竜の秘密 1

「くそっ! おいドウェイン! 本当にうまくいくんだろうな⁉」

「わかりません!」


 噴火による爆風が吹き荒れる上空で、怒鳴るように訊ねると、そんな無責任な答えが返ってきてグレアムは舌打ちしたくなった。

 体の周りに結界を張っているから、噴火による爆風や熱の影響はほとんど受けないが、ここに長時間いると危険なことくらいわかる。

 ドウェインが、とりあえず巨大な穴を掘れと言うから、グレアムとケント、そしてジョエルの三人がかりで、土の魔術を行使してハイリンヒ山の北東に巨大な穴を掘る。深さも必要だと言うから、相当深くしたが、ここへ溶岩を誘導するのは至難の業だ。


(ドウェインの実力は疑っていないが、しかしできるのか?)


 魔力量はグレアムの方が多い。だが、ドウェインは高度な魔術を扱いなれているようで、グレアムよりも高度な魔術を練り上げるのが早い。本気になったドウェインの実力がいかほどなのか、グレアムもまだ図り切れていないほどだ。


(殺し合いなら負けないだろうが、この手の複合魔術はドウェインの方が実力は上だろうな)


 これでキノコ馬鹿でなくて、こちらの言うことを聞くような男なら非常に重宝する人材なのだが、悲しいかなこの男を完全にコントロールするは不可能に近い。

 噴火によって飛び散ろうとする溶岩や噴出岩塊を、この夜の帳の下で確実に結界魔術で次々に閉じ込めていくドウェインには舌を巻くが、さすがに一人ですべてを対応するのは不可能だろう。


「噴火物の処理はこちらでする! お前は溶岩の方を何とかしろ!」

「助かります! ケント、手伝いなさい‼ 私のキノコを死守しますよ‼」

「いい加減キノコから離れてください‼」


 ケントがあきれ顔で怒鳴り返しながら、ドウェインとともに溶岩流を誘導するために魔術を練り上げていく。


「左半分は私がやろう」


 ジョエルはグレアムとともに噴火物の処理に当たるようだ。


「助かる」


 せめて昼ならよかったが、夜にこの広範囲に飛び散る噴火物の処理をするのは骨が折れるのでジョエルの助けはありがたかった。


(まったく、大した十一歳だな)


 魔力量はグレアムどころかドウェインにも劣るが、さすが一族の「王」を名乗るだけのことはある実力者だ。そしてアレクシア同様、成長とともに魔力が増大していくタイプのようなので、このまま成長すればどれほど優れた魔術の使い手になるか想像もできない。

 ジョエルの属性は、グレアムと同じ五属性。風、火、水、土、光の魔力を持っている。特に火と風の属性が強いようだ。だからだろう、噴火する山を前に、冷静に噴火物の威力を無効化し、確実に結界内に閉じ込めている。空恐ろしい十一歳だ。


(いける、か?)


 噴火が起こる前のグレアムの見立てでは勝率は五割に満たなかったが、もしかしたら対処可能かもしれない。

 ドウェインとケントが確実に溶岩流を誘導しているのを見やりながら、グレアムがホッと息を吐く。けれど、楽観視できたのはそこまでだった。

 巨大な地響きのような音が聞こえてきたかと思うと、先ほどよりも大きな爆音を立ててハイリンヒ山が火を吹いたのだ。


「まずい……!」


 威力が、大きすぎる。

 ケントとドウェインの二人がかりでうまくいきかけていた溶岩流の誘導も、新たな爆発分までは対処しきれなかった。


「作戦を中断し各自自分の前に強力な結界を張れ‼」


 相手はただの山ではない。魔力を含んだ魔火山だ。噴火物が直撃すれば、並みの結界魔術では防ぎきれない。

 グレアムも、複数の属性の魔術で自分の周りに強力な結界を練り上げる。

 ジョエルもドウェインもケントも問題なく結界を張っていたが、こうなれば自衛で精いっぱいで、噴火を続けるハイリンヒ山の対処はできそうもなかった。


(ここまでか……!)


 これ以上はここにとどまるのは危険だ。しかしこのまま放置すれば、あたり一帯――いや、ホークヤード国の国土の半数近くが噴火の影響を受ける。すでに溶岩の影響で森が燃えはじめているのだ。この炎が広がり続ければ、このあたり一帯の森はすべてだめになる。


(土魔術で囲い込んでどこまで持たせることができるか……)


 結界を維持したまま、グレアムは急いで土の魔術を練り上げていく。


「おい、何をする気だ」

「黙っていろ、気が散る!」


 対象が広すぎるため、かなりの集中力を要するのだ。

 魔力もとんでもない勢いで奪われていく。

 グレアムがしようとしていることはただの時間稼ぎにしかならないだろう。だが、何もしないよりはましだ。


(半径二キロ以内を土の壁で囲い込む)


 少なくとも、これで燃え広がる炎を押さえることはできるだろう。もちろん、溶岩相手にどこまで持つかはわからないが、多少でも時間が稼げれば新たに打つ手を思いつくかもしれない。


「無理だ! 噴火物がさらに遠方まで飛んでいる!」


 燃えていく森を悔しそうに見下ろしてジョエルが叫ぶ。

 グレアムだってわかっている。こんなことをしたって、何の解決にもならないことくらい。

 ぎりっと奥歯をかんで、それでも続けようとしたとき、一瞬で目の前に巨大な岩が迫ってきた。


「っ‼」


 ガッと音を立てて、グレアムの張った結界に岩がぶつかる。

 結界が敗れることはなかったが、その勢いでグレアムは後方に吹き飛ばされた。


「くっ」


 数十メートル吹き飛ばされたところで、風の魔術を使って停止する。

 怪我はしていないが、おかげで練り上げていた魔術が中断されてしまった。


「くそっ!」


 ここまでか。

 もうこれ以上できることはないのか。

 グレアムが自分の張った結界に拳を叩きつけたときだった。


「――っ」


 ひゅん、と光のような速さで、グレアムの横を何か赤く光るものが通り過ぎて行った。


「なんだ……?」


 目を凝らすも、赤く光っている何か、ということしかわからない。

 驚いている間に、赤い光はハイリンヒ山にぶつかるように飛んでいき。


「ッ‼」


 突如、あたり一帯が、目も明けていられないような光に包まれた。

 咄嗟に目の前に腕をかざして、グレアムは光で瞳が焼かれないようにきつく目をつむる。

 やがて、閉じた瞼越しに感じる光がしぼむように消えていくと、グレアムはそろそろと目を開いて――息を呑んだ。


 噴火が、納まっていた。

 跡形もなく。

 先ほどまで爆音を上げながら噴火を続けていたハイリンヒ山が嘘のように静まり返っている。


「いったい、これは……」


 愕然とするグレアムの視界に、赤い何かが映りこむ。

 大きさにして、一メートル半くらいだろうか。……あれは。


「火竜様…………」


 ゆっくりとハイリンヒ山に近づいていくグレアムの耳に、ジョエルの、茫然としたつぶやきが聞こえてきた。





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