竜の秘密 4

 完全にのぼせました。

 ベッドの上でぐったりしていると、グレアム様が魔術で優しい風を送ってくださいます。


「大丈夫か?」


 ベッドの上に胡坐をかいて、わたくしの額を撫でながら、心配そうに顔を覗き込んでいます。


 ……心配してくださるなら、お風呂で、あっ、あんなことしなければいいのだと思いますっ。


 わたくしはちょっぴり恨みがましい気持ちになって文句の一つでも言いたくなりましたが、グレアム様が悄然となさっているので止めておきました。


 ……わたくしがお風呂でくたりとなった瞬間、グレアム様、大慌てでしたからね。ふふ、あの慌てぶりを思い出すと笑いそうになります。これに懲りて、お風呂で意地悪なことはもうなさらないでしょう。


 お風呂から上がってお水を飲みましたし、こうしてグレアム様が風を送ってくださっていますから、気分もだいぶ落ち着いてきました。起き上がるとまだ目が回りそうなので安静にしておきますが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。

 わたくしが笑うと、グレアム様がほっと息を吐き出して、わたくしの隣にごろんと横になります。


「悪かった。……少し意地悪が過ぎたな」


 まあ、グレアム様は意地悪をした自覚があったんですね。


「意地悪はひどいです」


 むっと口をとがらせると、キスが落ちてきます。


 ……あの、グレアム様。さっきも思いましたが、これは拗ねているのであって口づけをねだっているのではないのですよ?


 ですが、優しく口づけられて抱きしめられると口から出かかった文句がしゅーっとしぼんでいきます。グレアム様はずるいと思います。ぎゅってされると、わたくし、甘えたくなってしまいますので怒れません。


「悪かった。また新たに変なのが出てきて……その、ちょっと気分がささくれ立っていたんだ」

「変なの?」


 変なの、とはなんでしょう。

 わたくしの前に現れた「変なの」? ……変とつくものは、わたくし、ドウェインさんしか思いつきませんが、ドウェインさんは前からいらっしゃいませいたので新顔ではありません。

 ほかに何かあったでしょうか? 変なキノコならばいつもぽこぽことドウェインさんが持ってきていますので、今更グレアム様が気にされることもないと思いますし。

 わたくしが考え込んでおりますと、グレアム様が小さく笑います。


「ああ、お前は気にしなくていい。むしろ意識されると困るしな。……それにしても、あの魔石から火竜が誕生したとは驚きだ」

「はい、わたくしもびっくりしました!」

「いったいどうなっているのか……は、明日、本人に説明させるしかないだろうな」


 そうですね。ガイ様はまだ目覚めるには早かったとおっしゃっていましたし、お姿のことも含めて、教えていただきたいことがたくさんあります。


「しかしあのチビ竜は、お前に面倒を見させるみたいなことを言っていたが、まさか帰る時もついてくるつもりじゃないだろうな」

「どうでしょうか? ハイリンヒ山がお気に入りのようですから……」


 ガイ様は大変お可愛らしいので、グレアム様がお許しになってくださるなら、一緒にコードウェルにお連れしてもいいと思うのですけど、それはガイ様本人とグレアム様がお決めになることですので、余計なことは言えません。

 それから、グレアム様、火竜様であるガイ様を「チビ竜」と呼んでは失礼にあたると思うのですが……。


 ……はっ! もしかしてグレアム様のご気分が悪かったのは、ガイ様誕生よって、お気に召していた巨大な魔石がなくなってしまったからではないでしょうか! そうですよね、あんなに嬉しそうにしていらっしゃったのに……。巨大な魔石でどんな魔術具を作ろうかと、すごくすごく楽しそうでしたのに、なくなってしまったから。


 どんなに頑張っても、直径一メートルもある魔石は見つけられないと思うのです。そんなに巨大な魔石を作るほど強大な魔物はいないでしょうからね。

 以前ハクラの森で発見した巨大な闇の魔石でもグレアム様が驚く大きさだったのです。おそらくあれが最大級なのでしょう。たしかトロールという魔物から誕生した魔石だろうとお聞きした気がします。


 ……巨大な火の魔石の代わりに、大きな魔石をたくさん見つけて差し上げたいですが、こればかりは運もありますし、大きい魔石はそうそう見つかりませんからね。


「……魔石、残念でしたね」

「魔石? あ、ああそうだな」


 せめてお慰めしようと思ったのですが、グレアム様は思ったよりもあっさりしていました。

 きっとわたくしに気を遣わせないようにしてくださっているのですね。お優しいです。


 グレアム様とお話している間に、わたくしののぼせた頭も正常に戻ってきましたよ。

 グレアム様は今日はとてもお疲れでしょうから、そろそろお休みした方がいいと思います。


 わたくしは少しだけもぞもぞと動いて、グレアム様にぴったりとくっつきました。

 最近のわたくしは、ここが眠るときの定位置なのです。ちょうどグレアム様の左の胸の近くに耳があたりますから、とくとくと鼓動の音が聞こえます。この音を聞いていると安心するのですよ。


「………………眠るか」


 グレアム様が小さな声で囁きましたが、そのお声がちょっぴり残念そうに聞こえたのはなぜでしょう。

 魔術で部屋に灯りをともしていたのを、グレアム様が消すと、途端に部屋の中は暗闇に覆われます。


「おやすみ、アレクシア」


 わたくしの額にちゅっと口づけて、グレアム様がわたくしを抱きなおしました。


 ……本当に、グレアム様がご無事でよかった。


 わたくしは、この世界で一番安心する場所で、今日も眠りにつきました。




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