ハイリンヒ山の噴火 5

「奥様! ご無事でしたか‼」


 家に帰ると、メロディが泣きそうな顔で玄関から飛び出してきました。ロックさんとオルグさんもいらっしゃいます。

 ざっと見るに、家にはほとんど被害がないようです。ドウェインさんが対応してくださったのでしょうね。玄関の花瓶が倒れて水がこぼれているくらいで、何かが壊れたような跡はありません。


 ……あの方、本当に有能です。キノコ以外は。


 メロディたちを守ってくださったドウェインさんにお礼を言おうと思ったのですけど、メロディに訊ねたところ、ドウェインさんは家に結界を張るとすぐに炎のキノコを干す作業に戻ったそうです。

 そういえば、長期保存を考えてキノコを干すと言っていましたね。やれやれです。


「メロディ、荷物をまとめて、いつでもここから出立できるようにしておけ。いつ噴火が起こるかわからない状況になった」

「わかりました!」


 メロディがさっと表情を引き締めて、慌てて二階に駆け上がっていきました。

 わたくしもメロディを追って二階に上がります。グレアム様はロックさんたちとお話があるそうで、ダイニングへ向かいました。

 夫婦の部屋に向かいますと、メロディと一緒に着替えやなんやとトランクに詰めていきます。

 ドウェインさんにも伝言を入れていただきました。


「奥様、あの魔石はどうしましょうか」

「そうですね……。荷物をまとめ終わったら、先に鳥車に移しておきましょうか。おいて行くとグレアム様が悲しみますし」


 わたくしも、物の重さを感じなくなる風魔術は使えるようになっているのですよ。重さを感じなくなれば、ちょっと大きいですがわたくしにだって魔石を運ぶことができますからね!

 先ほどの地震が噴火の前兆ならば、グレアム様がおっしゃったように、もうすぐ噴火がはじまってしまうかもしれません。

 ホークヤード国王に報告に行く暇もないでしょうね。そんな暇があれば、急いで避難準備を整えないといけませんから。


 ……ハイリンヒ山が噴火すると、火山灰がクウィスロフトにまでやってきますし、ホークヤード国の国境に位置するコルボーンには大きな被害が出ると思います。


 避難民の受け入れ態勢も至急整えなければならないですし、ワーシャルドール国の動きも注視して、いつ戦争になるか警戒しておかなければなりません。

 たくさんたくさんやることがあります。

 そのほとんどが、わたくしではお役に立てないことですけど、でも、わたくしもグレアム様の妻ですから。微力ながら、できることは全部お手伝いするつもりです。


 不安でおろおろしている暇はないのです!


「メロディ、こちらが終わったら皆様をお手伝いしに行きましょう! 荷物をまとめて、なんなら荷物だけでも先に運び出しておいた方がいいかもしれません!」


 わたくしがぎゅっぎゅっとトランクに着替えを押し込みながら言いますと、メロディが目を細めて微笑みました。


「奥様、強くなられましたね」

「そ、そうですか?」

「ええ」


 自覚はありませんでしたが、メロディがそう言うなら、わたくし、ちょっとは成長できたようです。嬉しいです。でもそれは、グレアム様やメロディたちのおかげですよ。みんながいなければ、わたくしは今も、人の目を恐れて縮こまっていたままだったでしょうから。

 まとめた荷物を、いつでも持ち出せるように部屋の入り口近くに積み上げて、わたくしは火の魔石に風の魔術を施します。

 そして、よいしょと両手で抱え上げようとしたのですけど。


「……あれ?」


 魔石、ちょっと変じゃないです?


 グレアム様が魔力を込めたので、赤く輝いているのは変わりありませんけど……なんかちょっと、温かい?


「奥様、どうなさったんですか?」

「メロディ、ちょっと魔石に触ってみてもらってもいいですか? 温かい気がするんです」

「魔石がですか?」


 メロディが首を傾げながら魔石の表面に触れます。


「本当ですね。魔石が温かい……。火の魔石だからでしょうか? あれ、でも奥様のアクセサリーに火の魔石を使ったものがありますけど、温かくないですよね?」

「はい。……大きいからですかね?」

「ですかね?」


 メロディと顔を見合わせて首を傾げます。謎です。気になります。ですが、今はそんなことを気にしている暇はないので、後から考えることにしましょう。

 魔術で重さを感じなくなった魔石を抱えようとすると、メロディが「危ないですから」と言ってわたくしから魔石を取り上げます。重くないので危なくないと思うのですけど、わたくし、どんくさいですから……大きなものを持たせると転びそうではらはらするそうです。


 メロディと、鳥車の中に魔石を運び入れて、そのあとは村の皆さんの荷造りをお手伝いに行きました。

 途中、指示を出しているケントさんに会ったので訊ねたところ、ここにいる皆さまは、ホークヤード国の王都に一時的に避難するようです。


 ……なんと、火竜の一族は王都にも大きなお邸を所有しているらしいのですよ。やっぱりお金持ちでした。あの巨大な魔石をいらないと言うだけあります。


 ホークヤード国の王都には、クウィスロフト国の王都と同じように結界の魔術具がありますからね。火山灰が飛んできても、結界の魔術具を作動すれば影響は出ません。ただ、長期間、火山灰が上空を覆う可能性があるので、天候や気温に問題が生じるかもしれませんが。

 デネーケ村の皆さんは、噴火が落ち着いた後に移住先を決めることになるそうです。デネーケ村があった場所は溶岩と火山灰に飲まれてしまいますから、ここに戻って暮らすことは当面不可能だと思われますからね。


 デネーケ村の人々には、ジョエル君たちが事前にハイリンヒ山の噴火の可能性を伝えていたようですが、実際にその日が目の前に迫っているからでしょうか、皆さん不安そうな顔をしていらっしゃいます。

 中には目を潤ませている方もいて、そんな方を見ていますと胸がぎゅっと締め付けられます。


 ……身の安全のためとはいえ、故郷を離れるのは苦しいですよね。これからどうなるのだろうという不安もあるでしょう。


 立場は違いますが、わたくしも、王都からコードウェルに嫁ぐときの馬車の中では同じように不安でした。

 皆様温かく迎えてくださいましたけど、到着するまでは、この目を気味悪がられないか、こんなみすぼらしい女が嫁いで来てがっかりしないか、追い出されたらどうしようと、とにかく不安で仕方がなかったのです。

 わたくしは生家にもいい思い出がなかったので、故郷を離れなければならないつらさはわかりませんけれど、新しい場所に赴く不安はわかるつもりです。


 ……本当に、ハイリンヒ山の噴火を止める手立てはもう残されていないのでしょうか。


 村の方々を見ていると、考えたって仕方がないと言うのに、そんなことばかり考えてしまいます。

 もう噴火まで時間がなさそうなので、余計なことを考えている暇はないと言うのに。


「火竜様はどうすればお目覚めになるのでしょうか……」


 青く晴れた空を見上げて、わたくしはつい、そんなつぶやきをこぼしてしまいました。


 ……だって、もうすぐこのきれいな空が、火山灰で覆われてしまうと思うと……こんな美しくて幸せにあふれる村が溶岩に飲まれてしまうと思うと、悲しくてなりません……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る