コルボーンの花嫁候補 3

「旅行? 俺も行く!」


 翌朝。朝食の席でグレアム様が新婚旅行へ行く旨を伝えますと、同じくダイニングで朝食を摂られていたエイブラム殿下が手を上げました。


「新婚旅行だと言っただろうが。なんで殿下がついてくる」

「いーじゃねーか。俺もコルボーンがどうなったのか気になるし? 大丈夫だって、夜の邪魔はしね――いってえ!」


 ゴッと、メロディがエイブラム殿下の後頭部を殴りつけました。


「おいメロディ‼」

「邪魔なのでいい加減帰ってください」


 メロディは、隣国の王子殿下相手でも容赦がありませんね。

 しかしエイブラム殿下もめげません。


「コルボーンだけだって。ホークヤード国まではついて行かないからさ。な? 一応これもエイデン国の王子の義務ってやつだしさ」


 エイデン国は獣人の保護をされていますからね。コルボーンの様子を確かめられたいのでしょう。

 わたくしは構いませんが……とグレアム様を見やれば、はあ、とため息をついて小さく頷かれました。


「コルボーンだけだぞ。見たらすぐ帰れよ」

「おう!」


 エイブラム殿下がご一緒されることが決定いたしました。

 とはいえ、すぐには参れません。

 ホークヤード国は他国ですので、王弟であるグレアム様が向かう場合はまず女王陛下に許可を取る必要があります。その後、ホークヤード国に連絡を入れるのです。ふらふらと王族が他国へ勝手に出向くのは、外交上問題があるらしいので。

 今から手続きをして、許可が出るのは早くて三日後だろうとグレアム様がおっしゃいました。

 ですので、それまでに準備を整えて、許可が下りたのを確認した後での出発となりますので、エイブラム殿下には最低あと三日はコードウェルのお城に滞在していただくことになります。


 あ、そういえばドウェインさんをどうしましょう。

 あの方をここに残していくと、その……留守を任されるバーグソン様やデイヴさんに多大なる被害が出そうな嫌な予感がいたしますよ。

 かといって、ドウェインさんとの旅は、前回攫われた時に懲りましたし。


 これは難しい問題です。

 バーグソン様やデイヴさんに押し付けるのは良心が咎めます。

 でも、毒キノコを見つけては口に入れ、笑い転げたりしびれたり痙攣したりする人を連れて旅行に行くのは、旅行気分が台無しになる気しかいたしません。


 ……ふう。この問題を考えるのは後回しにしましょう。いくら考えたところで、究極の選択すぎてわたくしに答えは出せそうもありません。


 わたくしは考えるのをやめて、朝食に集中します。

 メインはライスコロッケです。真ん丸な形をしたライスコロッケは、外はさくっと、中はもっちりしていて、添えられているトマトソースをつけて食べるととても美味しいのです。

 スープとライスコロッケ、それからサラダを堪能すると、食後のデザートが運ばれてきます。


 今朝のデザートはパンナコッタでした。オレンジソースがかかっています。

 コードウェルにきて、あとふた月で一年が経ちますが、どれだけたっても美味しいお食事には慣れることがありません。いつも美味しいです。ずっと美味しいです。幸せ。


「そういやあ、あの変人キノコは食事の席にいつもいないな」


 いつの間にか、エイブラム殿下はドウェインさんを「変人キノコ」と呼ぶようになりました。

 パンナコッタを流し込むように胃に押し込んで、お代わりを要求するエイブラム殿下に、メロディがぴきってなりながら答えます。


「あの方はいつもお一人で召し上がっていますよ。召し上がるものが違いますから。……さすがに、この城の料理人も毒キノコの調理法なんて知りませんし」

「まさか三食全部毒キノコか⁉」

「い、いえ、そうではありませんよ」


 いくら何でも三食毒キノコで生命維持はできません。

 わたくしは慌てて首を横に振りました。


「キッチンで、パンやお料理はもらっているようなのです。ただ、その……その中に何故か毒キノコを入れたがるので、危なすぎてご一緒できないだけで……」


 別に、のけ者にしているわけではないんですよ。ドウェインさんがダイニングでわたくしたちと同じ食事をお取りになるのならばまったく問題ないのです。ですが、ダイニングで出される食事に毒キノコを投入することをグレアム様が禁止したところ、ドウェインさんがそれならば自宅(あの巨大キノコの家!)で食べるとおっしゃいまして……。というかあのキノコの家はずっと裏庭にあるんですかね。あるんでしょうね。はあ……。

 ドウェインさんはとにかく自由な方ですので、キノコの家でキノコ栽培をしたり、ふらりとキノコを求めてそのあたりを徘徊したりしていらっしゃいまして、行動がいまいち読めません。

 ご本人はとっても満足そうなので、わたくしたちもそっとしておくことにしているのです。精神衛生的にもそれがいいと判断しました。


「つーかあの変人キノコ、なんで毒キノコばかり食べるんだ? 普通のキノコでいーじゃん」

「それが……毒もスパイスなのだそうで。毒のあるキノコほど美味しいらしいです」

「理解できねー」

「はい……」


 きっと、常人には理解できない、キノコオタクさんだけに通ずる特殊な感覚だと思います。


「キノコってよー、毒キノコの方が圧倒的に種類が多いだろ? 探しゃぁどこにでも生えてるし。そう考えるとあの変人キノコはどこでだって生きていけそうだな」

「毒キノコってそんなにたくさんの種類があるんですか?」

「俺も詳しく知らねぇけど、一万種類は優に超えるって聞くぜ?」

「い、一万種類……」


 嫌なことを聞いてしまいました。いくらドウェインさんでもそのうち飽きる日が来るのではないかとちょっとだけ思っていたんですけど、一万種類もあったら一生飽きることはない気がしてきましたよ。


 ……デイヴさんやバーグソン様にはとってもとっても申し訳ないですが、ドウェインさんはおいて行きたいです。旅行中、新種のキノコを発見して突っ込んでいくドウェインさんの姿が目に浮かぶようですから。


 わたくしがそんなことを思っておりますと、噂の(?)ドウェインさんが喜色満面でダイニングに飛び込んできました。


「姫! 見てください! 新しいキノコを発見しました!」


 ドウェインさんの手には、エメラルドブルーという、とんでもなく奇抜で危険極まりない色をしたキノコが握られていました。



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