エピローグ

 十年と期間を区切ったことで、ジョエル君は渋々とガイ様が一族のそばから離れることを認め、わたくしたちはガイ様とともにクウィスロフト国の最北の地、コードウェルに帰還いたしました。


 ……グレアム様は最後まで抵抗なさっていましたが、反対されても勝手について行くと豪語するガイ様の前に、最後は屈服したようです。


 わたくしはガイ様が一緒で嬉しいですが、グレアム様の妻として手放しで喜んでいいものか悩みどころでございます。

 グレアム様は、さすがに竜が一緒にいることは、女王陛下にも言えないとため息をついていらっしゃいました。竜の存在が知られれば、それを利用しようとする方が出てきます。ガイ様は火竜様ですので、そのような方が現れても簡単に返り討ちにできますが、問題は、ガイ様を手に入れようとして周囲のものを傷つける可能性があることだそうです。

 つまり、世話係のわたくしが一番狙われる可能性が高いため、それを心配したグレアム様は、たとえ血を分けた姉でいらっしゃるスカーレット女王陛下にも内密にする決断を下しました。


 ガイ様が竜であることを知るのは、コードウェルでも一部の方々だけにするそうです。

 ガイ様へは、人前で竜の姿に戻ることを禁止するとおっしゃって、ガイ様もそれには納得されました。

 ガイ様は見た目が五歳の子供でも、悠久の時を生きた大変聡明な火竜様でございますから、ご自身が周囲に及ぼす影響はよくご存じなのだそうです。


 ……コードウェルのお城に帰ったら、至急、ガイ様のお部屋をご用意せねばなりませんね。ガイ様はわたくしと同じ部屋がいいとおっしゃいましたが、わたくしのお部屋は夫婦のお部屋ですから、グレアム様が却下なさいましたし。……ふふっ、せっかくですので可愛らしいお部屋にしたいです。


 どんな内装にしようかしらと、わくわくしながらわたくしは鳥車の窓からコードウェルのお城を見下ろします。どうやら到着したようです。

 お城の前庭に鳥車が着地して、わたくしはグレアム様の手を借りて鳥車を降りました。ガイ様はぴょんと身軽な様子で鳥車から飛び降りて、物珍しそうに周囲を見渡しております。

 コードウェルは冬が長い地域です。ホークヤード国はまだ夏でしたが、少し離れた間に、コードウェルはすっかり晩秋くらいの気温になっていました。あと半月もすれば初雪が降るかもしれません。


 もうじき、わたくしがコードウェルにきて一年が経ちます。まだ一年なのに、なんだか懐かしい気がするのは、この一年でいろいろなことがあったからでしょうか。密度の濃い一年でした。

 わたくしがはじめてコードウェルに降り立った日のことを思い出して、感慨にふけっていたときでした。


「ぐげげげげげげげげげ」

「………………」


 い、今、この世で一番聞きたくない音がしたような……。

 わたくしがぎくりと肩を震わせた横で、グレアム様が眉をひそめていらっしゃいます。


「おい、デイヴ、今の音は……」


 グレアム様が振り帰ります。わたくしもグレアム様の視線を追って、それから、城の玄関にデイヴさんとマーシアの姿がないことに気づきました。

 いつもなら、必ず出迎えてくださるお二人がいらっしゃいません。

 何かあったのでは、と不安を覚えた直後、デイヴさんが両手に見覚えのある奇抜なキノコを握り締めて、城の玄関から飛び出してきました。


「おっ、おっ、お帰りなさいませ旦那様‼」


 ……デ、デイヴさん⁉ どうしたんですかその姿は‼


 いつもきっちりと整えているデイヴさんの焦げ茶色の髪が鳥の巣のようにぼさぼさです。目も血走っていらっいしゃいます。そして手には「ぐげげげげげ」という嫌な音を立てながら、デイヴさんの手から逃げ出そうとうごめくキノコ……。


「私の混沌茸!」


 言葉を失うような光景を前に、ドウェインさんただお一人がとても能天気な声を上げて、デイヴさんに駆け寄りました。

 デイヴさんの手から混沌茸をひったくるようにして奪い取って、嬉しそうににこにこしています。

 何故この状況を前に笑えるのか、理解に苦しみます。


「デイヴ、いったい何があった」


 グレアム様が眉を寄せてデイヴさんに訊ねます。


 ……わたくし、嫌な予感がしてきました。今すぐ耳を塞ぎたい気分です。


 デイヴさんは額の汗をぬぐいながら、青い顔をしてお答えになります。


「そ、それが……裏庭のキノコの家から、このキノコが大量にあふれてきまして……現在、城の中は混沌茸に占拠されています」

「はあ⁉」

「すばらしい‼」


 グレアム様が素っ頓狂な声を上げたと同時に、ドウェインさんが瞳をキラキラと輝かせて、止める間もなくお城の中に飛び込んでいきました。


 わたくしはもう、口から魂が飛んでいきそうです。

 キノコの家から混沌茸が溢れたと言うことはどう考えてもドウェインさんのせいです。なんてことをしでかしてくれたんですかドウェインさん‼

 グレアム様とともに、恐る恐る玄関を覗き込めば、あちこちから「ぐげげげげげげ」の大合唱。


 ……ひい! 嫌ですぅううううううう‼ 混沌茸が玄関ホールや階段を走り回っていますよ‼


「なんて奇怪な城だ」


 ガイ様が玄関から中を眺めてあきれ顔です。

 違うんですガイ様! いつもはとっても素敵なお城なんです‼ こんな変なキノコは走り回っていません‼


「「「「「ぐげげげげげげげげげ」」」」」

「あはははははははは‼」


 混沌茸の「ぐげげげげげげげげげ」の大合唱に交じって、ドウェインさんのちょっとおかしなテンションの笑い声が響いています。


「なんとかしろドウェイン――――‼」

「なんとかしてくださいドウェインさん――――‼」


 グレアム様とわたくしの絶叫が、お城の玄関ホールに、大きく響き渡りました。





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