エピローグ

 コードウェルのお城は、例を見ないくらいに大忙しです。

 忙しく動き回る使用人の方々。彼らの采配を取るマーシアとデイヴさん。そして、ひときわ大きく響くエイデン国のエイブラム殿下の笑い声。


 ……そう、今日は、結婚式なのです。


 もちろん、わたくしとグレアム様のですよ!

 一年の大半を雪に覆われたコードウェルは、今、夏を迎えています。

コードウェルの夏は、王都と違って春くらいの気候ですが、それでも雪は解けます。

 町から雪が消え、新緑も青々と生い茂り、とても明るい雰囲気になっています。


「あの殿下はいつもうっさいですねえ。今日くらい静かにしてほしいです」


 わたくしの髪をまとめながら、メロディがむっと口をとがらせます。

 鏡台の鏡には、純白の花嫁姿のわたくしが映っていました。


 まだ式の前ですが、すでに今日という日がとてもとても感慨深いです。

 みんなが協力してくれて準備した結婚式ですもの。

 そして、結婚式を迎えると改めてわたくしはグレアム様の妻だと実感するのです。

 すでに結婚は受理されていたので立場上が妻でしたけれど、なんといいますか。一区切り? けじめ? これでようやく、グレアム様の本当の妻になれた気がするのです。


 メロディに支度を整えてもらって、時間になりますと、わたくしは城の大ホールへ向かいます。

 当初は町にある教会を使うつもりだったのですよ。

 でも、町中の人がお祝いに来てくださると言いますし、エイブラム殿下もいらっしゃいますし、なんと女王陛下まで参列くださるので、予定を変更して城で行うことになったのです。

 女王陛下ってば、グレアム様が鳥車を購入したと聞いて、それを使えば参加できるとおっしゃって、今朝早くに王都からいらっしゃったのです。

 グレアム様は、姉上の利便のために鳥車を買ったのではないとお怒りですが、口ではぶつぶつ言っても、お祝いに来てくださった女王陛下には感謝しているようでした。


「まっすぐグレアム様のいる前まで歩いて行けばいいですからね」

「わかりました」


 大ホールの扉の前で、わたくしは大きく深呼吸です。

 わたくしが身にまとっている純白のドレスは、ロングトレーンですので、メロディもトレーンを整えるために一緒に入場しますが、隣を歩いてくれるわけではありません。

 歩く練習はしたので転んだりはしないと思いますし、万が一転びそうになっても大丈夫なように、体を少しだけ浮かせる風魔術の特訓もしましたから無様なことにはならないと思いますが、それでも緊張してしまうのですよ。


「奥様、準備はいいですか? 大丈夫、参列者なんてみんなカボチャだと思えばいいんです」


 扉の前に立っているのはオルグさんです。

 わたくしを勇気づけるように片目をつむって微笑んでくださいます。

 わたくしが頷きますと、オルグさんがゆっくりと扉を開けてくださいました。


 荘厳な音楽が鳴り響きます。

 なんと、演奏者の中にはリンジー殿下もいらっしゃるのですよ。本人からやりたいとお申し出になってくださったとか。そしてさらになんと! その中にこっそりと、非公表のリンジー殿下のお父上の吟遊詩人さんまでいらっしゃるのです。こんなことがなければ会わせてあげられないからと、女王陛下のお取り計らいでございます。

 リンジー殿下はお父上の隣で演奏していてとても嬉しそうです。


 大ホールの前方に準備された祭壇の前には、グレアム様が微笑んで立っていらっしゃいます。

 グレアム様もわたくしと同じ純白の衣装です。

 銀髪は首の後ろで一つに束ねられています。

 金色の瞳は、まるで蜂蜜のようにとろけそうなほど優しい光を帯びていて……、どうしましょう。まだ入場の途中ですのに、すでに泣きそうです。


 コードウェルにきて、まだ一年も経っていません。

 でも、すごくいろいろなことがありました。

 たくさんの幸せをいただきました。

 その記憶が波のように一気に押し寄せてきて、感極まってしまいそうなのです。


 泣きそうになるのをこらえて、やっとのことでグレアム様の隣に立ちますと、グレアム様が苦笑なさいました。

 ベールをかぶっていますから、多少泣いても気づかれないと思うのに、グレアム様はわたくしの様子に気づいていらっしゃるみたいです。


 グレアム様の左腕に手をかけたわたくしの手の甲に、グレアム様が右手でそっと触れてくださいます。

 レースのグローブ越しにグレアム様の熱が伝わってきて、少しだけ落ち着いてきました。

 結婚の誓いを立てるときには我慢できず泣き出してしまいましたが、そのあとの誓いのキスでグレアム様がその涙をそっと唇で掬い取ってくださいました。


 二人で参列者様たちに向き直り、手を振ります。

 このあと、ここを整えなおしてパーティーです。

 わたくしとグレアム様は一度退場して、着替えをします。

 わたくしがグレアム様と手をつないで、退場しようとしたときでした。


「あーっ、キノコがっ」


 ……キノコ。


 突然大ホールに響いた声に、わたくしはびくっとなりました。

 聞き覚えのある声です。

 グレアム様もギョッとして、声が聞こえてきたところに視線を向けます。

 わたくしもそれを追いかけるように顔を向けて……やっぱりいましたよ。金髪に赤い瞳の、背は高いけれど華奢なあの方。

 ころころと転がったキノコを追いかけて、ぱたぱたと走り回っています。


 ……って! ちょっと待ってくださいあのキノコ転がっているんじゃなくて走ってますよ⁉ あれって混沌茸じゃないですか⁉


「ぐげげげげげげ」


 奇妙な音を上げながら走る不気味なキノコに、参列者様たちが悲鳴を上げます。

 あの人いったいここで何をしているんですか⁉

 感動も全部吹き飛びましたよ!

 グレアム様を見上げれば、こめかみに青筋を浮かべていらっしゃいます。


「ロック、あいつをつまみ出せ‼」


 今日はとてもおめでたい日だと言うのに、その雰囲気をすべてぶち壊したドウェインさんは、混沌茸を捕まえて顔を上げました。


「あ、姫ぇ、これ、お祝いです!」


 いりません‼




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