祭壇の調査と炎のキノコ 2

 次の日、わたくしはちょっとだけお寝坊さんをして、グレアム様といつもより遅めの朝食を食べました。


 この後は、グレアム様とお散歩に行くのです。

 お散歩ついでに魔石も採取しますよ! グレアム様、魔石が大好きですからね! たくさん見つけたらとっても喜んでくださるはずです。


 ロックさんは部下の皆さんを連れて森の中を警備がてら散策されるそうですので、オルグさんと三人で向かいます。


「奥様、気を付けて行って来てくださいね」


 メロディに笑顔で見送られて、わたくしはグレアム様と手をつないで出発です。


「そういえばグレアム様、ちょっと思ったのですけど、噴火が起こったときに結界の魔術具で人や動物を守ることはできないんですか?」


 今日はお散歩が目的なので、わたくしはグレアム様に抱きかかえられておりません。

 わたくしの歩調に合わせてゆっくりゆっくり歩きながら、グレアム様がわたくしの質問に答えます。


「例えばここに結界を張って守ることは可能だ。だが、周囲が溶岩に飲まれている中でここに取り残されても困るだけだろう? 一時的な措置としては利用できるが、最終的にはどこかへ移住することになる。だが、取り残されたのが魔術が使える人間ならいいが、そうでなければ、あとから異動する方が大変だ。溶岩によってあたりはひどいことになるだろうからな、歩いて移動するのは無理だろう。だから、噴火の前に避難しておいた方がいいんだ」

「なるほど……」


 誰もが空を飛んで逃げることができるわけではないのです。確かに、あとから逃げる方が大変なのであれば、危険を見越して先に異動しておいた方がいいでしょう。

 結界の魔術具も、自然災害が相手では万能ではないのですね。


「ジョエルの見立てでは一月と少しだったな。ぎりぎりになるのは危険だから、俺たちもあと二、三週間しても対処方法が見つからなければ、逃げたほうがいい。ホークヤード国王にも連絡を入れないといけないしな」

「あと、二、三週間……」


 そんな短い間で、噴火を止める手立ては見つかるでしょうか。

 ハイリンヒ山にたまっている魔力を吸い出す方法があればいいのですけど、魔力のたまった溶岩ごと処理できるのは、火竜様だけでしょうし……。


「火竜様はどうしてお眠りになったのでしょう。火竜様がお眠りになった原因がわかれば、お目覚めになる方法もわかりませんかね」

「何故眠ったのか、か……。どうだろうな。うちの国には、水竜は国を守るために眠りについたと言われているが、真偽のほどはわからない」

「火竜様も、何かを守るためにお眠りになったのでしょうか?」

「どうだろうな。……少なくとも、水竜のようにその地に住まう人間を守ろうとしたのではない気がするが。魔物の数も減っていないようだしな」


 そうですね。クウィスロフト国は水竜様がお眠りになってその地を守っているから、魔物があまりいないのだと聞きます。ですがここは魔物が少ないわけではないようです。火竜様がもしこの地に住まう人々を守るためにお眠りになったのならば、クウィスロフト国のように魔物が少なくなっていてもおかしくないはず。

 第一、守ろうとしてお眠りになったこの場所が噴火の危機にさらされると言うのは本末転倒な気も致しますし……何か別の目的があったのでしょうか。


「火竜の一族の書物に何か書かれていませんかね」

「それをケントが探しているのだろう? 俺たちがでしゃばるわけにもいかないから、調査はあちらに任せておけばいい。一族のことは一族が一番詳しいはずだ」

「そう、ですね……」


 グレアム様のおっしゃることはわかります。ですが、刻一刻と危険が迫っているかもしれないこの状況で、ただ待つことしかできないのは歯がゆくもあります。何かしたいのに、何もできない。噴火を止めたいのに、今のところその手掛かりすらありません。


「アレクシア、そこ、足元に気をつけろ」


 グレアム様に注意されて、わたくしははっと足元を見ました。

 危なかったです。木の根っこがぴょんと飛び出していました。足をひっかけて転ぶところでしたね。……って、あれ?


「グレアム様、炎のキノコがあります」


 飛びだ出している木の根っこのそばに、ドウェインさんが最近探し求めている炎のキノコを発見しました。炎の形をした真っ赤な傘が、落ち葉に埋もれています。


「奥様、あっちにもありますよ」


 オルグさんが右横を指さして教えてくれました。本当です、あちらにも特徴的な赤い形が見えますよ。


「……結構あちこちにあるものですね」

「だが、昨日はあまり見なかった気がするがな……」


 グレアム様が考え込むように顎に手を当てました。

 確かにそうです。だって、このあたりは昨日も通ったのですよ。ハイリンヒ山に向かう方向ですからね。こんなに簡単に見つけられるならドウェインさんが大騒ぎをしていたはずですのに、何も言いませんでしたし。昨日のドウェインさんの収穫の中で炎のキノコは数個だった気がします。


「あれから生えてきたんでしょうか?」

「そうかもしれませんけど、それにしては成長が早くないですか?」


 オルグさんが傘の上の落ち葉をどけながら言います。確かに……。


「……すでに結構大きいですね。じゃあ、気が付かなかっただけでしょうか?」

「こんなに目立つキノコに気づかないわけないと思うがな」


 グレアム様が別の場所で三つ目の炎のキノコを発見しました。


 ……採って帰ってあげたらドウェインさん、すっごく喜ぶんでしょうけど、今日はキノコを採りに来たわけではありませんからスルーしましょう。ドウェインさんが書物を発見した後で、それとなくこのあたりにあったことをお伝えしてあげればいいですよね。そうしないと、ドウェインさんの頭がキノコに染まって調べ物が滞るかもしれませんから。


「それにしても、旦那様が一緒だと魔物に遭遇しなくていいですね。昨日の夜ロックに連れられて森の中の夜警に行っていたんですけど、昨日だけで三体の魔物に遭遇しましたよ」

「ロックとお前がいても出てきたと言うことは、そこそこ強い魔物だったのか?」


 魔物は魔力に敏感で、自分よりも強い魔力を感じ取ると近寄ってこないと聞きます。オルグさんもロックさんも魔力量の多い方ですので、弱い魔物は恐れて近づいてこないそうなのです。ですので、オルグさんやロックさんが歩き回るだけでも魔物除けになるのですけど、この森のあちこちから強い魔力を感じますから、オルグさんやロックさんの魔力に恐れないほどの魔物も生息しているのでしょう。


「倒せない魔物ではなかったですけど、まあ、ロックはともかくその部下は手こずりそうな強さでしたね。警戒したロックが、部下たちに単独行動を禁止していましたよ」

「それがいいだろうな。まあ、鳥の獣人は俊敏だからな。勝てない魔物に遭遇しても逃げることはできるだろうが、用心するに越したことはない」

「こうして他国に入ると、つくづくクウィスロフトの住みやすさを実感しますね。まあ、旦那様は魔石が少なくて不満なんでしょうけど」


 クウィスロフトでは魔物の被害を耳にすることはあまりありませんが、他国ではそうはいきません。だからこそ強い魔力を持った人を重用しているのです。ホークヤード国は、村や町には必ず魔術師を配置していると聞きますし、とりわけて強い魔物が生息している国なのかもしれませんね。


 ……これだけたくさんの魔物が生息している中にあって、デネーケ村は魔物の被害がなさそうなのですが、それはジョエル君たちがいるからかもしれませんね。魔術師さんもいらっしゃるのでしょうけど、ジョエル君や、昨日ご挨拶したケントさんは強い魔力を持っていらっしゃいますし。魔物も恐れて近づかないのでしょう。


 強い魔力と言えばドウェインさんもですね。だからあの方は強い魔物が多い森の中で安全にキノコ狩りができるのです。


「あ、火の魔力を感じます。魔石だと思います」

「……奥様の魔石探査能力は日に日に精度が上がりますね」


 わたくしが指さした先を確認しに行ったオルグさんが、拳大の火の魔石を持って、苦笑しながら戻ってきました。


「大きいな」


 楕円形の魔石を受け取って、グレアム様が嬉しそうに笑います。


「ここは火の魔石が多そうだ」

「はい。あちこちから魔力を感じますけど、火の属性が一番強いみたいです」


 コードウェルは寒い地域なので、火の魔石は何かと重宝します。グレアム様がお湯を沸かす魔術具を作ったり、火がなくても部屋を暖めてくれる魔術具を研究していたりしますからね。いくらあってもいいのです。


「火を起こさなくても調理ができる魔術具などがあれば、キッチンでは大活躍しそうですね」


 魔石を見つめながらなんとなく思ったことを口にしますと、グレアム様がぽんと手を叩いた。


「アレクシア、名案だ。帰ったら研究しよう」

「旦那様。帰ったらってコードウェルに帰ったらってことですよね? ここではそんな暇ありませんからね」

「…………わかっている」


 あ、グレアム様、デネーケ村に帰ったらって意味でおっしゃったんですね。ちょっと残念そうなお顔ですよ。

 そのあとも、わたくしたちはのんびりとお散歩を楽しみながら、魔石をいくつか回収して、お昼前にデネーケ村に戻りました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る