていました」


 そういえば、異母姉はちょっとの日焼けでも大騒ぎしていた気がしますが、わたくしは多少色が黒くなってもあまり気になりませんし、グレアム様も気になさらないようなので大丈夫だと思います。メロディは、顔だけは日焼けしないでくださいと言っていましたけどね。でももう遅いような……。


「確かに、水着の跡がくっきりついているな」


 ハッ! そう言われれば確かにそうです。訂正します。やっぱり気になります。水着の跡がくっきりは恥ずかしい……。

 明日からは、グレアム様から教わった日焼け防止の魔術を使わねばなりませんね。


 ガイ様を部屋に送っていたメロディがやってきましたので、わたくしはお風呂をいただくことにいたしました。今日はメロディがマッサージをしてくださると言うので、メロディたちが使っている部屋のお風呂を借ります。

 グレアム様も今からお風呂を使うようです。


 メロディとマーシアが使っているお部屋に向かいますと、バスルームはすでに準備万端で、マッサージ台にはマッサージオイルが用意してありました。今日は泳げるお風呂で動き回ったので、筋肉をほぐしたほうがいいのだそうです。あわせて、日焼けしたところに日焼け後にきくクリームも塗ってくださるとのこと。

 お風呂で温まってから、メロディに言われるままにマッサージ台にうつぶせになりますと、ふくらはぎの筋肉から丁寧にもみほぐしてくださいます。


「メロディにも、あとでわたくしがマッサージいたしましょうか?」


 わたくしはメロディと違って素人ですが、教えていただければ多少はできるかもしれません。メロディも泳げるお風呂でたくさん遊んだのでマッサージが必要だと思うのですよ。


「ふふ、わたしは大丈夫ですよ。自分でできますので」

「そうですか?」


 素人のわたくしより、メロディがご自分でしたほうがマッサージ効果は高いでしょうから、今日のところは諦めることにいたします。ですが、いつかマッサージの仕方を教えていただいて、メロディにお返しをしたいものです。いつもお世話になっていますからね。


 ……ふぅ、それにしても気持ちがいいです。


 自覚はありませんでしたが、ふくらはぎが疲れていたのでしょうね。あまりの気持ちよさに、このままうとうとしてしまいそうです。

 入浴とマッサージを終えて部屋に戻りますと、グレアム様はすでにお風呂を終えられて晩酌をされていました。

 マッサージ中にうとうとしていたので、眠そうな顔をしていたのでしょうか、グレアム様がわたくしの顔を見て小さく笑うと、グラスを置いて立ち上がります。

 ベッドに誘われたのでもぐりこめば、抱き寄せて頭を撫でてくださいました。

 まだ完全に眠気が飛んでいないところに頭を撫でられたら、もう睡魔に抗えません。


「おやすみ、アレクシア」

「おやすみ……なさい、グレアム様……」


 わたくしはグレアム様の腕の中で、あっという間に夢の中に落ちました。


 ――まさか翌朝、グレアム様がいなくなっているとは、思わずに。





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