ハイリンヒ山の噴火 4

 わたくしとグレアム様はケントさんに連れられて、急いでベノルト村長のお宅に向かいました。

 ダイニングには難しい顔をしたジョエル君が座っています。


「ジョエル君、キノコが増えているって聞きましたけど……」


 先ほど見たときもすでにとんでもなくたくさんあったのですが、この短い時間にさらに増えたと言うことでしょうか。

 席に着くなり訊ねたわたくしに、ジョエル君が難しい顔のまま頷きます。


「ケント、映せるか」

「ええ、お任せください」


 ジョエル君の指示で、ケントさんが光の魔術を使いました。

 ダイニングの壁に、ハイリンヒ山の映像が映し出されます。


 ……すごいです。光の魔術にはこんな使い方もあるのですね。


 グレアム様が教えてくださったのですが、映し出す場所のそばに光魔術を操れる方がいなければ使えない魔術で、それも高難易度の魔術だそうです。グレアム様も操れますが、二人以上で使う魔術なので、グレアム様のほかにこの魔術を操れる方はクウィスロフトにはほとんどいないらしく、実際に試したのは過去に一度きりだけだとか。


 ……って、魔術に感心している場合ではありませんでした!


 映し出されたハイリンヒ山は、中腹のあたりまで赤く染まっていました。先ほどわたくしたちが見たときは三合目まででしたのに、とんでもない早さです。炎のキノコ、どれだけ成長が早いのでしょう。


「私も、一族の人間も、こんな現象は見たことがない」

「それについてなんだが、二つ報告がある」


 グレアム様が映像から視線を外し、わたくしに目配せをしました。


 ……はい、心得ておりますよ。


 わたくしは持ってきた本をダイニングテーブルの上に置きます。


「あの赤いキノコだが、微量だが魔力を含んでいた。そしてアレクシアが先ほど書庫で見つけたのだが、この物語を知っているか?」

「ああ。一族の物語だからな、もちろん知っている」


 やっぱり火竜の一族のはじまりの物語だったんですね。

 わたくしは納得しつつ、該当のページを開きます。


「ジョエル君。ここなんですけど、今起こっているキノコの現象と似ていると思いませんか? ほら、ここです。山が赤く染まるとき、山が火を吹き、火竜様がそれをお鎮になった、とあります」


 ジョエル君が本を覗き込んで、わずかに目を見張りました。


「……確かにな。こんなところに注目したことはなかったから覚えていなかったが……」

「言われてみれば本当ですね……」


 一族の方にとっては、一族がどうして興ったのかが重要なので、さらりと書かれたこの一文には特に着目せず流し読みしていたのでしょうね。だからジョエル君もケントさんもしっかり記憶していなかったのでしょう。


 ……ましてや、噴火を止める方法や、火竜様を目覚めさせる方法を調べる際に、子供が読む物語を調べたりしませんでしょうから。


「この赤くなると言うのが、あのキノコのことを指しているなら……噴火が近いと言うことか。私が予想したよりもはるかに速いかもしれない。ケント! 避難準備を急がせろ! 悠長に構えている暇はなくなった。村人に通達し、荷物をまとめさせておけ。キノコの増殖具合では、今夜にでも避難を開始することになるぞ」

「わかりました。急ぎます!」


 ケントさんがダイニングを飛び出していきました。

 ホークヤード国王にも至急ご連絡を入れねばなりませんから、グレアム様も立ち上がります。この調子でキノコが増えれば、明日、明後日には山が完全に真っ赤に染まるかもしれませんから。


 わたくしもグレアム様を追って立ち上がりました。

 メロディとともに荷物をまとめて、そのあとは皆さんの避難準備をお手伝いしなくては。

 そう思って、グレアム様とともに部屋から出ていこうとした、その時でした。


「きゃあっ!」


 突然、足元がぐらりと大きく揺れました。

 いえ、足元だけではありません。建物自体が……いえ、地面が揺れています。地震です‼


「アレクシア‼」


 わたくしが転ぶ前に、グレアム様が腕を伸ばしてしっかりと抱きしめてくださいます。

 でも、揺れは納まりません。納まるどころかどんどんひどくなります。


 揺れが怖くて、グレアム様にしがみついてがたがたと震えておりますと、グレアム様が風の魔術を使ってほんのわずかに体を宙に浮かせました。

 おかげで揺れは感じなくなりましたが、ガタンガシャンと大きな音を立てながら、ダイニングに飾ってあった絵皿や花瓶が床に落ちて割れたり、椅子が揺れて倒れ、絨毯の上を滑ったりしています。


 ジョエル君は、ご自分で風の魔術を使って浮いていらっしゃいましたが、このままでは建物自体が壊れるかもしれません。


 揺れるたびに、埃なんだか破片なんだかわからないものが天上から落ちてきます。

 ベノルトさんや奥様、使用人の方の悲鳴が聞こえてきました。

 ジョエル君が家全体に風の結界魔術を施します。

 グレアム様がいくつかの属性の複合魔術で、家全体に補強をかけました。窓にはひびが入っていましたし、このままだと天井が落ちてきそうでしたから。


 ジョエル君の結界魔術で、家の揺れは納まりましたが、床に破片が散乱しているため、グレアム様がわたくしをダイニングテーブルの上に座らせました。


 ……お行儀が悪いですけど、今は非常時ですからね。


「ここにいろ」


 そう言って、グレアム様が部屋から飛び出して家の中の被害を確認しに行きます。

 ジョエル君も、ベノルトさんたちが心配なのでしょう、グレアム様を追いかけてダイニングから出ていきました。

 家の揺れは納まりましたが、地震はまだ終わっていないようで、外から悲鳴や何かが壊れる音が響いています。


 ……メロディは大丈夫でしょうか。オルグさんやロックさんも。……ドウェインさんが家にいますし、きっと対処してくださっていますよね? いくらキノコしか見えていない方でも、この状況を無視してキノコを食べるなんてことはしていませんよね?


 魔術は万能ではありません。家の揺れを止めることはできても、地震自体を止めることはできないのです。このまま揺れ続けたら、地割れが起きたり、木々が倒れたりするかもしれません。全部の家に結界魔術を張って回るのは難しいですから、家も倒壊してしまうかも。


 ……早く、早く納まってください……!


 わたくしは手を組んでぎゅっと目をつむります。

 どのくらいお祈りしていたでしょうか。

ぽんと肩を叩かれて目を開けますと、目の前にはグレアム様がいらっしゃいました。


「揺れは納まった。ひとまず家に戻ろう」


 グレアム様がわたくしを抱きかかえて、風の魔術でふわりと宙に浮かびました。

 あちこち壊れたものが散乱していますからね。歩くのは危険なのです。


「……もしかしなくとも、噴火がはじまるのかもしれないな」


 ぽつんとつぶやいたグレアム様の言葉が、わたくしの胸に波紋のように広がりました。



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