ハイリンヒ山の噴火 2

 ドウェインさんが麻袋を何枚もかき集めてきたあとで、わたくしとグレアム様はドウェインさんとともにハイリンヒ山へ向けて出発しました。


 わたくしは今日もグレアム様に抱っこされて運ばれています。

 わたくしを抱きかかえての移動はグレアム様が大変なので、お留守番を申し出たのですが、今日はオルグさんがロックさんと一緒に周囲の見回り中でわたくしの護衛役がいらっしゃいませんので、一緒について行くことになりました。

 大量の炎のキノコを採取できるとあって、ドウェインさんは気持ちが逸っているのか、ずんずんと早歩きで歩いていきます。


 ……あの、ドウェインさん。わたくしを抱えて早歩きするとグレアム様がお辛いので、ゆっくり歩いてほしいのですけど。


 わたくしが歩ければいいのですけど、わたくしを足場の悪い山の中で歩かせると、遅いし転びそうになるしで、グレアム様が許可をくださいませんから。

 魔術で飛ぶにも、木々が入り組んでいてちょっと危険ですからね。

 今日は間で休憩を取らず、まっすぐハイリンヒ山の麓を目指します。

 グレアム様に抱えられながら周囲を見回しておりますと、あちこちに炎のキノコの赤い頭が見えました。


 ……多いですね。このあたりでも充分すぎるほど多いのに、ドウェインさんのいう「キノコ野原」とはどれほどのものなのでしょう。


 グレアム様が「異常」と言ったのがよくわかります。確かにこれは異常ですよ。キノコの成長スピードがいかほどかはわかりませんけれど、急激に増えすぎです。

 そして、ハイリンヒ山が近づくにつれて、炎のキノコの数が明らかに増えていきます。


 ……いったい何がどうなって――


 あともう少しでハイリンヒ山に到着するというところで、わたくしは見えてきた光景に思わず息を呑みました。


 真っ赤です。

 一面。見渡す限り、とにかく真っ赤。


 グレアム様も驚きのあまり足を止めてしまいました。

 まるで赤い絨毯を敷き詰めたように、足の踏み場もないほど、びっしりと炎のキノコが生えています。

 ハイリンヒ山の周囲のみならず、山の三合目ほどまでが赤く染まっていて、異様ですけれど、遠目から見る分にはちょっと感動するほど綺麗でした。


 言葉を失うわたくしとグレアム様をよそに、ドウェインさんはルンルンでキノコを採っては麻袋に詰めています。


「グレアム様、わたくし、夢を見ている気分です」

「ああ。俺も……信じられない」


 わたくしとグレアム様が立ち尽くしておりますと、「旦那様、奥様!」と背後から声がしました。振り返るとロックさんとオルグさんがこちらに向かって走ってきています。


「ちょうどよかったです。ご報告に行こうと思っていたんですが……」

「これだろう?」

「はい……」


 ロックさんもオルグさんも、この光景を異常だと感じたようでした。

 二人して周囲を歩き回って原因になるものがないか探していたそうですが、それらしいものは何も見当たらなかったそうです。


 ……こんなに度肝を抜く光景を前に、驚きもせずキノコを採取しているドウェインさんにびっくりですよ。


「俺には判断が難しい。ロック、急ぎジョエルたちを呼んで来い」

「わかりました」


 ロックさんが鷹の姿になって、すぅっと風を切るように飛び立ちました。

 この入り組んだ木々の間を、危なげなく飛んでいくロックさんに感動します。すごいです。

 何もすることがなく、ただ群生する炎のキノコと、それをご機嫌で採取しているドウェインさんを見ながら過ごしていますと、ジョエル君とケントさんが息を切らせてやってきました。


「いったいこれは何事だ」

「俺が知りたい。原因はわかるか?」

「わかるわけないだろう」


 ジョエル君が乱れた息を整えながら眉を寄せました。


「こんな光景見たことがない。洞窟の壁画に、これに似たものがあるのは見たことがあるが、他に情報らしいものはなにもないからな」

「もしかしたら一族の書物に書かれているのかもしれませんけど、まだすべてを読み終えたわけではありませんからね……」


 ケントさんもうなっています。


「ハイリンヒ山の噴火と、何か関係があるのでしょうか? ドウェインさんによるとこのキノコが生えはじめたのは最近のようですし、増え方があまりに早すぎる気がします」

「アレクシアの言う通り関係がないとは言い切れないだろう。だが、このキノコの意味があるのか、それともただ単に噴火の前に生えてくるキノコなのか、はたまた一切関係がないのかは、現時点では何も言えない。少なくとも私は情報を持っていないからな」


 ジョエル君が情報を持っていないのなら、わたくしやグレアム様にわかるはずがありません。ただ、どうしても無関係だとは思えないのです。

 わたくしは視線を落として、洞窟に描かれていた壁画を思い出します。

 このキノコの絵が描かれていた壁画には、もう一つ、卵のようなものが描かれていたはずです。


 ……卵。……卵? あれ? そういえば、祭壇の奥にあった火の魔石は、卵のような形をしていましたよね。あれは偶然でしょうか。


「今日からここは一族のものに見張らせよう。どのように変化があるのか調べたほうがいい。ケント、手配しろ」

「かしこまりました。では、いったん村に戻りましょうか。ここにいたって……ドウェイン以外は用はなさそうですし」


 ドウェインさんはまだキノコ狩り中です。麻袋は三つもいっぱいになったのに、まだ採っています。いったいいくつ麻袋を持ってきたのでしょうか。


「ドウェインさん、帰りますよ」

「姫、もう少しだけ! というか手伝ってください! 麻袋はまだありますよ!」

「……そんなに採ってどうするんだ」

「もちろん食べるんですよ! あと、乾燥させて保存するんです」


 あきれ顔のグレアム様の問いに、ドウェインさんは元気いっぱいに答えます。

 グレアム様は額に手を当てて、やれやれと息を吐きました。


「ロック、オルグ、手伝ってやれ。放っておくと夜中まで続けそうだ」


 ロックさんとオルグさんが嫌な顔をしましたが、このままドウェインさんを放置しておくと、火竜の一族の方が見張りに来た時にご迷惑をかけるかもしれませんからね。

 ドウェインさんも火竜の一族ですので、一族の方が責任をもって面倒見てほしい気持ちもありますが、ジョエル君の命令でわたくしのそばに来て、グレアム様が貴重な魔石に釣られてそれを受け入れてしまいましたから、わたくしたちにドウェインさんの監督責任があるのですよ。


 ……わたくしもお手伝いした方がいいのでしょうね。ちょっと怖いのであんまり触りたくはないのですけど……致し方ありません。


 わたくしはその場にしゃがみこんで、炎のキノコをつかみました。……あ。


「グレアム様。このキノコ、魔力を持っています」

「何?」


 ほんのわずかですが、キノコに触れた瞬間に火の魔力を感じたのです。

 混沌茸のように魔物ではないと思うのですけど、キノコに魔力が宿っているのは少々不思議ですね。

 グレアム様が炎のキノコを一つ手に取って、しげしげと見つめました。


「……よく注意しないとわからないが、確かに微量な魔力を感じるな」

「山の魔力が影響しているのでしょうか?」

「その可能性はありそうだな。だが、何故……」


 グレアム様はキノコをその場に捨てて、近くに生えていた木の幹に触れました。


「木からは魔力を感じない。このキノコだけか? ……魔力が高まると生えてくるキノコなのだろうか。……少し持って帰って調べてみるか」


 グレアム様が炎のキノコを三つほど手に持ちました。グレアム様が持って帰らなくても、ドウェインさんが麻袋に何袋も採っていますので、あちらからいただけばいいと思うのですけどね。あれだけあるのですから、分けてくださいとお願いすればくれると思いますし。……まあ、グレアム様はドウェインさんにお願いするのが嫌なんだと思いますけどね。


 ……グレアム様が調査するのに、キノコが三つで足りなかったときのために、ここはドウェインさんに協力してキノコを採取することにいたしましょう。そうすれば、ドウェインさんにわたくしからお願いしやすくなりますし。


 わたくしはキノコを採取しては、近くに転がっている麻袋の中に入れていきます。数えてみるに、麻袋は十袋もありますよ。ドウェインさん、どうやって持って帰るつもりなんでしょう。

 全部の袋がいっぱいになりますと、ドウェインさんは満足そうな顔で立ち上がりました。


「さあ、袋を持って帰りますよ。五人いるので一人二袋お願いします!」


 ……ああ。どうやらわたくしたちは荷物持ちにカウントされていたようです。



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