大魔術師様の妻は譲りません!
プロローグ
突然ですが、わたくしは今、海に来ております。
クウィスロフト国のコードウェルでは、雪がちらつきはじめた季節でございますが、わたくしが今いるここ――ホークヤード国のアーレ地方は、まだ暑いくらいの夏の陽気です。
アーレ地方はリゾート地としても有名な場所で、ホークヤード国の貴族の別荘や宿泊施設が数多く軒を連ねているところでございます。
白い砂浜の奥には、エメラルドグリーンに輝く美しい海が、静かに満ち引きを繰り返していて、遠くに見える水平線上には、ぽつぽつと小さな島影も見えます。
……ええっとですね。何故わたくしがアーレ地方にいるかと申しますと、それは、一月前にさかのぼります。
ハイリンヒ山の火山の噴火を止めてくださった火竜様――ガイ様とともにコードウェルに戻ったわたくしたちは、城の中が混沌茸に占拠されていると言うとんでもない状況をなんとか打破し、いつもの穏やかな日常をすごしておりました。
そんなある日、ドウェインさん宛に、ジョエル君から招集命令が到着したのです。
ドウェインさんはジョエル君の側近を外れましたが、火竜の一族であることには変わりありません。
そしてドウェインさんは火竜の一族の中でも強い魔力をお持ちの方ですので、一族で重要な会議があるときは招集命令が下るのだそうです。
毎日キノコの囲まれて満足そうなドウェインさんは、招集命令を見て嫌な顔をしましたが、行かないわけにはいきません。今回の会議は、ガイ様のことについてらしいのでなおさらです。
火竜の一族の悲願であった火竜様の目覚め。
思いもよらず、火竜様は五歳児の姿でございましたが、火竜様は火竜様です。
ガイ様はわたくしをお世話係に任命し、成長するまでわたくしのそばでお暮しになるとことになりましたが、だからと言って一族の方々はそれま放置できるはずもないのです。
また、火竜様が大人になられましたら、一族から火竜様の妻の候補をお出しになるのだとか。その人選も今から行っていくとかで、火竜の一族は現在いろいろバタバタしているようなのです。
わたくしも一応一族に当たるのでしょうけど、生まれも育ちもクウィスロフト国で、一族に関わらず生きてきましたし、グレアム様の妻ですから、招集はかかりませんでした。といいますか、招集命令が来たところでグレアム様が却下なさいますので。ジョエル君もそれをよくご存じなのです。
そういうわけで、ドウェインさんがハイリンヒ山の近くのデネーケ村に向かって旅立っていったあと、グレアム様がせっかくだから、新婚旅行のやり直しをしようとおっしゃったのです。
……毎度毎度キノコ騒動を巻き起こすドウェインさんがいない隙を狙って、ゆっくりと旅行をしようということです。
ドウェインさんがいたら、新たなキノコを求めてついて行くと言い出しかねませんからね。却下しても勝手についてきますから、キノコ騒動に巻き込まれたくなければドウェインさんがいない隙をつくしかないのです。
新婚旅行はハイリンヒ山の噴火騒動で、新婚旅行らしからぬ緊迫したものになりましたからね。
噴火問題がなければ、新婚旅行はアーレ地方へ向かう予定でしたので、まさしくやり直しなのですよ。
こうしてわたくしは、グレアム様とアーレ地方へやってきたのでございます。
今回はメロディに加えてマーシアも一緒です。あとは護衛としてロックさんとオルグさん。それから鳥車を引いてくださる諜報隊に所属する鳥の獣人の方々。ちなみにガイ様もいらっしゃいます。
……グレアム様は思い切りガイ様をおいて行こうとなさっていたのですが、ガイ様がついて行くとおっしゃいましたし、わたくし、ガイ様のお世話係ですから、おいてはいけません。
「人間は水に入って何が楽しいのだろうな」
ガイ様は濡れるのがお嫌いなので、ビーチの椅子に寝そべってどこかつまらなそうに海を見やっていました。
……ガイ様、お風呂もお好きではありませんものね。入っても、本当にすぐに出てしまいますから。マーシアによって毎回お風呂に入れられていますが、いつもお風呂上りは不機嫌そうですし。
マーシアがガイ様を見ていてくれるとおっしゃいましたので、わたくしはグレアム様と波打ち際で水の感触を楽しんでおります。
ちょっぴり恥ずかしいですけどね。だって、わたくしは今、水着と言われる、とっても丈の短いワンピースのようなものを着ているのです。ほとんど足が出てしまっていて、どうにも視線が気になります。
グレアム様もひざ丈のズボンを履いて、上半身は裸です。
お日様の下でこのような薄着をしていいのでしょうかと、少々不安になりますが、わたくしたち以外のビーチにいる方々も似たり寄ったりの格好です。
……わたくしよりはるかに布面積の少ない水着を着ていらっしゃる方もいますし、恥ずかしがる必要はないのかもしれません。なかなか羞恥は消えませんが、こう、皆様のように堂々としませんと。
「アレクシア、もう少し沖の方まで行くか?」
「沖まで行ったら、服が濡れてしまいますよ?」
「水着は濡れても大丈夫な服だ」
まあ、それは知りませんでした。水遊びのために丈が短いのだとばっかり。
グレアム様がくつくつと喉の奥で笑って、わたくしの手を引いてくださいます。
波打ち際で足先だけ濡らして遊んでいたわたくしは、深くなっていく水深に、思わずグレアム様の腕にしがみついてしまいました。
「アレクシア、まだふくらはぎ位の深さだぞ」
「で、でも」
ちょっと歩いただけでこんなに深くなるなんて誰が予想できたでしょう。
いえ、海で遊ばれたご経験のある方はご存じかもしれませんが、なにせわたくしははじめてなのです。
水はひんやりしていて、とても気持ちがいいですが、少し怖いと言いますか……。溺れたらどうしましょうと考えてしまうのです。
「そんなにびくびくしなくとも、俺がそばにいるから大丈夫だ。それよりもほら、下を見てみろ。小魚がいるぞ」
「本当です!」
足元を、青い色をした可愛らしい小魚が十数匹の群れを成して泳いでいます。
グレアム様が魔術で水ごと魚を宙に浮かせて見せてくださいました。
横から見ても真っ青です。とても綺麗なコバルトブルー色をしています。大きさにして二センチくらいでしょうか。小さくて可愛らしいです。
「さあ、もう少し沖まで行くぞ」
グレアム様がお魚さんたちを海に帰して、わたくしを支えながら歩いていきます。
まだちょっと怖いですが、グレアム様がお側にいるから大丈夫です。
……それにしても、本当に綺麗ですね。
空も海も真っ青でキラキラしています。
今日から一週間の新婚旅行。
どうしましょう。わたくし、わくわくが止まりません!
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