ハイリンヒ山の噴火 6

 夜の帳が完全に空を覆うころには、わたくしたちも村の人々も、避難の準備を終えることができました。

 ジョエル君の指示で、避難する方々の第一便が送られようとしていました。

 グレアム様のように鳥車をお持ちではありませんが、火竜の一族には一族の移動手段があるそうです。馬がつながれていない大きな荷馬車のようなものに、女性や子供が次々に載っていきます。


 避難は、女性や子供、それからお年寄り、魔術が使えない人たちを優先で行うそうです。

 荷馬車に人が乗り終わりますと、荷馬車に巨大な布のようなものが取り付けられました。

 そして、火竜の一族の方が二名乗り込んで、荷馬車に魔術をかけていきます。

 布が上空に向かってふわりと広がって、つながれている荷馬車ともども空に浮かびました。

 グレアム様が感心したようにそれを見上げます。


「火と風の魔術で浮かせているのか」

「どうことですか?」

「火の魔術で布の下の空気を暖める。それから風の魔術で荷馬車の重さを軽減させ、周囲の風を捜査して、飛んでいく方向をコントロールしているんだ。よく考えられている」


 うーんと、グレアム様がおっしゃるには、空気は温めると軽くなるそうです。それによって、つながれた荷馬車が浮かび上がるのだとか。

 鳥車ほどのスピードは出ないそうですが、これで空を飛んで王都まで移動できます。

 デネーケ村は千人ほどの方がお暮しですので、これを何往復も続けなければなりませんが、荷馬車は数台ありますし、最悪全員の避難が終わるまでに噴火が起こっても、少しの間なら結界の魔術などを駆使して守ることができるそうです。


「お前たちは先に行け。これは私たちの問題だ。非難は私たちがする。クウィスロフトの王族を危険にさらせば、いろいろ問題が起こるだろうしな」


 夜空を飛んでいく荷馬車を見上げながら、ジョエル君が言います。

 ジョエル君は最後の一人が避難するまでここに残るそうです。避難が終わるまでに噴火が起こった時を想定し、強い魔術を使えるジョエル君やケントさんたちは残っていたほうがいいからだと言います。


「そういうことなら俺も残っていたほうがいいのではないか?」

「あんたが強い魔術師なのはわかっている。だが、同時にあんたは王弟だ。クウィスロフト国との間に波風を立てたくない。ホークヤード王も望まないだろう」

「ジョエル君はホークヤードの国王陛下と面識がおありなんですか?」

「……公には言えないが、血がつながっている」

「え?」

「私は生まれたときに生みの親と引き離されたが、それが誰なのかは、暮らしていればなんとなくわかるものだ。どうやら私の産みの母親はホークヤード前王の末娘らしい。縁あって、火竜の一族に嫁いで来たようだな。つまり、ホークヤード国王は私の伯父にあたる。……その関係で、一度頼まれごとをされて、助けたことがあるんだ。その時に知り合った。ちなみに王都にある邸は、その時の礼としてもらったんだ」


 なるほど、どうしてホークヤード国の国籍を持っていない流浪の一族が王都に邸を持っているのだろうと思いましたが、そういう背景があったのですね。


「つまり、ジョエル君はホークヤード国の王族でもあると言うことですか?」

「私には親はいないことになっているから、王族には名を連ねていない。血のつながりはあるがそれだけだ」


 ジョエル君は冷たく突き放すように言いますが、その表情は少しだけ曇っています。肉親として付き合えなくても、やっぱり気になるのでしょう。ジョエル君は優しい人ですから、これからホークヤード国が苦境に立たされることもわかっていて、それを心配しているのだと思います。


「いいから、お前たちは先に行け。ここからは私たちの領分だ。協力してくれたことには感謝する。本件が片付いたら、追って礼をさせてもらう」

「お礼は結構ですよ。ね、グレアム様」

「ああ、こちらが勝手にしたことだ。……そういうことなら先にいくが、何ならドウェインをおいて行くが?」


 それは名案ですね、ドウェインさんは優れた魔術の使い手ですし、元ジョエル君の側近ですからとってもお役に立つはずです。


「ひどいですよ私も帰ります‼」


 キノコを詰めた袋を大量に抱えたドウェインさんが文句を言っています。


 ……あの、ドウェインさん。この非常時に、そんなたくさんのキノコは運び出しませんよ? キノコより人命優先です。せめて一袋だけにしてください。


「ドウェイン。一緒に帰りたければキノコを全部おいて行け」

「嫌ですよ‼」

「じゃあ残れ」

「残ってもキノコがダメになるじゃないですか‼」


 あくまでキノコ優先なんですね。困った方です。


 ドウェインさんはぐぬぬとうなって、ハイリンヒ山のあるあたりを睨みました。


「……噴火すればキノコがダメになるんですね」


 何わかりきったことを言っているのでしょう。このあたりはすべて溶岩に飲まれてしまうと思うので、キノコはすべて燃え尽きてしまいますよ。

 ドウェインさんは顎に手を当てて、すっごく真面目な顔をしてぶつぶつと何かをつぶやきはじめました。


「水の魔術と土の魔術を応用して溶岩の流れを制限、発生したガスは風魔術で隔離、分解。火山灰が上空に到達する前に分解隔離処理。制限した溶岩は…………、王、ハイリンヒ山の北東に巨大な穴を掘ってもいいですか?」

「は?」

「だから穴ですよ穴‼ 巨大な穴を掘ってもいいですか⁉」

「あ、ああ……それは好きにしていいが……」

「私の大切なキノコがかかっているんです。この際出し惜しみはできません。私のキノコ愛は溶岩なんかに負けませんよ」

「何を言っているんだお前……」


 ジョエル君がぽかんとしています。

 わたくしもぽかんとしてしまいますよ。

 急に真面目な顔になったと思ったら、なんかよくわからないことを言い出したのですから。


「水竜様の末裔も手伝ってください」

「待て、わかるように説明しろ」

「ですから! 魔術で溶岩の流れる場所を制限して一か所にまとめるんです。まとめた溶岩は水魔術で冷やして固めます。その際に発生するガスは風の結界魔術の応用で隔離して無害なものに分解。火山灰もひとまず魔術で隔離します。どうです? これで私のキノコが守れます!」

「そううまく……」

「何が何でも成功させるんですよ‼ 私の大切なキノコがダメになっていいんですか⁉」


 キノコは正直どうだっていいのですけど……あの、ドウェインさん、もしかして今すごいことを言っています?


 ジョエル君とグレアム様はこめかみを押さえていますが、お二人ともあきれているのではなく考えている顔をしています。

 といいますか、人や魔物が火山の噴火によって間引かれるのは自然の摂理だと突き放したことを言っておきながら、キノコはその自然の摂理で燃え尽きるのは許せないんですねドウェインさん。


 メロディがぼそりと「キノコ馬鹿」とつぶやきました。

 メロディ、その通りですし理由にはあきれてしまいますが、ドウェインさんはすごいことを言っているみたいなので邪魔はしちゃだめですよ。


 ややあって、ジョエル君とグレアム様が同時に息を吐き出しました。


「……失敗したところで、被害が大きくなることはないだろう」

「成功すれば儲けものだしな」


 どうやらお二人ともドウェインさんの案に乗るようです。

 もちろん、ドウェインさんの計算通りに事が運ぶとは限りませんので、王都への避難は引き続き行います。

 ですが、グレアム様はドウェインさんを手伝うためにデネーケ村に残るそうです。


「では、わたくしも……」


 グレアム様が残るならわたくしも残りたいです。ですが、グレアム様は首を横に振りました。


「アレクシアはダメだ。鳥車に乗って避難しろ。メロディ、オルグ、アレクシアを頼む。ロックもだ。ここに残るのは俺一人にする」

「そんな!」


 ジョエル君たちはドウェインさんがいるとはいえ、わたくしたちだけ避難してグレアム様だけが残るのは嫌です。

 それに、ドウェインさんは簡単に言っていましたが、危険がないわけではないのでしょう?

 わたくし、山が噴火するところなんて一度も見たことがありませんので、それがどれほどのものなのかは想像もつきません。ですが、グレアム様やジョエル君が一時は何もせずに撤退すると言っていたくらいです、噴火が相当なものであることくらいはわかります。


 ……もし、失敗したらどうなりますか?


 グレアム様はとても優れた大魔術師様です。わたくしなどが心配するのは失礼にあたるかもしれません。でも、やっぱり心配なのです。もし、もしもですよ? 失敗して、グレアム様がハイリンヒ山の噴火に飲まれてしまったら? いくらグレアム様でも、自然の脅威の前では生き残れないかもしれないじゃないですか!


 わたくしには大したことはできませんが、万が一に備えてグレアム様を連れて逃げることくらいはできると思うのです。

 わたくしだって、風の魔術で飛べるようになりました。グレアム様のように早くは飛べませんが、グレアム様を抱えて飛んで逃げることはできると思います。


「わたくし……!」

「奥様」


 グレアム様を置いて避難するのは嫌ですと、子供のように駄々をこねそうになったわたくしの肩を、メロディがポンと叩きました。


「旦那様は大丈夫です。それに……奥様がおそばにいたら、心配で旦那様が火山の噴火に集中できなくなるかもしれません。そちらの方が危険ですよ」

「メロディ……」


 メロディの顔も強張っています。そうです。姉弟のように育ったメロディが、グレアム様を心配でないはずはありません。それでもメロディは、グレアム様を信じているのです。


 ……妻のわたくしが、夫を信じなくてどうするのでしょう。


 心配です。怖いです。震えそうです。グレアム様に何かあったらと思うと気が気ではありません。でも……わたくしがここで信じて引き下がらないと、グレアム様が困ってしまいます。駄々をこねて残ったわたくしを気にして、グレアム様がより危険にさらされるのでは本末転倒です。……ぎゅっと我慢して、信じて引き下がらねばなりません。


「不安にさせて悪いな、アレクシア。大丈夫だ。無理だと思ったらすぐに撤退する。ちゃんとお前のそばに帰るから、そんな顔をするな」


 わたくしが、どんな顔をしていると言うのでしょう。

 自分ではわかりません。きっと、感情が抑えきれずに見苦しい顔をしているのでしょうね。

 そんなわたくしを笑って抱きしめて、グレアム様が幼子にするように、ぽんぽんと背中を叩いてくださいます。

 わたくしはぎゅっとグレアム様を抱きしめ返して、わたくしが一番安心する広い胸に顔を押し付けました。


「……グレアム様に、火竜様のご加護がありますように」


 グレアム様は水竜様の末裔ですので、本当はご加護は水竜様にお祈りした方がよかったのかもしれませんが、なんとなく、今は火竜様にお祈りした方がいい気がしました。


 ……火竜様、どうか、グレアム様と皆様をお守りください。




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