火竜の眠る山 4
残り一時間ほど歩いて、わたくしたちはハイリンヒ山に到着いたしました。
山が高すぎて、頂上は見えません。
というか、森の延長のように見えて、どこがどうなっているのかもわかりませんでした。なんとなく斜面になっているので、この斜面を登っていけば頂上にたどり着くのだろうなと言うことくらいしかわかりません。
「登山道は見当たりませんね。もしかして反対側にあるのでしょうか?」
「姫、この山に登山道はありませんよ。神聖な山ですからね。頂上までは上ってはいけないのです。ああ、ただ、右回りに少し行った先に洞窟がありますよ」
ドウェインさんが教えてくださいます。そして、期待に満ちた目をわたくしに向けてきました。わたくしが「休憩行っていいですよ」という一言を発するのを待っているようです。
正直言って、ドウェインさんにはもう少しハイリンヒ山の解説をしてほしかったんですが、これ以上我慢させると爆発して面倒なことになりそうなので、わたくしはドウェインさんに休憩という名のキノコ狩りを楽しんできていいですよとお伝えしました。
さきほどの休憩時間では炎のキノコは発見できなかったらしいドウェインさんが、張り切って森の中を歩いていきます。
……自作のキノコの歌まで歌いだしましたよ。歌詞は「キノコ」しかありませんけど。
グレアム様もドウェインさんのこれ以上の協力は端から期待していなかった模様です。洞窟があると言うことが聞けただけでもよしとしようと、さっそくドウェインさんが教えてくださった洞窟へ向かいました。
洞窟は、昔に人工的に作られたものなのでしょうか。それとも自然にできたものを整えたのでしょうか。
洞窟の入り口の岩には、竜の姿が掘ってありました。風化しているので完全な姿ではありませんが、竜であったのがわかるくらいには原型をとどめています。
そして、入り口をすこしはいったところには、火の消えた松明が一本ずつ左右に挿してありました。少し行った先にももう二本あります。
グレアム様は火の魔術で松明に炎をともしました。
洞窟はずっと奥まで続いていきます。
松明は奥の壁にもありましたが、表の二本以外にはグレアム様は火をともさず、代わりに光魔術を使って灯りをともしました。
「少し湿っているから滑るかもしれない。足元に気をつけろ。……アレクシア、ここも抱えていこうか?」
「いえ、大丈夫です。歩きます」
滑りやすくなっているのにわたくしを抱きかかえていたら、グレアム様が歩きにくいでしょうから。
わたくしが足元を確認しながらゆっくりと歩いていると、グレアム様が手を握ってくださいました。
洞窟は、奥に向かって広くなっていきます。
……やっぱり、自然のものではなく人工物かもしれません。だって、洞窟の壁は綺麗に整えられていますし、洞窟自体もすごく大きいですから。
「魔術で削ってあるようですね」
ロックさんが洞窟の壁を確かめながらおっしゃいます。
「ああ、それだけではなく補強もされているようだ」
グレアム様が答えました。
「鉱山の名残というわけでもなさそうですよね」
これはオルグさん。
「ハイリンヒ山は神聖な山だと言っていたからな。よその人間ならともかく、デネーケ村の人間が金や鉱石を採るために掘ったとは考えにく……ああ、やはり違うみたいだ」
グレアム様が前方を指さしました。
急に大きく開けた場所が見えてきて、さらにその奥には祭壇のようなものが置かれてあります。
さらに、壁画でしょうか、ぐるりと一周、壁に絵が描かれていました。
「火竜の一族が作ったんだろう。だからドウェインが知っていたんだ。ほら見ろ、竜の絵が描かれている」
入口の岩にも竜が掘られていましたし、グレアム様の推測通りだと思います。
「ずいぶん古い絵のようですね」
祭壇の近くの壁画は、竜と女性の絵が描かれていました。もしかしなくとも、火竜の一族を興した女性と火竜の絵かもしれません。
ほかには、噴火した火山と口を開けた竜の絵や、空を飛ぶ竜の絵。
「あれは卵でしょうか?」
壁画の中に、大きな卵のようなものもありました。竜の卵かもしれません。あ、でも、竜って卵から孵るんでしょうか? 誰もその生態を知らないので、よくわかりません。
「旦那様、奥様、この下の方に描かれている変な形の物体は、ドウェインが炎のキノコと呼んでいるものに似ていませんか?」
オルグさんが壁画の下の方を覗き込みながら言いました。
どれどれ、とわたくしも下を覗き込みますと、確かに、ドウェインさんが嬉しそうにしていた炎のキノコの形にそっくりです。
……ん? ということは、炎のキノコは昔からここにあったんじゃないですか? ドウェインさんは最近生えているのを見つけたとおっしゃっていましたけど、ドウェインさんは気づいていなかっただけで、ずっとあったのでは?
しかしこれを言うとドウェインさんがショックを受けそうなので内緒にしておきましょう。嬉しそうなところに水を差す形になってしまいますし。
わたくしたちが炎のキノコの壁画に夢中になっている間に、グレアム様は祭壇を開けて中を確認していらっしゃいましたが、突如息を呑んで、祭壇の扉を大きく開きました。
「見ろ、何か灯ったら、とんでもなく大きな魔石だ」
わたくしたちが祭壇へ向かいますと、祭壇の中には大人の男性でも欠けられないほどの巨大な魔石がありました。火の魔石のようです。魔力はこもっておりません。
……あの、グレアム様。今、ごくりと唾を飲む音がしましたけど、もしかしなくてもこれが欲しいとか思っていらっしゃったり……するみたいですね、はい。
さすがに祭壇の中に祀られている魔石を盗んではダメですよ。ほしいと思っただけで実行には起こさないと思いますが、グレアム様は魔石を前にするとたまに、キノコに夢中になっているドウェインさんのような顔をするときがありますので注意が必要です。
「いったい何の魔物の魔石なんだ、これは……。見たことがない大きさだぞ」
グレアム様、すっかり魔石に夢中になっています。
取り出したくてうずうずしているみたいですが、祭壇の扉を全開にしても、奥にある魔石の方が大きいので取り出せません。本当に大きいのですよ。卵型をしていて、直径一メートルくらいはありそうです。
……うん? 卵型?
わたくしはぐるんと先ほど見ていた壁画へ視線を戻しました。
……もしかしなくとも、あの壁画の卵のようなものはこれのことでしょうか。なんだ。竜の卵じゃなかったんですね。
「……取り出そうと思ったら祭壇を破壊する必要があるな」
ちょっとお待ちくださいグレアム様。今不穏な言葉が聞こえましたよ。
ロックさんもオルグさんもギョッとして、グレアム様を止めに入りました。
「さ、さすがにこれを破壊すると、火竜の一族が黙っていないと思われますので」
「それに祀ってあると言うことは、これはご神体かもしれませんからね。旦那様、ここは我慢しましょう」
ロックさんもオルグさんも、魔石を前にした時のグレアム様ならやりかねないと危惧しているようでした。
わたくしも慌ててグレアム様の手を取ります。
「グレアム様、どうしてもというのならば帰ってジョエル君に訊いてみましょう。さすがにジョエル君の許可が必要だと思うのです」
訊いたところで許可してくださらないと思いますが、いつまでもグレアム様の視界にこの魔石を入れておくと危険です。いったん、この魔石からグレアム様を離さなくては。
「旦那様、今日はハイリンヒ山の噴火を止める手立てがないか探りに来たのですから、これはひとまず置いておいて、ほかを見に行きませんか。洞窟には壁画と祭壇しかありませんから」
ロックさんがグレアム様の視界から祭壇を隠すように手を広げて立ちました。
グレアム様が残念そうに息を吐き、頷きます。
「そうだな。他も調べてみなければなるまい」
すっごく後ろ髪を引かれていそうですが、グレアム様が渋々洞窟の入り口に向かって歩き出しました。
……ひとまず、「ホッ」です。グレアム様のことだから、ここを出たところで魔石の存在を忘れることはないでしょうが、この場で祭壇を破壊される危機は去りました。
洞窟を出ると、グレアム様がロックさんを伴って魔術で上に飛んでいきました。
わたくしとオルグさんは下でお留守番です。
姿が見えなくなるほどお二人が上空まで飛んで行ったとき、炎のキノコを握り締めたドウェインさんが戻ってきました。
「見てください姫! 大収穫ですよ‼」
ドウェインさんは、持ってきていた麻袋いっぱいにキノコを収穫した模様です。入りきらなくなったので満足して戻ってきたのでしょう。
一瞬、ドウェインさんに祭壇の奥の魔石について聞こうかと思いましたが、目の前で火を起こしてキノコを焼き始めたので止めました。
……やっぱり、常識人のジョエル君に聞くことにします、はい。
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