消えたグレアム 2

 グレアム様がおっしゃったように、次の日は嵐になりました。

 遅い朝食を食べて部屋に戻ったころに、ぽつりぽつりと雨が降りはじめ、あっという間にザーザーと大きな音を立てながら叩きつける強さの大雨に変わりました。

 風も強くて、雨と風が窓を叩くので、がたがたと音が鳴ります。

 こんなに強い雨を体験するのははじめてです。

 窓の外を眺めても、雨のせいで全然景色が見えません。


「雨のせいか少し冷えるな。あと、じめじめする」


 グレアム様がおっしゃる通り、室内はいつもよりひんやりとしていますが、湿度が高くいせいかちょっぴり息苦しい気がいたします。

 グレアム様が風の魔術と火の魔術で室内の温度と湿度を快適に整えていると、メロディがガイ様とともにやってきました。


 ふふ、今日はガイ様とホテルを探検するお約束をしているのですよ。

 先ほど朝食の席でガイ様とお約束したのです。嵐で外へは行けませんから、ホテルの中で遊ぶのです。

 グレアム様のおっしゃる「ゆっくり」はわたくしの思っていた「ゆっくり」とは違いましたので、さすがにお日様が昇っている間はお許しいただきたいです。だってだって、恥ずかしいですから!


 グレアム様は残念そうでしたが、ホテルを探検するのはダメとはおっしゃいませんでした。

 探検にはグレアム様はご一緒しないそうですが、ガイ様が一緒ですからね。護衛のオルグさんもついてくると言ってくださいましたし、メロディも一緒です。危ないことは何もないのです。


「奥様、ホテルのパンフレットです」

「ありがとうございます、メロディ!」


 実はこのホテル、水着を着て入る大きなお風呂や、劇場、カフェと図書館が一体になったカフェライブラリーなるものや、音楽を楽しみながらお酒を出してくださるちょっと大人のバーまで、遊ぶところが充実しているのですよ。

 わたくしはお酒をほとんど飲みませんし、ガイ様も見た目は五歳の子供ですので、バーには用はありませんが、それ以外でもたくさん楽しめると思うのです。

 旅行シーズンではないので、劇場は閉められているみたいですけどね。大きなお風呂も図書館も楽しみです。

 あとそれから、昨日ガイ様が目をつけていたスイーツ専門のレストランがありまして、ここは絶対に行きたいとガイ様がおっしゃっていました。


 ……ガイ様、甘いものが好きみたいです。


 ガイ様が行きたいとおっしゃるスイーツ専門のレストランは、なんと、レストラン内の個室を貸し切るとスイーツが食べ放題になるのですよ。貸し切り時間によって料金が変わり、お値段もなかなか高いようなのですけど、グレアム様が許可をくださったのでメロディとオルグさんも連れて四人で行ってくるのです。

 食べることが大好きなオルグさんは、食べ放題と聞いて大喜びでした。


 ……無駄遣いをしているようで少々気が引けるのですけどね、グレアム様は気にすることはないとおっしゃいます。と言いますか、この旅行の代金も、親指の爪ほどの魔石くらいの代金だとおっしゃったので……。魔石、すごいです。もちろん闇と光の魔石ではありませんよ。闇と光の魔石は桁違いの価値がありますからね。すぐに見つかるほかの魔石一つで、ここの旅行代金が賄えるくらいの価値があるそうです。


 まあ、すぐに見つかると言っても、それはあくまで大魔術師でいらっしゃるグレアム様基準なのですけどね。魔石は魔物が生息するところにありますので、採取しに行くのに危険が伴います。魔術を使えない方や、魔力の少ない方は取りに行くことすら難しいのです。


 ……と言いますか、グレアム様がコレクションしている魔石すべての価値を合わせると、国家予算をもしのぐほどの金額らしいですよ。とくに、エイデン国の森とハクラの森で採掘した魔石が桁違いでしたから。あと、もちろん魔石以外にもたくさん収入が入ってきますから、使わないと貯まっていく一方なのだそうです。領地にも惜しみなく財を投じていらっしゃるグレアム様ですが、それでも使うのが追いつかないほどだと言います。


 グレアム様、すごすぎます……。

 なじみの魔石商さんは、グレアム様がたくさん魔石を抱えていることをご存じなので、頻繁に顔を見せては、何か売ってほしいと頼みに来られていますし。気がつけば、魔石商さんから頂く魔石の代金もとんでもないことになっているのだとか。

 わたくしはいまだに金貨一枚の価値も正しく理解できていないほどのお金オンチですので、まったくもって想像ができません。今度お金の価値を教えていただこうと思ったのですが、グレアム様もメロディもマーシアも、知る必要はないと言うのです。


 ……たぶん、知ってしまうとわたくしが委縮してお金を使わなくなると思われているのだと思います。わたくしもそんな気がいたしますし。


 ということで、グレアム様にとってスイーツの食べ放題料金などなんてことないもののようで、あっさり楽しんで来いと送り出してくださいました。

 まず、大きなお風呂で遊んだ後、スイーツのバイキングに行って、ホテルに入っているお店でお土産物を見てから、カフェライブラリーでゆっくりするのです。

 ガイ様は水が嫌いなので、わたくしたちが大きなお風呂で遊んでいる間は、椅子に座ってフルーツのたくさん入ったジュース飲みながら待っていてくださいます。

 ガイ様も来ればいいのに、かたくなに、「水の中で遊んで何が楽しいのわからぬ」とおっしゃるのですよ。


「奥様、あちらに滑り台がありますよ!」

「本当です! 行ってみましょう!」


 オルグさんがばっさばっさと大きなお風呂を豪快に泳ぐのをしり目に、わたくしはメロディと大きな滑り台へ向かいました。

 上からお湯が流れていて、なかなか速いスピードで滑り落ちることができるみたいです。


 ……ちょ、ちょっと怖いですが、でも楽しそうなので、勇気を出して向かいますよ!


 メロディと一緒に滑り台に上ると、上から見下ろすとなかなか高かったです。でも上ってしまいましたから、滑り降りなければなりません。


「メロディ、お先にどうぞ」


 わたくしは心の準備に時間がかかりますのでと、メロディに先に行っていただきます。

 メロディは楽しそうに歓声をあげながら、勢いよく滑り落ちて、大きな水しぶきを上げてお風呂にドボンと沈みました。

 すぐに顔を上げて、まだ滑り台の上にいるわたくしに手を振ってくださいます。


 ……思った以上に速くないですか?


 でも、メロディの表情を見るととても楽しかったのが伝わってきますので……行きますよ、アレクシア。女は度胸!

 大きく息を吸って、吐いて……。

 わたくしは滑り台に座ると、ぎゅっと目を閉じて、滑り降ります。


「きゃああああああっ」


 あっという間にすごいスピードになって、わたくしは思わず悲鳴を上げてしまいました。

 ですが、滑っていた時間はほんのわずかだったと思います。

 ドボンッとメロディと同じようにお風呂の中に沈んで、わたくしはあわあわしながら水面から顔を上げました。


 ……びっ、びっくりしました!


 まだ心臓がどきどき言っています。

 でも、ドキドキが納まってくると、今度は無性におかしくなってきます。


「メロディ、これは楽しいですね」

「もう一度行きましょう、奥様!」


 メロディと顔を合わせて笑いあいます。これは癖になるかもしれません。

 そのあとも、メロディと何度か滑り台で遊んでから、ガイ様が退屈する前にわたくしたちは大きなお風呂を後にしました。




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