「王」の来訪 4

「王‼」


 ドウェインさんは縛られたまま魚のようにぴょんぴょんと飛び跳ねます。

 何気に器用ですねドウェインさん。


 ……それにしても、この方が「王」?


 わたくしをはじめ、グレアム様もメロディたちも、目を丸くして凍り付きました。

 だって。だって。……十歳くらいの男の子ですよ? え? わたくしを娶わせるつもりだった「王」ですよね? え? 子供ですよ⁉


 現れたのは、金色の髪にわたくしのような赤紫色に金光彩の入った瞳の男の子でした。ふっくらとしたほっぺたが愛らしいです。

 むっと口をへの字に曲げて、目を三角にしていますが、それでもとっても可愛らしい子でした。


「なんで私の嫁よりキノコを優先するんだバカなのか⁉ ああ、バカだったな‼ 任務中に毒キノコを食べて眠りこけるんだもんな‼ お前のことだからそのうち何かしでかさないかと思って見張らせていて正解だったよ‼」


 ……ドウェインさん、信用されていませんね。


 そして、やはりこの方が「王」で間違いないみたいです。嫁と言いましたし。あのでも、わたくしは十七歳ですよ? 対してこの方は十歳くらいにしか見えません。さすがに十歳で結婚は無理ではないでしょうか?

 男の子は、肩までの金髪をがしがしとかきます。

 そして、わたくしと、わたくしを膝に抱えているグレアム様を見て、ぎゅっと眉を寄せました。


「……水竜の一族の先祖返りか……。さすがにこれは少々分が悪そうだ」


 男の子の持つ魔力は確かに強いです。ただ、ドウェインさんは一族で一番強い魔力と言ったはずですのに、ドウェインさんよりも弱い気がします。当然グレアム様より下です。


「王! 早くこの縄解いてくださいよ! そしてまだ魔力がそれほど育っていないんだから外に出ちゃだめだって言ったでしょ?」


 ドウェインさんの言葉でなんとなく理解できました。この男の子も、わたくしと同じように、成長に合わせて魔力が増えるタイプの方のようです。


「それが人にものを頼む態度か‼ ああもう!」


 ハッとしたときには遅かったです。

 男の子が軽く手を振ると、ドウェインさんを縛り上げていた縄が木っ端みじんになりました。ドウェインさんの服や髪には一切傷はついておりません。すごいコントロールです。

 グレアム様がわたくしを抱く腕に力を込めました。緊張しているのが伝わってきます。わたくしも、今の風の魔術で、この方は油断ならない方だとわかりました。単純に魔力量だけで測れません。

 ドウェインさんがぴょんと起き上がり、男の子を守るように前に立ちました。


「姫。この方が我らが王、ジョエル様です。あなたの夫君でございます」

「さっき諦めるって言ったじゃないですか‼」

「前言撤回します」

「そうですかではキノコさんたちにはご臨終になっていただきます!」

「ああああああ! 嘘です諦めます! キノコだけは‼」

「キノコだけは、じゃねーよバカが‼」


 ムッとしたわたくしが籠に向かった火魔術を放とうとすると、ドウェインさんが叫んで、そのうしろで、ええっと、ジョエル君? が飛び上がってドウェインさんの頭を殴りました。

 ゴンッて結構いい音がしましたよ。

 ドウェインさんは涙目になって頭を押さえています。


「お前はだからなんで任務よりキノコを優先するんだ!」

「だってキノコですよ⁉ 神々が作りし至上の楽園はキノコの形をしているんです‼」

「んなわけあるか‼」


 そうですね、わたくしもそんなことははじめて聞きましたよ。キノコの形の楽園って何ですか。嫌ですよそんな楽園。

 ドウェインさんのおかげで緊迫した空気は台無しです。木っ端みじんです。こちらを油断させるのが狙いなら、ドウェインさんは天才だと思います。ただこれを素でやっているような気がするのでやっぱり変人さんです。


 ジョエル君はすっかり面倒臭そうな顔になっています。

 ドウェインさんといえば、もうキノコの入った籠しか見えていません。そちらに釘付けです。燃やされないかとハラハラしているみたいですね。


 というか、ふと思ったのですが、ドウェインさんが華奢なのは毒キノコばかり食べているからじゃないんでしょうか。笑いキノコやしびれキノコよりも、世の中にはもっと危険な猛毒を持つキノコが存在していると聞いたことがありますし、毒にやられて生死の境をさまよった経験は、一度と言わずお持ちのような気がしますよ。なんとなく。


「あんたが姫――アレクシアだろう?」


 問いかけられて、わたくしはまずグレアム様を見ました。頷いてくださいましたので、お答えしても問題ないようです。


「はい。確かにわたくしはアレクシアです。ただ、姫と言われても困ります」

「あんたが困ったとしても、これは事実だ。そして今の一族に、姫はあんた一人しかいない。王も私しかいない。悪いんだが、あんたには私の妃になってもらわなくてはいけないんだ」

「でも、わたくしはグレアム様と結婚しています」

「……それなんだよな」


 あら? ドウェインさんは「そんな人の理は感知しません」とかなんとか言って話が通じなかったのに、ジョエル君はそうでもなさそうです。

 困ったように頭をかいています。


 ……もしかしなくても、ドウェインさんが非常識だっただけじゃないんですか⁉ 何ですか人の理は感知しないって! ジョエル君はしっかり感知してくれていますよ!


 どういうことですかと問い詰めたいのに、ドウェインさんはやっぱりキノコの籠しか見ていません。ジョエル君は側近の選び方を間違えている気がしますよ。たぶんドウェインさんには側近の心構えはありません。

 ジョエル君も端からドウェインさんは無視しています。


「こちらとしては円満にことを運びたい。そちらがアレクシアと離縁してくれればとても助かるのだが……」

「するか」


 グレアム様は機嫌悪そうに一言でばっさり切っちゃいました。

 そうですね。わたくしも離縁は絶対に嫌です。グレアム様にいらないと言われていないのなら……いえ、言われてもあきらめきれないでしょうが、離縁はしたくありません。


「あのー、ジョエル君? ちょっと聞きたいのですが」

「くん!」


 キノコしか見えていないはずなのにドウェインさんが「ジョエル君」という呼びかけに吹き出しました。

 ジョエル君が容赦なくドウェインさんの向こう脛を蹴とばします。


 ……ジョエル君。あれは痛いですよ。ドウェインさん、悶絶しています。


 ジョエル君は涙目で床にうずくまったドウェインさんの相手はせず、わたくしに向き直りました。


「ジョエル様とお呼びした方がよかったですか?」

「ジョエル君でいい。王と姫は本来対等な関係だ」


 そうだったのですね。では遠慮なくジョエル君と呼ばせていただきます。


「その、ジョエル君。ジョエル君は、仮にわたくしと結婚することになっても、問題ないんですか? だって、その、ジョエル君は十歳くらいではないですか?」

「ああ、十歳だ」

「ですよね。そうであればわたくしはジョエル君より七歳も年上です。ジョエル君はまだ十歳ですので、この先素敵な女性と恋に落ちることだってあると思うのです。十歳で人生を決めてしまうのは早すぎると思いますよ」

「王は一族に強い力を残すことを優先しなければならない。当代に姫が誕生しているのなら姫を婚姻を結ぶのが最良なんだ。私自身のことなどは二の次でいい」


 ジョエル君は十歳なのに、とても大人びた方です。あちらで向こう脛をさすっている方とは大違いですね。

 でも、だからこそ、十歳なのに、自分自身を犠牲にする達観した考えを持っているのが、とても痛々しく見えました。子供はもっと子供らしく、重たい責務などは背負わずに笑っていてほしいです。


「ご両親もそうおっしゃったのですか?」

「私は王だ。両親はいない」

「……どういうことですか?」


 わたくしが答えを求めてドウェインさんを見やりますと、床にうずくまったまま、ドウェインさんが顔を上げました。


「王が誕生したら、その時の王のもとで育てられます。王の意見を王以外に左右されないためです。ゆえにジョエル様は産みの親の顔を知りませんし、今後も知らされることはありません」

「そんな!」

「王は何事もご自身の判断で物事を決めなければなりません。親がそばにいれば、親の意見を取り入れるでしょう。そうなると困ります。姫も、もし一族の中でお生まれになっていたらそうなっていましたよ」


 だから、ジョエル君は大人びているのでしょうか?

 親に甘えたい時期に、甘えさせてもらえなかったから。


「ひどいです!」

「お亡くなりになった先代の王はとてもお優しい方でした。ひどくはありません」


 そういう問題ではないのです!

 もちろん、お優しい方に育てられたのはせめてもの救いでしょうが、だからと言って、それはあんまりだと思います。


「姫、人の理と我らの理を一緒にしてはいけません」


 またいつものドウェインさん節がはじまりました。人の理と言いますが、動物だって子供のころはほとんどが親と過ごしますよ!

 わたくしの父はわたくしに無関心でしたが、それでも、多くの親が子に愛情を注ぐことをわたくしは知っています。「我らの理」とやらを振りかざして、ジョエル君からその愛情を奪ったのでしょう?


「火竜の一族は、強い力を継承することこそすべてなんだ。驚くだろうが、一族ではそれが当たり前のことで、私もそれを受け入れている。一族の本懐は、火竜様を目覚めさせることだ。どのようにすればお目覚めになってくださるのかはまだわからない。だが、そのために力が必要かもしれない。だから強い魔力を継承させる。そのためには、この程度は犠牲のうちにも入らない」

「ほら、王だってこう言って」

「ドウェインさんは黙っていてください!」


 ドウェインさんの振りかざす「一族の理」はわたくしをとてもムカムカさせます。人の考えは千差万別で、考えを押し付けてはいけないのは重々承知しておりますが、これはダメです。何も思っていない顔をして、親に甘える権利を奪われた子が「犠牲のうちにも入らない」などと言うような環境を作ってはいけません。これはれっきとした犠牲です。


「ジョエル君はもっと自分のことを考えるべきです。そしてジョエル君はまだ十歳です。結婚を急ぐ年ではありません。大人になるまでに、もっと自分を見つめなおしてください。その時になれば、姫という方が新しく生まれているかもしれませんし、ええっと、わたくしと、その……グレアム様の子がそうなるかもしれません。その中にはジョエル君が好きになれる子がいるかもしれません。可能性が広がっていないとは断言できないでしょう?」

「姫が生まれる確率は低い」

「そうであってもゼロではありません」

「では逆に聞くが、私が大人になって、その時に他に姫がいなかったときは、アレクシア、あんたは私に嫁ぐのか?」

「……わたくしはグレアム様の妻ですから、嫁げません」

「姫、それは我儘――」

「ドウェイン、黙ってろ」


 ジョエル君はじろりとドウェインさんを睨んで黙らせた後で、グレアム様とわたくしを交互に見ました。といっても、わたくしはグレアム様のお膝に抱っこされていますので、顔の位置はすごく近いところにありますが。


「強引に連れ去ろうとしたことは詫びる。だが、私も王だ。あきらめるわけにはいかない。けれど、あんたの言う通り、私はまだ十歳だ。あんたを娶ったところですぐに子が持てるわけでもない。だから今日のところは引く。でも、大人になったら、私はまたきっとあんたを迎えに来るぞ。それだけは覚えておいてくれ」

「来たところで返り討ちにするだけだ」

「……水竜様の末裔。大人になれば、おそらく私の方があんたよりも魔力量は上になる。そちらが負けるぞ」

「わたくしのことも忘れないでください。もちろんわたくしも抵抗しますよ!」

「なるほど……アレクシアと水竜様の末裔と二対一か。骨が折れそうだ」


 ジョエル君は小さく笑って、それから、ドウェインさんの足を蹴とばしました。


「帰るぞ」

「ええ⁉ 連れて帰らないんですか⁉」

「キノコを取引材料にされてあきらめようとしたお前が言うな‼」


 まったくその通りだと思いますよ、ドウェインさん。

 ドウェインさんは口をとがらせて、けれどもぐるんとキノコの籠を振り返って、目の色を変えて主張します。


「諦めたんですからあれは持って帰っていいんですよね⁉」

「……どうぞ」


 と言いますか、ここに置いていかれても困りますからね。誰もいりませんよ、毒キノコなんて。

 ドウェインさんは嬉しそうに籠を背負い、反対にジョエル君はとても嫌そうな顔をしました。


「それ食いながら歩いたらマジで殺すからな」

「じゃあ飛び……」

「飛びながらも却下だ! っていうか帰るまでにキノコを手にした時点でその籠の中身全部燃やすからな‼」

「ひどい‼」


 ……ジョエル君も苦労しているんですね。


 遠ざかりながら言い争う声に、わたくしはつい遠い目になってしまいました。

 ドウェインさんはそばにいるだけでとても疲れますから……頑張ってください。ジョエル君。


 何はともあれ、これにて本当に一件落着……ですよね?



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