竜の秘密 5
翌朝、朝食を終えたころになって、ジョエル君がやってきました。
ケントさんは、王都に避難した火竜の一族の方々に連絡を取り、デネーケ村の方々を連れて戻ってくるようにと指示を出しています。
ジョエル君がこちらにやってきたのは、火竜様であるガイ様を呼びつけるのは失礼に当たるからだそうです。
ガイ様にお話を聞くので、いつもキノコを探したり食べたりと忙しいドウェインさんもダイニングにいらっしゃいます。
……キノコを持っていないドウェインさんは久しぶりに見ますね。
ちなみにガイ様はわたくしのお膝の上に座っていらっしゃいます。
ダイニングの椅子とテーブルは子供の姿のガイ様には少々高いのですよ。ですがガイ様は人の姿でお過ごしになるのが気に入られているようで、竜の姿には戻らないとおっしゃったので、僭越ながらわたくしの膝をお貸しいたしました。
目の前に用意されたお菓子が食べたそうでしたのでお口にお運びいたしますと、嬉しそうに食べてくださいます。……ああ、お可愛らしい!
ちなみにグレアム様はわたくしの隣に座っていらっしゃいますが、何やら機嫌が悪そうです。仏頂面をしていらっしゃいます。どうなさったのでしょうか。朝起きたときはいつも通りでしたのに。
「火竜様、改めましてご復活おめでとうございます。お目覚めを心よりお待ちしておりました」
ジョエル君が頭を下げながら、ガイ様に向かって祝意を述べられました。
昨日は驚きすぎてそれどころではありませんでしたからね。
「うむ、くるしゅうない」
ガイ様は胸をそらして大きく頷かれます。その様子が可愛らしくて頭を撫でてみたい衝動に駆られますがぐっと我慢です。火竜様を撫でるなんて無礼にもほどがありますからね。
ジョエル君はそんなガイ様に少々戸惑った顔をされました。
「そ、それで、その……早速ではありますが、そのお姿のことをお聞きしても? 伝え聞く話では、火竜様は……成人の姿だったはずですが?」
「うむ。昨日も言ったが、眠りから覚める時期が早すぎたのだ」
「早すぎた、とは?」
「それを理解するには、竜が何たるかを説明せねばならんが……」
あまり言いたくないことなのでしょうか、ガイ様が少々悩むように顎に手を当てます。
しばらく「うーん」とうなられた後で、ガイ様はどこか投げやりに「まあいいか」とおっしゃいました。
「聞いたところで人間が我らに危害を加えることは不可能だからな。別に、秘密というわけでもないし。アレクシア、茶」
「はい、もう大丈夫ですよ」
ガイ様は先ほどメロディが入れてくれた紅茶が適温に冷めるのを待っていらっしゃったのです。わたくしはティーカップに触れて温度を確認した後でガイ様にお渡しいたします。ガイ様は火竜様なので火傷をすることはありませんが、紅茶にはお好きな温度があるらしいです。熱すぎずぬるすぎない、ちょうどいい温度をずっとお待ちだったのでございます。
ガイ様は紅茶で喉を潤してから、改めてジョエル君に視線を向けました。
そののち、その隣に座っているドウェインさんを見やります。キノコ至上主義のドウェインさんですが、さすがに目の前に一族の悲願であった火竜様がいらっしゃいますので、いつものように突然ポケットからキノコを取り出してお茶に入れるなどという暴挙は犯しませんでした。
「我ら竜には、死という概念がない。そもそも滅びることなどないからな。だが、悠久の時を生きるには、時に体を休め、蘇りの儀式というものをせねばならん。それが『眠り』だ」
「蘇りの儀式?」
一族の王であるジョエル君も聞いたことがなかったのでしょう。首を傾げています。もちろんわたくしもはじめて聞く言葉です。
「簡単に言えば、肉体を捨て、新たな肉体を形成するのだ。我は百五十年前に眠りについたときに肉体を捨てた。そして新たな肉体が形成されるのを待っていた。だが、形成していた肉体が大人になる前に、我は目覚めた。ゆえにこの姿だ」
ガイ様は昨夜、わたくしの願いを聞き届けてお目覚めになったとおっしゃいました。そういうことだったのですね。
「待ってくれ。その話が本当なら、眠っているほかの竜も、新たな肉体が形成されるのを待っていると言うことになるのか?」
「他の竜のことなど知らん。蘇りの儀式はどの竜にも必要なことだからな、それで眠りにつくのは間違いないが……竜というものはな、気まぐれなのだ。眠りにつき、新たな肉体が形成されても、起きるのが面倒だったら起きん。もう何千年も生きているからな、起きるのが億劫なものもいるだろう。……ああ、どこか懐かしい気配をしていると思ったら、そなた、水竜の血を引いているのか」
ジョエル君はグレアム様をひたと見つめて、「血はだいぶ薄まっているようだがな」とつぶやきます。
「水竜が眠ったのは、あれは例外だ。あれは昔から一途な女で、どうやら人間の死んだ夫に操立てをしていたらしい。ゆえに夫が死んだときに自らも眠りについた。あれが目覚めるとしたら、死んだ夫の魂を持つものが転生したときであろうよ」
まあ、水竜様がお眠りになったのはそのような事情があったのですね。
グレアム様も驚いていらっしゃいます。
「我は人とともに生きることが気に入っているからな。眠り、肉体が形成されればすぐに目覚めるようにしている。だが中には人嫌いもいるからな、用がなければ目覚めん竜もいるだろう。闇竜なんかがそれだ。あれの人嫌いは度を越しているからな。目覚めぬ方がいい。暴れ出した闇竜をなだめるのは大変なのだ。前回あれが暴れたのは千二百年ほど前だったが、あの時は我と光竜、風竜の三人がかりでなんとか抑え込んだのだぞ。あのバカ力が」
「ほかの竜は?」
「さて……我もしばらく会っていない連中だからな。土竜なんかはただ惰眠を貪っているだけだろうと思うが。いつも眠りすぎたせいか、人型になってもじじいの姿をしておったし。ああ、光竜は近いうちに目覚めるかもしれんぞ。あれの愛した男がそろそろ目覚める」
「転生なさった、ということですか?」
「いや? あれの男はエルフだからな。千年くらいは普通に生きるが、若さを保つために光竜が眠った三百年前に同じように眠りについたはずだ。だが、エルフでは三百年眠るのが限界だろう。ゆえにそろそろ目覚める。光竜も同じ時に起きるはずだ」
まあ、竜の方々にもいろいろあるのですね。
「エルフって実在したのか……」
グレアム様が目を丸くしていらっしゃいます。
「こことは別の大陸の、森の奥深くに住んでいるぞ。ただ、長寿な分、繁殖力が低いからな。数は少ない」
こうしてガイ様のお話を聞いていると、お姿は五歳児くらいですが、やはりガイ様は火竜様なのだと実感いたします。大変物知りです。勉強になります。
「あと風竜は……あいつはよくわからん。気まぐれだからな。起きたきゃ起きるだろう。好物でも目の前に並べられれば、気が乗って起きるんじゃないか?」
「そ、そんなことで竜がお目覚めになるのですか……」
火竜様を目覚めさせる方法を必死で探していたジョエル君が茫然としてしまいました。
そ、そうですよね。ご飯で起きるなんて……思いませんよね。
「ほかに質問は?」
ガイ様はメロディに紅茶のお代わりを要求して、ジョエル君を見ました。
「で、では……火竜様は、いつ成人の姿に……?」
「十年もすれば成長すると思うが、それがどうした?」
「いえ……その、いつものように、一族のものを、お娶りになるのかと」
「なんだ、そんなことか。好いたものがいたら娶るが、今のところはいらん。それよりも我はアレクシアが気に入ったからな。肉体が成長するまでアレクシアのそばにいることにした。アレクシアは我の世話係だ」
「ちょっと待て勝手に決めるな」
グレアム様が焦ったように口を挟みました。
「アレクシアはクウィスロフトの人間だ。そして私の妻でもある。勝手なことを言われては困る」
「ならば我がクウィスロフトに行けば問題あるまい?」
「お待ちください! それは困ります!」
今度はジョエル君が慌てました。
「火竜様は我ら一族をお見捨てになるのですか⁉」
「そんなことは言っておらんだろう。ただ、体が成長しきるまでは世話係が必要だ。そして我は世話係はアレクシアがいい。だから十年ほどアレクシアとともに過ごすだけだ」
ガイ様がわたくしの腰にぎゅっと手を回して抱き着きました。
……ああっ、もう、可愛さが溢れてしまっていますよ!
「我はアレクシアを所望する。ほかはいらん」
「…………それはあくまで世話係としてなのだろうな」
グレアム様の声が一段と低くなりました。
先ほどからご機嫌斜めでしたが、さらに不機嫌になったような?
ガイ様がグレアム様を見てにやりと笑います。
「今のところはな。先のことは、さて、どうであろうな」
「却下だ。お前は連れて行かない。火竜ならば火竜らしく自分の一族の元で暮らせ」
「アレクシアも一族のものだ。ゆえに我がアレクシアの元で過ごしても何ら問題はない」
よくわかりませんが、グレアム様とガイ様がにらみ合っていますよ。も、もしかしてお二人は仲が悪いのですか⁉ どうしましょう⁉
「それに、そなたが認めずとも我は勝手について行く。竜をなめるなよ」
にらみ合うお二人にわたくしがおろおろしておりますと、ドウェインさんがお茶を飲みながら、どこか面白そうな顔でおっしゃいました。
「姫も罪作りな方ですねぇ」
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