ハイリンヒ山の噴火 1
ひとまず巨大な火の魔石の研究はコードウェルに帰ってからと、グレアム様とお約束をして次の日。
ハイリンヒ山の噴火を止めようにも、今のところまったくと言っていいほど手掛かりがありませんので、わたくしとグレアム様は昼食後、村の中央にあるミモザの木の下のベンチで、のんびりと午後のひと時を過ごしておりました。
何かしなければと気持ちは焦るのですけどね、何にも思いつかないのですよ。
噴火する前にハイリンヒ山の周りにぐるりと結界を張って溶岩が漏れ出ないようにするとか、噴火前に溶岩を吸い出すとか、いくつか考え付くことはあるのですけど、どれも現実的ではないんですよね。
溶岩を押さえようと思うと、かなりの強度の結界を張らなければならなくて、その強力な結界を、噴火が終わって溶岩が落ち着くまでずっと維持し続けるのはグレアム様とて大変なのだそうです。加えて、結界内は溶岩でめちゃくちゃになってしまいますし、溶岩が固まって、山と呼べないような巨大で変な物体を作り出すことになるので、さすがにホークヤード国に無断でそのようなことはできないそうです。第一、火竜様が眠っている神聖なるハイリンヒ山にそのような所業をするのは、火竜の一族の方々が許しませんからね。
また、噴火前に溶岩を吸い出すと言う方法も、言葉にするのは簡単ですが、ではどうやって吸い出すのかという話になります。また、うまく吸い出せたとして、吸い出した溶岩をどうするのかという問題も発生いたしまして、これまた現実的ではありません。
考えても考えてもいい方法が浮かばず、頭を悩ませているからか眠気も襲ってくる始末です。
わたくしが頭を支えきれず、こくこくと船をこいでおりますと、グレアム様が苦笑してわたくしの体をそっと横たえて膝枕をしてくださいました。
……ああ、ダメです。そんなに優しく頭を撫でられると本当に眠ってしまいます。それでなくても今日はぽかぽかといいお天気なのですから。
「無理しなくていいから少し眠りなさい」
「……はい」
我慢できず、わたくしがすーっと夢の世界に落ちかけたその時でした。
「大変ですよ姫‼ すごいことが起こりました‼」
ドウェインさんの興奮した声に、わたくしはびっくりして目を開けました。
ドウェインさんは午後からキノコ採取に行っていたはずですのに、いったいどうしたのでしょう。
目をこすりながら体を起こしますと、目をキラキラと輝かせて、ドウェインさんがこちらに向かって「大変だ」と叫びながら走ってくる姿が見えました。
「あいつは一人で何を騒いでいるんだ?」
グレアム様がドウェインさんの興奮した様子に唖然となさっています。
ドウェインさんのことですから、どうせキノコがらみだと思うのですけどね。
おかげで眠気が飛びましたから、まあよしとしましょう。
ドウェインさんがミモザの木まで走ってきて、ぜーぜーと肩で息をしながら、手に持っていた炎のキノコを突き出しました。
「……それがどうかしたのか?」
グレアム様がどこか投げやりに問いかけます。
ドウェインさんは爛々と目を輝かせて、まくしたてるように答えました。
「どうかではありませんよ! とんでもないことになっているんです! きっと日ごろからキノコを愛する私に火竜様がご褒美を下さったに違いありません!」
キノコを愛するドウェインさんにご褒美って何ですか。周囲に多大なる迷惑をかけているので、ご褒美が出るのはおかしいですよ。意味がわかりません。
わたくしとグレアム様は顔を見合わせて首をひねります。
ドウェインさんの話が要領を得ないのはいつものことですが、今日は輪をかけてわかりませんね。
グレアム様が渋々と言った様子で、ドウェインさんに質問しました。
「褒美とはいったいなんだ。そのキノコと関係があるのか?」
「おおありですよ‼ 最高です‼ 今日は人生最良の日ですよ‼ いいですか、聞いて驚かないでくださいね‼」
正直あまり聞きたくありませんが聞くしかないようです。
ドウェインさんは手に持っている炎のキノコをぶんぶん振り回しながら続けました。
「なんと‼ このキノコがすっごく大量に生えているんですよ‼ あたり一面キノコ野原なんです。これでは袋がいくつあっても足りません! 大きな箱がなん十箱と必要ですよ‼ ああっ、こうしてはいられない! 早くキノコを採らなくては‼」
キノコ野原って何でしょう。聞いたことがありません。
わたくしがぽかんとしている横で、グレアム様が顎に手を当てて考え込まれました。
「そんなにたくさん生えているのか?」
「ええ、ハイリンヒ山の周りはどこもかしこもキノコで真っ赤に染まっていますよ‼ ということで人手が足りないので手伝ってください‼」
「え……」
毒キノコ狩りを手伝えと、ドウェインさんは今そうおっしゃいましたか?
嫌です。絶対嫌ですよ。キノコが関わっているときのドウェインさんはすっごく変人さんですし、食べたら口から火が出るようなキノコなんて恐ろしくて触りたくありません!
「異常だな」
わたくしがキノコ狩りのお手伝いの断り文句を考えていますと、グレアム様がぽつりとつぶやきました。
異常。そうです。口から火を吐くようなキノコを欲しがるなんて異常ですよドウェインさん。たくさん食べすぎると本当に命の危険があるかもしれませんからね! キノコ狩りはやめましょう。そうしましょう。
わたくしはグレアム様の隣でうんうんと大きく頷いたのですけど、どうやらグレアム様は炎のキノコをほしがるドウェインさんのことを「異常」と言ったのではないようでした。
「あまりに生え方が異常すぎる。いくら何でも多すぎるだろう。調べたほうがいいかもしれない」
……そっちですか。
言われてみれば、炎のキノコの増え方は早すぎる気がいたします。
ここに到着したばかりのころは、ドウェインさんが探し回ってやっと見つけられるくらい珍しいキノコだったですよ。
それが、昨日や一昨日は、少し歩くだけで発見できるような出現割合になり、今日はハイリンヒ山の周囲が「キノコ野原」になるほど生えている……。あまりにも急です。何か理由があるのかもしれません。
ハイリンヒ山の噴火と炎のキノコの関係があるのかどうかはわかりません。ですが、壁画に炎のキノコに似たものが描かれていましたから、まったく無関係とは言い切れないと思います。
「ロックとオルグは昼から村の周囲の見回りをしていたな。……まあ、護衛はドウェインがいれば充分か。俺も一緒だしな。ドウェイン、行くぞ」
「待ってください箱を準備しないと‼」
……ドウェインさん。この話の流れで、まだキノコ狩りを諦めていなかったんですか。
グレアム様がこめかみを押さえて、はあ、と息を吐きました。
「せめて袋にしてくれ。箱なんて抱えて森の中を歩きたくない」
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