竜の秘密 2
噴火がおさまり、わたくしたちはデネーケ村に引き返すことにいたしました。
噴火は納まりましたが、森の火事は納まっておりません。グレアム様たちはそのまま森の火事を鎮火するために奔走していらっしゃいます。
……きっと、とてもお疲れで戻ってくるでしょうから、わたくしはお疲れになった皆様を迎える準備をするのです。
メロディも、噴火が納まったのを見て許可してくださいました。
万が一デネーケ村に火の手が迫っても、わたくし、デネーケ村を覆うくらいの結界なら使えますからね!
……しかし、驚きました。
まさか、火の魔石から火竜様がお目覚めになるとは思っていなかったものですから。
しかも、想像していた竜よりも小さくて、とっても可愛らしいお姿でしたし。
「あの噴火が一瞬で納まりましたからね。竜のお力は本当にすごいですね」
わたくしと一緒に、皆様のための軽食の準備をしながら、メロディが感心した声でつぶやきます。ふふ、メロディ、それと同じことをもう三回も聞きましたよ。わたくしも驚きが納まっておりませんので人のことは言えませんけどね。
さっきまで怖くて不安でどうしようもなかったのに、嘘のように気持ちが軽いです。
森の火事の被害も侮れませんけど、でも、噴火が納まったのですから! 火事も、グレアム様やジョエル君たちなら問題なく鎮火してくださるはずですし。
……たまに遠くで「私のキノコが‼」というドウェインさんの叫び声が聞こえてきますが、聞こえなかったことにいたしましょう。いいじゃないですか、噴火は納まったのですから。キノコなんてそのうちまた生えてきますよ、たぶん。
気分が一気に浮上したせいか、鼻歌まで歌っちゃいますよ。
ルンルンと、スープをかき混ぜます。
あまり凝ったお料理はできませんので、スープとサンドイッチだけになってしまいますけど、その分心を込めて作ります。
ミモザの木の下にテーブルを運んで、作ったお料理を並べていると、グレアム様たちが戻ってこられました。
「グレアム様!」
思わず駆けだしたわたくしを、着地したグレアム様がしっかりと抱きしめてくださいます。
ご無事のようです。どこにも怪我はありません。安心して、わたくしの全身から力が抜けていきます。
「姫ぇ、聞いてくださいよ。私のキノコが……」
グレアム様の横でドウェインさんがぶつぶつと文句を言っていますが、ドウェインさん、ここにきても言うことはキノコのことですか。もっと他にあると思うですけどね。まあいいです。ドウェインさんですから。今回はドウェインさんもすごく頑張ってくださいましたし。まあ、自分のためというのが否めませんけどね。
「ドウェインさんのために炎のキノコも用意してありますよ。ただ、調理方法はわかりませんから、お家から持ってきただけですが」
ミモザの前に置いたテーブルの上には、炎のキノコも積み上げてあります。生のままですけど、ドウェインさんのことですから好きにして食べるでしょう。
「姫! 私は今感激いたしましたよ‼ 王のお妃様にと思っておりましたが、もうなんなら私の妻でもいいんじゃないでしょうか‼」
「「いいわけあるか‼」」
グレアム様とジョエル君の怒鳴り声が綺麗にはもりました。
……わたくしも、ドウェインさんの妻は願い下げですよ。わたくしには愛するグレアム様がいらっしゃいますし、頭の中の九割がキノコのことでいっぱいのドウェインさんの妻は無理です。
「皆さま、ご歓談中失礼いたしますが、一番重要なことをお忘れではありませんか?」
ケントさんがグレアム様たちの背後から控えめに声をかけられました。
ケントさんの隣には、蝙蝠のような羽をパタパタさせながら飛んでいる火竜様がいらっしゃいます。くりっとしたおめめがとっても可愛らしいです。
「火竜様、この度は本当にありがとうございました!」
はっとして、火竜様に向かって頭を下げますと、火竜様は「がーぅ」と鳴いて、ふわりとわたくしのそばまで飛んできました。
そして、そのまま地面に着地した直後、姿を変えます。
「あら」
わたくしの足元に立っていたのは、五歳くらいの男の子でした。赤い髪が特徴的です。瞳はわたくしとジョエル君と同じ、金光彩の入った赤紫色をしていました。
「くるしゅうないぞ」
小さな火竜様のお口から、子供特有の甲高い声がします。
竜は人の姿になれるとは聞いたことがありますが、子供の姿なのはなぜなのでしょうか。
火竜様はわたくしの足元で、腰に手を当てて胸をそらしています。
……火竜様に対してこんなお気持ちを抱くのは罰当たりかもしれませんが、かわいいです。とっても。
「目覚めにはちと早いが、そなたがあまりにも必死だったゆえ起きてやることにした。だが、力がまだ完全でないゆえ、大人になるまでそなたが責任をもって我の面倒を見るのだぞ」
「まあ!」
「「「……」」」
なんて可愛らしいのでしょうと思っておりますと、グレアム様やジョエル君たちがなんとも微妙そうな顔で沈黙していらっしゃいました。
特にジョエル君なショックを受けたような顔をしています。ジョエル君が想像していた火竜様と違ったのでしょうね。でも可愛いのでいいではありませんか。
「……火竜様のことは、あとで話すか。もう夜も遅いし……疲れた」
ジョエル君がそうおっしゃったので、わたくしとメロディは急いでお料理をふるまうことにしました。そうですね。とてもお疲れ手でしょうから、お食事をして、お風呂に入って、今日のところはお休みして明日お話の続きをいたしましょう。
「そなた、名は?」
「わたくしはアレクシアですわ火竜様」
「そうか。ならばアレクシア、我のことはガイ様と呼ぶとよいぞ」
「ガイ様ですね」
「そうだ。我は最初の妻につけられたこの名が気に入っておるからな」
「まあ、そうだったのですね。とても素敵なお名前です」
「そうだろうそうだろう」
ガイ様はとても満足そうに頷かれて、わたくしの手を取ると、料理が並ぶテーブルに引っ張っていきます。
「我も食べるぞ。……そちらのキノコはいらんが」
いつの間にかキノコを食べはじめていたドウェインさんを奇妙なものを見る目で見やって、ガイ様がサンドイッチを指さします。
「それがいい」
「わかりました、お取りしますね」
どうやらわたくしはガイ様を目覚めさせてしまった責任を取って、大人になるまでのお世話係に任じられたようですので、きちんとお世話しなければなりません。
ガイ様は小さな手でサンドイッチを持って、もぐもぐと頬を膨らませて食べはじめました。
……ああ、お可愛らしい。ぎゅうっとしたいですけど、だめですよね。不敬に当たりますもんね。
グレアム様が何か言いたそうな顔でこちらを見た後で、サンドイッチを手に取りました。
「これはアレクシアが?」
「はい! メロディと一緒に作りました! グレアム様のお好きなハムのサンドイッチですよ!」
「そうか」
グレアム様が顔をほころばせて、サンドイッチを頬張ります。もぐもぐと咀嚼して飲み込んで、にこりと微笑んでくださいました。
「アレクシア、とてもうま――」
「アレクシア、次はあっちだ!」
グレアム様が何かを言いかけましたが、それにかぶせるようにガイ様が叫んで、別のサンドイッチを指さしました。はい、卵のサンドイッチですね。
わたくしがサンドイッチをお取りしますと、ガイ様は満足そうに食べはじめます。
にこにことガイ様が食べる姿を見ておりますと、隣でグレアム様が小さなつぶやきを落としました。
「……こいつ、なんなんだ?」
火竜のガイ様ですよ、グレアム様?
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