コルボーンの花嫁候補 4

「え、いやですよ。私も行きます」


 ひとまずダイニングからエメラルドブルーのキノコともどもドウェインさんを追い出して(だって目の前で食べようとしましたから!)、改めて午後、わたくしはグレアム様とともにドウェインさんとに説明することにいたしました。

 ちなみにエメラルドブルーのキノコはやっぱり毒キノコで、食べた直後、酩酊したときのように方向感覚がなくなって、ドウェインさんはその場でずっとくるくると回り続けたそうです。「面白かったです」とおっしゃっていました。そう言えるドウェインさんは本当に変わっています。


 エメラルドブルーのキノコを勧められましたが丁重にお断りして新婚旅行に行く旨を伝え、なおかつできればおとなしく過ごしていてほしいとお願いいたしましたところ、ドウェインさんは「いやです」と即答しました。


「ホークヤード国に行くのでしょう? あそこはキノコが豊富なんです。しかもコルボーンは、まだキノコ探しをしていない場所なんですよ。前回はなんでしたっけ、コリーン?」

「ダリーンだ」

「そうそう。そんな名前のうるさいのがいまして、何のために姿を消していると思っているのか、私がキノコを採るとキーキー猿みたいに喚くんですよ。ですから優秀な私は泣く泣く任務を優先してキノコ探しを諦めたんです」


 ……お姉様、この方にキノコ探しを諦めさせることができたんですか。すごいです……。


 ちなみに、優秀だから任務を優先したとおっしゃいましたけど、わたくしを攫ったときも任務でしたよね? もっと言えば、キノコを人質(?)に取られて、あっさり任務放棄しようとしたじゃないですか。どの口が言うんですかどの口が。

 わたくしがちらりとグレアム様を見上げますと、眉間に深い皺を刻んでいらっしゃいました。


 ドウェインさんのことですからね、行くと言ったら絶対についてくるはずです。反対しても無駄なんです。悲しいかな、この方にはそれだけの力がありますから、無理やりお留守番させることはできません。


 グレアム様によると、この方はグレアム様と同じ五つの属性の魔力をお持ちなんだそうです。

 ただ、グレアム様は光属性をお持ちですが、ドウェインさんは闇属性なのだとか。だからでしょう、よく見ればドウェインさんは光の魔石の埋め込まれた腕輪をつけています。というか……ちょっと待ってください。今まで気にしたことはありませんでしたが、その腕輪、全部の属性の魔石が埋め込まれていますよ。

 ドウェインさんは自分の気配を残さないために、魔石を使って魔術を使うことがありますから、その時のために全部の魔石を持っているのでしょうね。


「連れて行ってください。私は役に立ちますよ。優秀ですからね!」


 ドウェインさんが拗ねた子供のような顔でおねだりをはじめました。

 ドウェインさんがいかに優れた魔術師であろうとも、キノコのせいでその優秀さは相殺されます。むしろ相殺しきれずマイナスです。新婚旅行が珍道中になる予感大です。


「姫、いいでしょう? ほら、私は姫の護衛ですし!」


 護衛のお話はグレアム様がお断りしてくださったじゃないですか!

 わたくしにはオルグさんという優秀な護衛がいらっしゃいますから、ドウェインさんは護衛じゃなくていいです。

 なんとかしてドウェインさんを諦めさせることができないかとうなっておりますと、ドウェインさんがふと真顔になりました。


「これは冗談ではなく、本当に私を連れて行った方がいいです。ホークヤード国は……、というか、あのあたりの大地は、いまちょっと不安定ですからね」

「どういう意味だ?」


 グレアム様が怪訝そうな顔をしました。

 ドウェインさんは肩をすくめます。


「眠りにつかれている火竜様に変化が見られたんですよ。目覚められるのか、ただいびきでもかかれているのか私どもにはよくわかりませんが、火山に動きがありましてね。このままお目覚めになってくだされば私どもとしては万々歳ですが、竜の目覚めはまだ誰も経験したことがなくて、ほかの竜についても情報がありませんから、推測しようもないんです」

「ちょっと待て、まさか火竜はホークヤード国に眠っているのか?」

「ほかの竜ってどういうことですか? ほかの竜も眠っているんですか?」


 グレアム様とわたくしの声が重なりました。

 ドウェインさんは頷いて、ポケットからキノコを取り出します。


「今はそれを食べたらだめですよ‼」


 流れるような動作でキノコを口に入れようとしたドウェインさんを、わたくしは寸前で止めました。危ない危ない。なんで飴を口に入れるような自然な動きでキノコをかじろうとするんですか。

 ドウェインさんは残念そうにキノコをポケットに戻して、続けます。


「お二人の質問ですが、まず火竜様はホークヤード国に眠っています。ただ、火竜様は水竜様と違って、大地を守るようにお眠りになったのではなくて、ただお眠りになっています。ですので、魔物の生息にはそれほど変化はもたらしていません。まあ、それでも、縄張りを持つくらいの強い魔物は、火竜様の気配を恐れてあまり生息しておりませんけどね。ちなみに、お眠りになっているのはホークヤード国で一番高い火山の中です。それから姫のご質問ですが、竜はもちろんほかにもいらっしゃいます。風、火、土、水、闇、光。世界には六体の竜がいるんですよ。ですが残念なことに、今の時代は全部の竜がお眠りになっているのです。一番古くお眠りになったのは、土竜様ですね。そして我らが火竜様が最後……今から百五十年ほど前にお眠りになりました。……答えたからキノコを食べてもいいですか?」

「駄目です。お家に帰ってからにしてください」


 なんで答えたらキノコを食べていいと思ったのでしょう。ダメに決まっているじゃないですか。そのポケットのキノコがどんな毒キノコか知りませんが、ろくな結果にならないのはわかります。

 残念そうなドウェインさんは可哀そうですが、わたくし、ドウェインさんのキノコに関しては心を鬼にすると決めているのです。だって、油断したらすぐに口に入れるんですもの。毅然とした態度で臨まなければいけません。頑張ってキリッとしますよ。キリッと。


「ホークヤード国に火竜が眠っていたなんて知らなかったな。……まあ竜は基本的に眠る場所は秘密にするから、知られている水竜が珍しいんだが」

「火竜様はホークヤードの火山の溶岩がお気に召していましたからね。他の溶岩はいまいち味がよくないとかで」

「待て待て、溶岩を食べるのか?」

「はい。一族に残る記録にはそうありますよ。大好物だったそうです」

「…………それが本当なら、火山に動きがあるのは、溶岩が火竜に消費されなくなったせいで吹き出そうとしているんじゃないのか?」

「ああ! なるほど!」


 ドウェインさんがポンと手を叩きました。


「あり得ますね。もともとあの火山は活発だったみたいですし。百五十年の間に、たくさん溶岩がたまったんでしょうねぇ」


 ドウェインさん、呑気に笑っている場合ではないですよ。

 大噴火を起こしたら大変じゃないですか。


「い、いますぐ火竜様にお目覚めになっていただくことはできないんですか?」


 火竜様がお目覚めになれば溶岩を食べてくれるはずです。そうすれば火山も噴火せずに済むんじゃないでしょうか。


「それができれば苦労しませんよ」

「そ、そうですよね……」


 火竜の末裔の一族は、火竜様を目覚めさせることが本懐なのだと聞きました。簡単に目覚めさせることができるなら、とっくにやっているはずです。


「もしかしなくとも、現在火竜の一族がホークヤード国を拠点にしているのはそのためか?」

「ええ。お目覚めになるのであればお迎えしなくては。ですが、ただ溶岩がたまっただけなら、とんだ無駄足だったかもしれませんね。王にお知らせしておきます。あーあ」

「ドウェインさん、あーあ、じゃありませんよ。火山が噴火したら、その周りで暮らしている方々が巻き込まれてしまうじゃないですか」

「そうかもしれませんが私には関係ありません。一族であれば噴火しても逃げられますし問題ないです」

「大問題ですよ! 一族以外の方は逃げられないかもしれないじゃないですか」

「姫。こういうのは俗に自然災害というのですよ。自然災害によって人や動物が間引かれるのは世の中の理です」


 ……非常識なドウェインさんに世の中の理を解かれるとなんだかムカッとしますね。


 むむむっとわたくしが頬を膨らませますと、グレアム様がぽんぽんと頭を撫でてくださいました。


「火山が噴火した場合の規模はわかるか?」

「どうでしょうねえ……。ああでも、国の半分ほどは無事ですむと思いますよ」

「ということは国の半分は無事じゃないってことですよね⁉」


 大災害じゃないですか。とんでもなく大規模ですよ。笑っている場合じゃありません!

 グレアム様ががしがしと頭をかきます。


「……聞いた以上は無視できないな。一応、ホークヤード国とはそれなりに国交があるし。あちらの国で大災害が起これば、クウィスロフト国に難民がなだれ込んでくる」


 至急、女王陛下にご相談しなければなりません。

 それなのに、ドウェインさんはやっぱり能天気な顔で、頓珍漢なことを言いました。


「そんなに慌てなくても、噴火するのは早くても一か月後くらいだと思うので、旅行中は安全ですよ。たぶん」


 旅行中が安全だったらいいという問題ではないんですよ、ドウェインさん!




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