火竜の眠る山 2

 ハイリンヒ山が見えてから少しして、わたくしたちを乗せた鳥車はデネーケ村に降り立ちました。

 ここに滞在することは、ホークヤードの国王陛下を通して事前に通達がなされていますので、驚かれることはないはず……と思っていたのですが、鳥車から降り立ったわたくしたちを、村人の皆様が驚愕なさった顔で見つめてきます。


 ……通達、されていなかったのでしょうか?


 不思議に思っていますと、グレアム様が苦笑なさいました。


「鳥車が珍しいんだろう。エイデン国の王族は滅多にこちらに来ないからな。見たことがなくてもおかしくない」


 なるほど、鳥車の方でしたか!


 鳥車はエイデン国で作られていて、他国にはあまり出荷しておりません。グレアム様はエイブラム殿下と仲がいいですし、何かと交流がありますので特別に融通してもらったのですが、一台作るのもなかなか大変とのことですので、大量生産はできないのです。

 第一、鳥車があっても、それを引いてくださる鳥の獣人さんたちがいなければ使えませんからね。


 鳥車は魔術具の一種で、引いてくださる鳥の獣人さんたちには車の重さはほとんど伝わらないそうですが、それでも小鳥の獣人さんたちには少々扱いが難しいのです。なので、ロックさんのように鷹の獣人かさんか、同じくらい大きな鳥の獣人さんでないと引けないのですよ。

 そして、数人で鳥車を引くので、飛ぶ速さも揃えないといけません。そのため同じ種族の獣人さんで揃えたほうがいいのだそうです。


「ようこそいらっしゃいました」


 わたくしたち……と言いますか、鳥車を遠巻きに見ていた方々の中から、五十代ほどの男性の方が出てこられました。


 彼は村長のベノルトさんだそうです。

 わたくしたちは、ひとまずベノルトさんのお家に向かうことになりました。


 周囲を深い森に囲まれている村の中ですが、丁寧に開拓されたのでしょうね、村の中の道は平らで、木の根など一つも見当たりません。石畳も引かれているので、とても歩きやすいです。川も引かれていますし、風車も見えます。森の中にこんなに素敵な村を作るのは、すごく大変だったでしょうね。


 家々の屋根は赤い色が目立ちます。

 村の中央付近にはミモザの巨木があって、開花時期は終わったのでしょう、青々とした葉を茂らせていました。

 ミモザの根元にはベンチが置いてあり、お昼寝をしている方や、おしゃべりをしている方がいらっしゃいます。


 ミモザの巨木を通りすぎ、しばらく歩いていくと村長の家が見えてきました。

 蔦模様が描かれている白い壁に、赤い屋根の横に長いお家です。

 玄関扉は焦げ茶色で、ここにも蔦模様が掘られていました。

 家の周りに蔦薔薇の生け垣がありますが、門はありません。生け垣の蔦薔薇は、白い可愛らしい花を咲かせていました。


 ……この村、なんだかほっこりする感じがします。


 ロックさんたちは、こちらでも村の中の様子を探るために巡回されることになりまして、ドウェインさんは、村長宅に到着する前に「キノコ!」と叫んでどこかに走っていきました。

 ドウェインさんはびっくり箱のような方ですが、現在火竜の一族はこちらに滞在されているので、ベノルトさんはドウェインさんとも面識があるのかちっとも驚かれませんでした。「相変わらずですね」とあきれ顔を浮かべていたので、ドウェインさんはこちらでもドウェインさんのままだったのでしょう。


 村長宅の玄関をくぐりますと、そこには見覚えのある子がいました。肩までの金色の髪に、わたくしとよく似た金光彩の入った赤紫色の瞳。少し身長が伸びたでしょうか。でも、相変わらず可愛らしい顔立ちです。


「お久しぶりですね、ジョエル君!」


 火竜の一族が滞在されていると聞いていたので、お会いすることになるとは思っていましたが、想定以上に早かったです。


 聞けば、ジョエル君は村長宅に泊まっているとのことでした。なんと、ベノルトさんとジョエル君は――というより、火竜の一族は、遠い遠い親戚にあたるのだそうです。

 火竜の一族は数百年前にこの村から誕生したのだとか。火竜の一族を起こした方は、ベノルトさんのひいひいひいひいおじいさまの妹さんなんだとか。だからいまだにお付き合いがあるらしいです。


「私はここに滞在しているが、村の南に火竜の一族がここを訪れたときに使う家がある。大きい家を一つあけてあるからそこを使うといいだろう」


 再会のあいさつを終えると、ジョエル君がそうおっしゃいました。


「それは助かるが、いいのか?」


 グレアム様が不思議そうな顔をします。

 そうですね。ええっと、自分で言うのは少し恥ずかしいですが、ジョエル君は大人になったらわたくしを嫁にするつもりで、まだ完全にはあきらめていませんので、グレアム様とジョエル君は「ライバル」という関係なのだそうです。メロディが言っていました。


 ……わたくしはジョエル君が大人になっても、グレアム様の妻でいたいので、ジョエル君に嫁ぐつもりはありませんけどね。


「ドウェインを押し付けたからな。それに……私もハイリンヒ火山の問題をこのままにしておくことはできないと思っている」


 ジョエル君はさすが話がわかります。どこかの誰かさんと大違いです。


 ……世の中の理だから噴火が起こって人が死んでも仕方がないと言っていたドウェインさんに聞かせてあげたいです。十一歳のジョエル君をもっと見習ってください‼


 ベノルトさんに案内されて、わたくしたちはダイニングへ向かいました。ジョエル君も一緒です。そこで、今後についてお話しするのです。

 わたくしとグレアム様が席に着くと、メロディとオルグさんが背後に立ちます。


 ジョエル君はお一人です。ベノルトさんの隣に座りました。

 ベノルトさんの奥様でしょうか。五十歳前後の優しそうな女性がお茶とお茶菓子を運んできてくださいました。

 お菓子はクッキーでしたが、とっても可愛らしい見た目をしていました、鳥の形をしています。カラスに似ていますが少し違いますね。


「この村で昔から作られている火の鳥クッキーだ」


 わたくしがしげしげと見つめていたからでしょう、ジョエル君が教えてくださいました。


「火の鳥クッキーですか。この形が火の鳥?」

「まんまじゃないが、似ていないこともない」

「火の鳥をそっくり作るのは難しいですからね」


 ベノルトさんが小さく微笑んでクッキーを一枚手に取りました。


「スパイスが使われていますので、お口に合わなければ無理はなさらないでください」


 ベノルトさんはクッキーをかじって、先ほどよりも深く笑いました。ベノルトさんはこのクッキーがお好きみたいです。

 わたくしも食べてみましたが、シナモンと、あとは何でしょうか、複数のスパイスの味と香りがしました。ちょっと堅めのクッキーです。食べなれない味ですが美味しい。これは、コードウェルでお留守番してくださっている皆様へのお土産候補一ですね。

 グレアム様を見れば、グレアム様も一枚をぺろりと食べてしまいましたので、お気に召したのだと思います。


 お菓子を食べてお茶を飲んで一息つくと、グレアム様がさっそく本題に入りました。


「ドウェインからハイリンヒ山が噴火する可能性を聞いた。今の状況を教えてほしい」


 ベノルトさんがちらりとジョエル君を見ました。

 ジョエル君はティーカップに口をつけながら少し考えて、少し疲れたようなため息を吐きます。


「聞いてしまったのなら仕方がないな。キノコにしか興味のないドウェインが話したことが驚きだが……。どうせあいつのことだ、自然の理だからほっておけ位にしか言わなかったんじゃないか?」


 その通りですジョエル君。さすがです。


「ああ。だが、ドウェインがそう言っても放っておける問題ではないだろう。クウィスロフト国にも大きく関係することだ。逆に聞きたいが、噴火の可能性がわかっていて、何故国に連絡を入れなかった」

「私たち火竜の一族は国に属していない流浪の民だ。国に報告の義務はない。また、ドウェインの言っていることはあながち間違っているわけでもない。これはある種の自然災害だ。人に止める手立てはない。不用意に言って混乱させることもないだろう」

「それが本音か?」


 グレアム様が疑問に思うのも仕方がありません。だって、ドウェインさんはともかく、ジョエル君の発言にしては少々違和感があります。

 ジョエル君は肩をすくめました。


「……ハイリンヒ山が噴火を起こす原因には火の鳥がいる。火の鳥がハイリンヒ山を死に場所にしているからだ。国に報告し、もしそれが知られれば、火の鳥が討伐されるだろう。一匹残らずな。デネーケ村の住人は、昔からハイリンヒ山を霊峰、火の鳥を神の使いとして信仰してきた。火の鳥が討伐される未来がわかっていて、報告などできるはずがない。それに……火竜様の眠りが影響していないとも言い切れない。ハイリンヒ山の動きが火竜様のお目覚めの兆候であるなら、騒ぎ立てる必要はどこにもない。火竜様がお目覚めになれば、噴火を止めてくださるはずだからな」


 そういうことでしたか。

 ジョエル君は、火の鳥と、デネーケ村の人々の気持ちを考えて国に報告をしていなかったんですね。


「第一、噴火が確定しているわけではない。そのような兆候が見られるというだけだ。確定でないのに報告して、間違っていたらどうする? 無用に混乱させたとして、責められるのはこちらだ」

「それについては同意する」


 そうですね。グレアム様も、確かな情報が得られるまではホークヤード国に報告するのは控えておいた方がいいとおっしゃっていましたし。だから直接調べに来たのです。


「魔力の動きから察するに、おそらくだが噴火は間違いないだろうがな。私の見立てではこのままいけば一月と十日で噴火する」

「火竜が目覚める以外に防ぐ手立てはないのか?」

「少なくとも、私は知らない。ベノルトは?」

「この村に残る古い記録でも、ハイリンヒ山がお怒りになったときに火竜様がなだめてくださったという伝承しか……」


 お怒りというのが噴火のことを指しているのならば、そのときも火竜様が噴火を止めてくださったということでしょうね。


「噴火が起こった際、村の人間は火竜の一族が避難させる。だが、被害の規模は正直計り知れない。ドウェインはなんと?」

「国の半分は無事だろうとおっしゃっていたので、半分近く被害が出るのだろうと解釈しました」


 わたくしが答えると、ジョエル君は顎に手を当てました。


「あいつはキノコ馬鹿だが、この手の予測で外したことはないからな。ドウェインが言うのならそうなのだろう」

「地上の被害はそうだとしても、火山灰を含めると規模はさらに拡大するぞ」


 グレアム様が付け加えます。


「火山灰の被害までは天候や風向きもあるからな、予測しきれない。だが、このあたりの生態系には大きな影響が出るだろうな。しばらく人は住めなくなる」


 魔術で何とかするにも限度があります。そして、魔術師の数は限られるため、どうしても、王都に近いところから復興されることになり、このような森の中は後回しにされることでしょう。もっといえば、グレアム様が予想した通りにワーシャルドール国と戦争になったら、復興どころではありません。


「だから私たちは、何とかして火竜様を目覚めさせられないかを調べているんだ。今のところ、何の手掛かりもないがな」

「わかった。では、俺たちは俺たちで、ハイリンヒ山の方を調べることにしよう」


 火竜様のことは、火竜の一族であるジョエル君たちの方が詳しいですからね。

 何かわかれば情報共有すると言うことになって、わたくしたちは、ジョエル君が用意してくださったお家に向かいました。


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