火竜の眠る山 5

 ハイリンヒ山の上のあたりを調べに行かれたグレアム様とロックさんが戻ってきて、わたくしたちはデネーケ村に帰ることにしました。


 グレアム様によると、特に収穫らしいものは何もなかったそうです。

 まあ、今日すぐに対策がわかるようなら、ジョエル君が気づかないはずありませんものね。時間は限られていますが、気長に探っていくしかないのでしょう。


 グレアム様はさっそく村長のベノルトさんのお家に向かって、ジョエル君に祭壇の魔石についてご相談することにしたようです。

 わたくしとロックさんもお供します。


 オルグさんとドウェインさんは一足先にお借りしているお家に帰りました。

 オルグさんは収穫して帰った芳香茸を干して乾燥キノコを作るそうです。全部食べるか、半分だけ食べて残りを売るかで、迷っているそうです。


「祭壇の奥の魔石?」


 ダイニングにジョエル君とベノルトさんも集まり、グレアム様が祭壇の奥で見つけた魔石について説明しますと、ジョエル君が眉を寄せました。


「そんなものがあったのか? 私は知らないが……ベノルトは知っているか?」

「あの祭壇には村のものは誰も近づきませんから、私も知りませんね……」


 あの洞窟は火竜の一族のものなので、デネーケ村の人たちはむやみに近寄らないそうです。火竜の一族も、祭壇には参るけれど、祭壇の扉は開かないので、ジョエル君は見たことがないとおっしゃっています。


「ドウェインは何と?」

「ドウェインさんはキノコを焼いて食べていたので聞いていません」

「…………そうか。ちょっと待て」


 ジョエル君は疲れた顔でため息を吐いてから、何やら風の魔術を使用しました。グレアム様によると、離れたところにいる人を呼ぶ魔術だそうです。

 しばらくして、赤い髪に茶色の瞳をした二十代半ばほどの男性の方がやってこられました。


「ケントだ。私の側近の一人でもある」


 ジョエル君の側近と聞くとどうしてもドウェインさんを思い浮かべて警戒してしまいます。この方は変わった趣味や嗜好をお持ちの方ではないですよね……?

 ちょっぴり不安になりながらわたくしが挨拶をしますと、ケントさんはにこりと微笑んでから優雅に腰を折りました。


「はじめまして、姫。その節は、ドウェインがご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません」

「警戒しなくてもケントは普通だ」

「王、その紹介はちょっと……」


 普通の一言で片づけられたケントさんが複雑そうな顔になりましたが、いえ、ケントさん、その「普通」が一番大事なことなので全然いいのですよ!

 グレアム様もロックさんも、とっても安堵したお顔をなさっています。ドウェインさん二号が現れなくて本当に良かった……!


「それで、ご用はなんですか?」


 ケントさんはジョエル君の指示で火竜様がお目覚めになる方法を調べていたそうです。一族に残る古い文献をずっと読み漁っているのだとか。それはお疲れ様です。よく見れば目の下には濃い隈がありますから、睡眠時間も削っていらっしゃるのかもしれません。


「祭壇の奥に魔石があるらしい。知っているか?」

「魔石……? いえ、知りませんが、どのような?」

「巨大な火の魔石だそうだ」


 ジョエル君が答えると、グレアム様が頷いて説明を引き継ぎました。


「卵のような形をしていた。直径は一メートルほどだろうか。祭壇の入り口よりもはるかに大きいから、取り出すには祭壇を破壊する必要があるんだが」


 グレアム様、今は取り出す相談をしているのではないですよ。

 ジョエル君が「なぜ取り出す話になった?」と不可解そうな顔をしてから、ケントさんに視線を向けました。


「なにか記録に残ってないか?」

「どうでしょうか……。少なくとも私は知りませんが……ドウェインはなんと?」

「呑気に一人キノコを焼いていたから聞いていないそうだ」

「……相変わらずのようですね」


 ケントさんがやれやれと肩をすくめました。


「あんなのでも、ドウェインは優秀なんです。彼に訊くのが一番かもしれませんが、ドウェインでもわからないとなると、一族では誰もわからないと思います」


 ドウェインさん、本当に本当に優秀なんですね。ジョエル君もだからドウェインさんをそばに置いていたのでしょう。たとえドウェインさんがキノコに見境のないキノコオタクさんでも、背に腹は代えられないと言うやつでしょうか。

 ロックさんが「ドウェインを呼んできます」と言って出ていきました。


 ……ドウェインさんのことですから、今頃、収穫してきたキノコをルンルンと調理して食べている頃だと思うんですよ。あの方、キノコを生のまま丸かじりするようなワイルドさもありますが、調理できる環境があれば、そのキノコをどのようにして食べるのが一番おいしいのかを探求したりもするんです。ただし、ほとんど毒キノコばかりですけどね。稀に毒のないキノコでも、ドウェインさんのお口に合うものがあるらしいのですけど、今のところわたくしは毒キノコ以外のキノコを食べているドウェインさんを見たことがありません。


 ドウェインさんを待っている間、ベノルトさんの奥様がお茶のお代わりを入れてくださいましたので頂戴することにしました。

 昨日いただいた火の鳥クッキーもそうでしたが、ここは料理にスパイスを使う文化があるようです。新しく入れていただいたお茶は、シナモンやカルダモンなどのスパイスと、それから蜂蜜の味がしました。少しピリッとして、でも蜂蜜のこっくりとした甘さもあって、美味しいです。奥様はお好みでミルクを入れてお飲みくださいとおっしゃって、ミルクの入った小さな瓶もご用意してくださいましたので、半分ほど飲んだ後でミルクを入れてみます。ミルクティーも美味しいです。


 ……ベノルトさんの奥様に作り方を教えてくださいとお願いしたら、教えてくださるでしょうか。グレアム様もお気に召したようですので、コードウェルに帰ったら作って差し上げたいです。コードウェルは寒い地域ですから、スパイスの効いたお茶は体が温まっていいと思いますし。


 ゆっくりお茶を堪能し終わったころに、ロックさんがドウェインさんを連れて戻ってきました。

 案の定、ドウェインさんはキノコを堪能中だったそうです。何故か手に炎のキノコを握り締めています。


「……なんでキノコを持ってくる」


 ジョエル君もわたくしを同じ感想を抱いたようです。


「王にお見せしようと思いまして」

「……食えと言われないだけまだましか…………」


 ジョエル君のドウェインさんの許容ハードルが低いです。いったい過去に何があったのでしょう。ジョエル君はどうでもよさそうな顔をして、ケントさんに視線を向けました。

 ケントさんが頷いて、ロックさんとドウェインさんに座るように言います。


「ドウェイン、そのキノコは、誰もとりませんから握り締めていなくて大丈夫です。というか気が散るので、できればさっさと胃に押し込んでくださいませんか」


 ……ケ、ケントさん、今食べろと言いました⁉


 ギョッとしていると、ドウェインさんが嬉しそうな顔で「ケントはよくわかっています」とかなんとか言いながら炎のキノコにかぶりつきました。

 グレアム様が嫌な顔をしています。


 ……こ、このキノコは、食べても体が熱くなって、そして辛いだけらしいので、わたくしたちには被害はないはずです。そうですよね?


 ドウェインさんはにこにこ笑いながらはふはふと息を吐き出してキノコを食べています。


「というか、その変なキノコは一体何なんだ」

「わ、わはりまへん」


 口の中が熱いのか辛いのかわかりませんが、ドウェインさんの呂律が回っていません。でもたぶん「わかりません」と言いたいのだと思います。


「正体のわからんものを、よく口に入れられるな」


 わたくしもそう思います。

 ドウェインさんはぺろりとキノコを平らげて、ごくごくとお茶を飲みますと、「ぷはー」と満足そうに息を吐きました。……ってうん?


「ちょっと待てドウェイン」


 グレアム様がいち早く反応しました。

 ジョエル君も目を丸くして、ベノルトさんは息を呑んでいます。ケントさんも目をぱちぱちとさせていましたが、ロックさんはそれほど驚いていませんでした。もしかして今の光景を見たことがあるのかもしれません。


 ……だって普通はびっくりしますよ。ドウェインさんが「ぷはー」って息を吐いた瞬間、ぼっと口から炎が出たんですよ?


「何故口から火が出た」


 わたくしたちが驚いているのに、ドウェインさんはきょとんとしています。


「このキノコを食べるとしばらくこうなるんです。面白いでしょう? ほら、ふーっ」

「やめろ火事になる!」


 ジョエル君が慌ててドウェインさんを止めました。

 本当に、家の中で火を吹くなんて何を考えていらっしゃるんですかドウェインさん!

 といいますか、ドウェインさん。その炎のキノコは体が熱くなって辛いだけじゃなかったんですか? 体が熱くなるとか、味が辛いとかよりも、口から炎が出る方が問題ではありません? どうして教えてくれなかったんですか。


「ロック、知っていたのか」

「さっき、家で同じことをしていてメロディが激怒していましたから……」


 ドウェインさん、本当に何をしているんですか‼


「ドウェイン、さっさと解毒しろ」


 グレアム様も怖い顔でドウェインさんを睨みます。

 でもドウェインさんはどこ吹く風です。

 仕方ありません。ここは伝家の宝刀ならぬ、この名言の出番ですね!


「ドウェインさん、早く解毒しないとメロディにお願いして今日採って帰ったキノコは灰にしてもらいますからね!」

「あんまりですよ姫‼」

「じゃあ危険極まりないので早くその毒は解毒してください。そして、せめて炎を吐いて遊ぶのは外でしてください。小さな子供も、お家の中で走ったら怒られるでしょう? それと同じです!」

「……同じじゃないと思うぞアレクシア」


 グレアム様が苦笑いを浮かべて、ドウェインさんに最後通牒を突きつけました。


「あと五秒以内に解毒しろ。さもなければ、メロディに連絡を入れて本当に灰にさせるぞ。あいつはお前のキノコを忌々しく思っていたからな、嬉々として一つ残らず真っ白な灰にするだろう」


 ドウェインさんは不満そうに口をとがらせましたが、あきらめて炎のキノコの毒を解毒してくださいました。

 食べろと言ったケントさんが少々バツの悪い顔をしています。


 ……誰も口から火が出るなんて思いませんからね、そんなに気に病まなくても大丈夫ですよケントさん。


「それで、話って何ですか?」


 ドウェインさんがベノルトさんの奥様が用意してくださったお茶を飲んで、まったく悪びれない顔で訊ねました。

 ジョエル君はすっかり疲れた様子です。

 ジョエル君はまだ十一歳なのに、ずっとドウェインさんがそばにいたせいか、妙に大人びているんですよ。きっと毎日とても大変だったのでしょうね。可愛そうに……。それはドウェインさんを追い出したくもなると言うものです。


「ハイリンヒ山の祭壇の中に巨大な火の魔石があったらしい。知っているか?」

「知りませんねー」


 ドウェインさん、軽いです。もっと真剣に考えてください。


「大きさは直径一メートルほどもあるそうだ。祭壇の扉からは取り出せないらしい」

「それはすごいですね。でも本当に知りませんよー。だってあの祭壇の扉、開きませんでしたし。だから見たこともありません」

「開かなかった?」


 グレアム様が眉を寄せました。

 わたくしも気になります。だって、あの祭壇の扉に鍵などかかっていませんでしたし……簡単に開きましたよ?


「ドウェイン、詳しく話せ」

「詳しくと言われましてもね……、開かないから開けたことがないとしかお答えできません」

「ドウェイン、少し待ってください」


 ケントさんがこめかみを押さえて、ドウェインさんを見ました。


「開かなかったと言うことは、あの祭壇を開けようとしたということでいいんですよね?」

「ありますよ。ずっと締め切られているから、中にキノコが生えていないかと思って……十年くらいまでですかね? 開けようとしましたが開きませんでした」

「そんな理由で火竜様を祀る祭壇を暴こうとしたんですか⁉」

「失礼な。そんな理由とはなんですか。祭壇がキノコに浸食されていたら火竜様がお可哀想だと思って、開けようと思ったんです」


 これは嘘です。絶対嘘です。ドウェインさんのことですから、キノコを求めて開けようとしたに違いありません。と言いますか、祭壇にキノコなんて生えていませんでしたよ。どうして生えると思ったんですか。


「ドウェイン、普通は祭壇の中にはキノコなんて生えない」


 グレアム様もケントさんと同じようにこめかみを押さえました。

 ですが、ドウェインさんは首をひねっています。


「あの奥には巨大な空洞があるらしいので、生えていると思ったんですけどね」

「待て!」


 グレアム様が何気なく重要そうなことを言ったドウェインさんを止めました。


 ……あの祭壇の奥が空洞になっているんですか? でも、今日見た限り、巨大な火の魔石で埋まっていて、奥は見えませんでしたよ?


「知っていることを全部話せ」

「全部と言われても……」


 ドウェインさんはうーんと首を傾げています。


「大したことは知らないですよ。扉が開かなくて、中が空洞らしいと言うのを書物で読んだことがあるだけで」

「ドウェイン。どうして祭壇の扉が開かなかったんですか? 当時は鍵でもかかっていたんでしょうか?」


 ドウェインさんに任せておいては埒が明かないと判断したケントさんが、一つ一つドウェインさんから答えを引き出す方法をとることにしたみたいです。

 ドウェインさん、自分の物差しで重要かそうでないかを判断しちゃいますからね……。必要な情報を引き出すだけで一苦労なのです。


「鍵ではなく魔術がかかっていましたね。封印の魔術が」

「私はそんなことは知りませんが?」

「触れないとわからないように、隠されていましたからね。ケントは祭壇に触れないから知らなかったんじゃないですか? 先代の王は、たまに扉をお掃除されていたから知っていたと思いますけど」

「……先代の王が知っていて誰にも教えなかったということは、秘密にされていたということじゃないですか? これは重要な問題ですよ。王はご存じでした?」

「いや……。だが、祭壇は、五年に一度、王が掃除をすることになっていた。その時に気づくだろうから、わざと秘密にしていたということか? だが、開いたのだろう? つまりその魔術はもう切れているということじゃないのか。だが、なぜ……。ドウェイン、どんな魔術だった?」

「全属性の封印の魔術ですよ。あれは私でも使うのが難しいですから、昔の王がかけた魔術じゃないですかねー?」

「全属性の封印の魔術か……。確かにあれは難易度が高い魔術だな」


 グレアム様はご存じのようです。顎に手を当てて考えています。


「グレアム様はその封印の魔術はお使いになれるんですか?」

「使えるには使えるが、王都の城の宝物子ですら全属性の封印の魔術は使わないぞ。封印の魔術なら風の魔術だけで充分な効果があるからな」

「……つまり全属性の封印を魔術を使ったと言うことは、それだけ開けられたくない扉だったと言うことだ。まったくお前は、どうしてそういう大事なことを言わないんだ!」


 ジョエル君がじろりとドウェインさんを睨みます。


「そんなに重要ですか? 王もケントも、触ればわかったと思いますよ」

「ドウェイン、あの祭壇は、普通はむやみに触りませんよ。少なくともキノコを探そうとして触れるのはドウェイン、あなただけです。あの祭壇は、我ら一族の宝なんですから」


 ……あの、ドウェインさん。そんなに大切な祭壇なら、どうして事前に教えてくださらなかったのでしょうか。わたくしたち、遠慮なく開けちゃいましたよ。


「ケント、こいつに説教したところで無駄だ。この森にあるキノコをすべて燃やし尽くすと言って脅さない限り、こいつは反省しない」

「森のキノコを探して燃やし尽くすなんて面倒なこと、したくありませんよ……」

「だろう。だからあきらめろ。ひとまず、祭壇に全属性の封印の魔術がかかっていたこと、そしてその魔術が解除されていたことが分かっただけでも収穫だ。ドウェイン、その奥の空洞について記されている書物はどこにある」

「一族の書物の中のどこかにあると思いますよ。暇つぶしに読んでいた中で見つけたので、どれだったかは……」

「ケント、ドウェインを連れて行って書物を探せ」

「え? 嫌ですよ! 私は今からキノコを調理するんですからっ! それに王! 今の主は王ではなく姫ですからね、王の命令は聞きません」

「では、ドウェインさん。わたくしがお願いします。ケントさんと一緒に書物を探してきてください」

「姫⁉」

「アレクシアの言うことならきくんだろう? ほら、行ってこい」


 グレアム様が薄く笑って手を振りました。

 ドウェインさんがショックを受けた顔で固まっています。


 ……うーん。ここは少し飴要素が必要でしょうか?


「ドウェインさん。書物を探してきてくれたら、好きなだけキノコ料理をしてくれて構いませんから。わたくしたちは食べませんが、ドウェインさんがどれだけキノコを食べようとも止めません」


 ……まあ、普段も言うほど禁止してはいませんけどね。こちらに被害が出なければ、グレアム様もある程度は黙認していますから。


 けれど、ドウェインさんはキノコが絡むととても現金な方なので、わたくしの発言にころっとご機嫌になりました。


「わかりました。ケント! ほら、行きますよ‼」


 引きずられていくケントさんが可愛そうではありますが、この様子ですと、書物はすぐに見つかりそうですね。あの方、キノコ以外はとても優秀ですから。




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