コルボーンの花嫁候補 6
次の日、わたくしたちを乗せた鳥車がコルボーンに向けて出発しました。
メロディは同行してくださいますが、マーシアはお留守番です。本当はマーシアも一緒に行く予定だったのですけど、こういう状況ですので、何かあったときにマーシアはコードウェルに残しておいた方がいいだろうとグレアム様が判断されました。
ちなみに、わたくしとグレアム様、エイブラム殿下、そしてメロディは同じ鳥車に乗っています。本当はメロディはエイブラム殿下にお借りした後続の鳥車に乗る予定だったのですけど、その……ドウェインさんが乗っていますから。キノコを持って鳥車に乗らないで下さいとお願いしたのですけど、あの方のことですから絶対ポケットとかに隠し持っていそうですし。メロディはすっかりドウェインさんが苦手になってしまったので、一緒に乗りたくないと、こちらの鳥車に移ったのです。
定員オーバーで、オルグさんはこちらの鳥車に乗れませんでしたから、ドウェインさんとご一緒しています。
……がんばってくださいオルグさん! 鳥車なので、コルボーンまでは数時間で到着しますからね!
わたくしはもう何度も鳥車に乗っていますから、離着陸のときのふわっと感にもだいぶ慣れました。もうグレアム様にぎゅっとしていただかなくても耐えることができます。ぎゅっとしていただくのはとても嬉しいですし安心しますが、わたくしも成長せねばなりませんからね!
コルボーンには一泊する予定です。
その後はエイブラム殿下と別れて、わたくしたちはホークヤード国へ向かいます。
コードウェルが保有している鳥車は一台だけですので、ホークヤード国へ向かうときには、わたくしとグレアム様、オルグさんとメロディで定員になってしまいますが、ドウェインさんは空を飛んでいくからいいとおっしゃいました。鷹の姿になって飛んでいるロックさんにしっかり監視してもらっておかなければいけませんね。だって、キノコを見つけてふらりといなくなるかもしれませんから。
コルボーンに到着すると、ブルーノさんが出迎えてくださいました。
後続の鳥車からは、疲れた顔のオルグさんと、反対に元気いっぱいのドウェインさんが降りてきます。……やけにご機嫌なので、きっとキノコを食べたんです。そうに違いありません。
……犠牲になったオルグさんには、あとで何か差し上げねば。何がお好きでしょうか。オルグさんはご飯が大好きですので、美味しいご飯を差し入れてあげればいいかもしれませんね。
「ブルーノ、悪いな。先触れにも書いた通り、今後のことで相談がある」
「承知しております。どうぞ」
ブルーノさんが領主の館に向かって歩き出します。
コルボーンの町は、すでに区画整理されて、立派な家がたくさん建っています。少し見ない間に、すっごく変わりました。もうテント生活をしている獣人の方々の姿は見えません。
ただ、領主の館は、いまだにグレアム様が作った邸をそのままお使いのようです。グレアム様が素敵なお邸をお作りになったからでしょう。ブルーノさんはこのお邸がとても気に入っている様子。よかったです!
グレアム様が建てたお邸の周りは、広めに石垣で囲まれてお庭が作られていました。どこからどう見ても立派な領主の館です。
領主の館の玄関をくぐりますと、茶色い髪に青い瞳の、線の細い女性が玄関ホールにいらっしゃいました。獣人ではなく人間のようです。はて、と首を傾げますと、女性は優しく微笑まれて、お手本のようなカーテシーをなさいました。
「グレアム殿下、奥方様、ようこそいらっしゃいました」
「デイヴィソン伯爵のところの娘か?」
グレアム様が訊ねますと、女性は顔を上げてはにかんだ顔で頷きます。
「クリステルと申します。デイヴィソンの長女です。その節は、父と兄が大変お世話になりました。ブルーノ様の婚約者候補でございます」
「婚約者候補? どういうことだ? まだ婚約していなかったのか?」
「あ、いや、それが……」
「あーっ、ずるいですお姉様‼」
ブルーノさんが居心地悪そうに視線を泳がせたとき、元気な声がして、階段の上からふわふわと波打つ金髪に青い瞳の、小柄な少女がかけ降りてきました。年のころは十五歳くらいでしょうか。軽やかな足取りは元気いっぱいです。
「殿下! はじめまして、わたくしフレデリカと申します! デイヴィソンの次女です。そしてブルーノ様の婚約者候補です‼」
「……ブルーノ?」
どういうことだ、とグレアム様がブルーノさんに視線を向けます。
わたくしも知りたいです。婚約者候補が二人とはいったい……。
「その……。言いにくいのですが、どうしてか二人に気に入られまして……、婚約者はまだ決まっておりません」
「ははーん? つまり女二人に取り合いされてるのか。いい身分だなおいー」
成り行きを眺めていらっしゃったエイブラム殿下がにやにや笑いでブルーノさんを揶揄いました。
つまり、デイヴィソン伯爵の姉妹は、ともにブルーノさんを好きになったと言うことですか。そして、姉妹で取り合っている、と。なかなか複雑なことになってしまっていますね。
ブルーノさんは赤茶色の髪に金に近い琥珀色の瞳の、とても背が高くてがっしりとした精悍な方で、一見怖そうに見えますがとってもお優しいのです。お二人が惹かれるのも頷けます。そして、お二人がわたくしの異母姉のように獣人の方に偏見を持たれていなくてよかったです。
二人に取り合われるという困った状況ですが、頬をかいているブルーノさんはまんざらでもなさそうですし、そのうちうまくまとまる気がします。
「クリステル、フレデリカ、俺たちは込み入った話をするんだ。悪いが……」
「わかりました! 応接間にご案内いたします!」
「それではわたくしはお茶の用意をいたしますね」
ブルーノさんが全部言い終わる前にフレデリカ様が元気よく答えて、クリステル様が一礼してキッチンの方へ向かいました。お二人とも、ここでの暮らしにすっかりなじんでいる様子です。
「フレデリカ……」
「大丈夫です。ご案内だけです。お邪魔はしませんよ」
心得ていますと笑うフレデリカ様にブルーノさんが苦笑を返しました。
応接間に通されると、宣言通りフレデリカ様は部屋を出ていきます。メロディが泊る部屋に荷物を片付けると言って、フレデリカ様について行きました。オルグさんもお話には参加されませんので、部屋の外で待機です。ドウェインさんは端からいらっしゃいませんでした。いつの間にかいなくなっていたので、キノコを探して彷徨っているのでしょう。困った方です。
一緒に来たロックさんたちは、コルボーンの町の中を確認して回るそうです。何事もないと思いますが、グレアム様とエイブラム殿下がいらっしゃいますからね、万が一ということがあったら大変です。安全確認のためにも、町の中を調べなければならないのです。
グレアム様が、応接間のローテーブルの上にホークヤード国の地図を広げました。
「噴火の可能性がある火山はここだ。ハイリンヒ山。標高五千二百十一メートル。周囲は森に囲まれていて、あまり人は近づかないところだそうだが、少し離れたところに住むデネーケ村の獣人はこの山を霊峰としてあがめているそうだ。火竜の一族は、現在このデネーケ村に滞在しているらしい」
この情報は、ロックさんが調べてきた情報とドウェインさんのお話とをまとめたものです。
人とは違う独自のものさしを持っているドウェインさんから情報を引き出すのはなかなか苦労しますが、あの方、自らを優秀と称するだけあって、いろんなことを知っているんですよ。ただ、ドウェインさんが「取るに足らない」と判断したことでもわたくしたちには重大な問題だったり、逆にドウェインさんにとって重要なことでもわたくしたちにとってはどうでもいいことだったりするので、欲しい情報を得るまでが大変なのですが。
「ドウェインによると、このハイリンヒ山に魔力がたまっているらしく、そろそろ噴火してもおかしくない状況だそうだ。どうやらこれは魔火山のようだな」
火竜様がハイリンヒ山の溶岩が好物だとドウェインさんが言ったことが気になったグレアム様が、改めてハイリンヒ山について訊ねたところ、ドウェインさんがこの山は「魔火山」と呼ばれる、世界でも珍しい火山であると教えてくれたのです。
魔火山とは、魔力がこもっている火山のことだそうです。
ハイリンヒ山の山頂付近には、火の鳥という魔物が生息しているのですが、その火の鳥は自分の死期を悟ると、溶岩の中で死ぬそうなのです。その火の鳥の魔力が溶岩に溶けだし蓄積されることで、山に魔力が蓄えられていくのだとか。
火竜様は、魔力のこもった溶岩だから好物にされていたみたいですね。
ドウェインさんによると、現在その魔力がぐんぐんたまっていて、ハイリンヒ山で抱えきれないくらいの量になっているのだとか。だから、近く、爆発のような大噴火を起こす可能性があるらしいです。
ドウェインさんはその魔力の増大と火山の動きを火竜様の目覚めの気配と思って期待したみたいですが、大噴火が起こるかもしれないのに嬉しそうにされても困ります。
「今のところ、この噴火を止める手立ては何もない。方法がないか探るつもりで入るが、最悪の事態を想定して動いた方がいいだろう。ブルーノには、噴火が起こった後でなだれ込んでくるだろう難民のうち、獣人の一時保護を頼みたい。その後、エイデン国に移ってもらうことになるが、人数によってはエイデン国にすぐに移すことができないかもしれないから、一部をしばらく面倒見てもらうことになるかもしれない。その時の食料などの物資については、国からの援助があるし、コードウェルからも回す予定だ」
「わかりました。もちろん異論はありません。ただ、火山灰はどうなりますか」
「流れてくるだろうな。しばらく上空を漂い、悪天候が続く可能性が高い。町に降り注ぐのは魔術で防げても、さすがに上空を漂う火山灰を消し去ることは不可能だからな……」
「そうですか……」
ブルーノさんは、火山灰が及ぼす影響を考えているのでしょう。顎に手を当てて、ぎゅっと眉を寄せました。
「農作物も影響が出ますよね。……町を作ったばかりで備蓄がほとんどないんですが、影響が長期間に及んでも、国からの援助は続くんでしょうか?」
「掛け合っておこう。エルマンと協力して準備を進めてくれ。おそらく公爵領の備蓄も解放してくれるはずだ」
クレヴァリー公爵領の新しい領主になられたエルマン様はコルボーン子爵領を治めるブルーノさんと仲良くやっているみたいです。
クリステル様かフレデリカ様がブルーノさんに嫁げば、エルマン様とは義理の兄弟になりますし、ぜひ、このまま仲良しでいてほしいですね。エルマン様は獣人への偏見がないので大丈夫だと思います。
「わかりました。……噴火を止められれば一番なのでしょうが、もしそうなっても、せっかく頂いた封土です。守って見せます」
ブルーノさんは、領主さまの顔で力強く頷かれました。
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