コルボーンの花嫁候補 1
複属性の魔石というのは、とってもとっても希少なものらしいです。
グレアム様ですら、結婚式の日にドウェインさんにもらった風と火の複属性の魔石以外を見たことはないそうです。
市場には決して出回ることはなく、おそらく出回っても天文学的な価格がつけられる、とんでもなく価値のあるものらしいです。
そもそも、魔物が寿命を迎えて死んだのち、血液が凝固し、変化してできる魔石の属性は、その魔物が一番強く持っていた属性になります。
というか、魔物はほとんどが一つの属性の魔物で、複数の属性を持っていること自体珍しいのだそうです。
その中でさらに珍しいのが、複数の属性の魔力を均一に持っている魔物です。
混沌茸を例としますと、風と土の魔力を同じ量ずつ持っているのです。
こういった複数の属性の魔力を同量ずつ持っている魔物が作り出す魔石は、低確率で複数の属性を持っていることがあるのだとか。
でも、それも本当に低い低い確率なのだそうです。
複数の属性の魔力を同量ずつ持っている魔物が作る魔石でも、必ず複属性の魔石になるのではありません。たいていはどちらかの属性の魔石が誕生します。その中で、百分の一、千分の一、という低い割合で誕生するのが複属性の魔石なのです。
グレアム様ほどの大魔術師様が、ドウェインさんからもらうまで見たことがないほどというのですから、どれほど希少なものなのかわかろうというもの。
……グレアム様が複属性の魔石と引き換えにドウェインさんの滞在を許可するわけです。手に入れたくても一生かかっても手に入らないかもしれない希少な魔石を目の前に出されたら、グレアム様が我慢できるはずありません。だって、グレアム様は魔石が大好きですから。
グレアム様はお優しいので、基本的にわたくしの意見も聞いてくださいます。そのグレアム様がわたくしに意見を聞くことも忘れて飛びつくほどですから……、はあ、ドウェインさんはなんて危険なものを持ってきたのでしょう。
グレアム様はドウェインさんが「お祝い」と称して持ってきた混沌茸を閉じ込めて、寿命が来るのを待っています。エイブラム殿下の推測が正しければ、数日で寿命を迎えるだろうとのことですので、寿命を迎えて、さらに魔石に変化するまで、グレアム様は根気よく待つのでしょう。
「そのうち、地下の旦那様の研究室に大量の混沌茸が置かれるのではないかと、わたしは今から心配です」
メロディがわたくしの髪を洗ってくれながら恐ろしいことを言いました。
わたくしは今、お風呂を頂いています。
バスルームにはシャボンの香りが充満していて、いい気持ちです。今日のシャボンはバニラの香りなので、とっても甘い香りなのです。
「複属性の魔石はなかなか誕生しないそうですからね。もし混沌茸から魔石を作ることに成功すれば……わたくしも、そうなりそうな嫌な予感がいたします」
「旦那様は魔術具と魔石のことになると目の色が変わりますからね」
「複属性の魔石で魔術具研究がしたいそうですので……」
複属性の魔石は希少すぎて、手に入れることができたとしても、普通は魔術具研究になど使いません。しかし、もし混沌茸を使って複属性の魔石が量産できるようになれば、それを使った魔術具が作りたいのだそうです。
本来、一つの魔術具に複数の属性の魔石を埋め込むのはとても難しいのだそうです。相性があったり、その魔石の大きさや強さが違えば、弱い方の属性が負けてしまってうまく動作しなかったりするのだとか。
けれども複属性の魔石ならそんな心配はいりません。
複属性の魔石が量産できれば魔術具研究が飛躍的に進歩するとおっしゃっていました。
妻としては、グレアム様が楽しそうにしているのは嬉しいです。でも、やっぱりちょっとだけ複雑です。いえ、心配です。
だって、混沌茸から複属性の魔石が作れると仮定した場合、その割合はいかほどでしょうか。もしも千分の一や一万分の一などであれば、一つの複属性の魔石を得るためのそれほどの混沌茸が量産されると言うことです。
グレアム様はドウェインさんに防音の魔術を使うようにおっしゃっていましたし、グレアム様も研究室に防音の魔術をかけていらっしゃいますが、万が一ですよ。混沌茸が逃げ出して城の中を徘徊するようなことになったら、「ぐげげげげげ」の大合唱です。ぞっとします。
「それはそうと、奥様。新婚旅行はどうなさるおつもりですか?」
「新婚旅行? それはなんですか?」
「ちょっと前から貴族の間で流行っているんですよ。結婚式後、一、二週間、旅行に行って夫婦でゆっくりと過ごすんです。旦那様はそういった行事に無頓着ですので何も考えていないと思いますが、奥様がお望みであれば嫌とは言わないはずですよ」
「……そうですねぇ」
グレアム様との旅行。それはとっても魅力的な言葉です。わたくしなどが我儘を言ってはいけないと思いつつも、可能ならばどこか近場でもいいから行ってみたい気がします。
「グレアム様に訊いてみます」
「ええ、ぜひ」
無理を言ってはいけませんが、さりげなく聞くくらいは許されるでしょう。
メロディとともにバスルームから出たわたくしは、濡れた髪を乾かして、白くて可愛らしい夜着に着替えると、グレアム様の待つ夫婦の寝室へ向かいました。
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