火竜の眠る山 1
コルボーンに一泊して、次の日。
わたくしたちは、エイブラム殿下とお別れして、ホークヤード国へ向かって旅立ちました。
コルボーンでもっとキノコを探して回りたかったらしいドウェインさんは少々不満顔になりましたが、ホークヤード国でもどうせキノコを探すのでしょうと言えば途端にころっと機嫌がよくなりました。キノコが絡むと本当に単純な方です。
そんなドウェインさんは、ホークヤード国へ向かう鳥車の屋根の上にごろんと横になっています。
鳥車はそれほど振動はありませんが、上空を飛んでいるのでたまに突風も吹きます。そんな中よく平気でいられるものだなと感心しますが、ドウェインさんは魔術がお上手ですので、風の魔術でうまく調整しているのかもしれません。
「ハイリンヒ山を調査する間、デネーケ村に滞在することになる。……せっかくの新婚旅行だったのに、リゾート地でなくて悪いな」
「いえ、大丈夫ですよ」
火山が噴火するかもしれない危機的状況ではありますが、わたくしは正直言えば、グレアム様と一緒であればどこだっていいのです。
「この件が片付いたら改めて旅行に行こう」
グレアム様が優しく頭を撫でてくださいます。
メロディやオルグさんの視線がありますから、今はあまりぺっとりくっつくことはできませんが、こうして頭を撫でられるだけでとても幸せな気持ちになって、ふにゃんと笑み崩れそうになってしまいます。
……どうしましょう。わたくし、日を追うごとにグレアム様が大好きになっています。すでにすごくすごく大好きなのに、いったいどれだけ大好きになるのでしょう。そのうち、少しも離れていられなくなるかもしれません。大変です。
「旦那様、デネーケ村とはどのようなところなんですか?」
鳥車の窓から下を見下ろして、メロディが訊ねました。雲の切れ目から、地上の位置を確認しているようです。
「ロックが調べたところ、人口千人ほどの村だそうだ。もともとは狩猟民族のようだな。深い山奥に村があるせいか、ほかの町や村とはあまり交流がない。とはいえ、前時代的な考え方を持っているわけでも、そのような生活をしているわけでもないから安心していい。また、獣人に対しても偏見はない村だ。嫌な思いをすることはないだろう」
グレアム様が「嫌な思いをすることはない」と断言したと言うことは、グレアム様の金色の瞳や、わたくしの金光彩の入った赤紫色の瞳にも、嫌悪感を抱かない方々ということでしょう。ちょっと安心しました。
「狩猟民族って、対象は魔物ですか?」
オルグさんが興味津々な顔をして訊ねてきました。
「ああ。魔物の毛皮を売って生計を立てていたようだな」
「ってことは、魔術師が多いってことですよね」
「そうなる」
魔物は命を落とすと、時間が経つにつれて粒子になって消えてしまうのです。ですので、毛皮が欲しければ消える前に魔術で保護をして、消えないようにしなければなりません。
「魔物の皮かー。いいっすね」
「クウィスロフトではあまり出回っていないからな」
クウィスロフトは魔物が少ない国ですからね。ですので、魔物の毛皮を使う文化はなくて、加工技術を持った職人さんもとても少ないのだそうです。魔術師が保護の魔術で皮を仕入れたとしても、加工できる方がいなければどうしようもないですからね。
「魔物の皮って、種類にも寄りますけど、防御力が高いんですよ。それにきちんと加工すれば傷まないし、虫もつかない。俺、ずっと昔から氷牙虎の毛皮のコートが欲しいんですけど手に入りますかね」
「氷牙虎はホークヤードにはほとんど生息していないだろう。さすがにないんじゃないか? だが、何かしらの毛皮はあるだろうから、時間があるときに見て回ればいい。気に入ったものがあれば、今回の出張費として買ってやる」
「マジですか! やった!」
「旦那様。オルグだけ甘やかすと、不満が出ますよ」
「もちろんオルグだけじゃない。全員、一人一つだが買ってやる。別に毛皮以外でも構わんぞ」
「そういうことならよしとしましょう」
あ、この顔は、メロディもほしかったんですね。満足そうに口端を上げて、大きく頷いています。
「アレクシアもだ。こんな状況だが、一応新婚旅行の予定だったんだからな。好きなものがあれば記念に買うといい」
お前は一つじゃなくていいとグレアム様がおっしゃいましたが、わたくしだけ特別扱いはダメなので、わたくしも、何か一つ記念に買っていただくことにしました。
……あと、お留守番をしている皆様にもお土産が必要ですね! 何にするかはグレアム様とご相談して決めましょう。
「あ、見えてきましたよ。あの山ですよね」
メロディが窓の外を指さしたので、わたくしも下を覗き込みました。
雲を突き抜けて、とても大きな山が見えます。
山の頂上は大きくくぼんでいて、白い煙が上がっていました。
その周囲に、真っ赤な翼の大きな鳥が、何十羽と飛び回っています。あれが火の鳥でしょうか。
……山からは強い魔力を感じます。火の魔力です。
「っ!」
思わず感嘆の息を吐いて見入ってしまったわたくしでしたが、突然、ドクンと大きく心臓が鳴って、思わず胸の上を押さえました。
「どうした?」
グレアム様が肩に触れて、わたくしの顔を覗き込みます。
「いえ、その……急に動悸が……」
動悸はすぐに収まりました。少し苦しかったですがそれも一瞬のことで、今は何ともありません。
……今のはなんだったのでしょう。
わたくしは虚弱体質ではありませんので、このような動悸が起こったことは過去に一度もないのです。
それに今、なんだか不思議な感じがしたのですよ。
懐かしいような、それでいて悲しいような、変な感じが。
あれはいったい、なんだったのでしょうか。
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