「王」の来訪 3
「ひどいですよ姫! 私をはめたんですね!」
しばらくして、ドウェインさんが目を覚ましました。
縛られているのに気が付くと、わたくしを見て、口をとがらせます。
「……ドウェインさんが自分のご意思でキノコをお召し上がりになったではないですか」
わたくしに、ドウェインさんを陥れる気持ちがなかったと言えばウソになりますが、わたくしが薦めなくても勝手に取ってきて食べたのはドウェインさんです。責められるのはちょっと納得いきません。
「これをほどいてくださいよ! 姫と私の仲ではないですか!」
ちょっと意味がわかりません。わたくしはドウェインさんに攫われた立場ですのに、「仲」って何ですか「仲」って。誤解を招く言い方をしないでください。
「ドウェインさん。わたくしはグレアム様の妻ですので、『王』という方には嫁げません」
「えー! ここにきてそんなことを言うのはやめてくださいよ、王に怒られるじゃないですか! あの人が怒ると面倒くさいんですよ! 一緒に王のところに行きましょうよ。姫なんですから王に嫁ぐのが定めだって言ったじゃないですか」
「勝手に定めにするな」
それまで黙って聞いていたグレアム様が、苛立たし気に口を開き、わたくしの腰に回っている手に力を込めました。
えー、わたくしは今、ソファの上でグレアム様にお膝抱っこされています。
メロディも、ドウェインさんを相手にするのなら、悔しいけれどそこが一番安全だと言って許してくださいました。
「アレクシアは俺の妻だ」
「水竜様の末裔の方ですか。大変申し訳ないのですけど、姫は火竜の末裔ですので、いくら水竜様の一族であってもお譲りできませんね」
「譲るのではなく、事実として妻だと言っているんだ!」
「事実? 事実ではまだ妻でもなんでもないでしょう? 姫様はまだ生娘じゃないですか」
ひい! なんてことを言い出すんですかドウェインさん! なんでわかるんですか‼ 毒キノコよりも怖いですよ‼
わたくしが真っ赤になってうつむきますと、グレアム様がイライラと足先で机を蹴とばしました。
「女王が認め、結婚証明書が国に受理された夫婦だと言っているんだ‼」
「そんな人の世の理なんて知りませんよ」
「なんだと⁉」
……グレアム様、ドウェインさんを本気で相手しますと疲れますよ。この方、本当に話が通じないんです。
「とにかく、姫は我が一族の姫で、王のものなんで返してくださいよ」
「アレクシアは俺のもので、お前たちのものではない!」
「だからぁ、うちの姫だって言ってるでしょ? 話が通じない人ですね」
「お前にだけは言われたくないんだが⁉」
グレアム様のおっしゃる通りです。
ドウェインさんは本当に話が通じません。「火竜の一族」の常識をさも当然のように振りかざしてきますので、話し合うことすらできないのです。
「旦那様ぁ、ちょっと数発ぶん殴っていいですかねー?」
メロディがぴきぴきとこめかみをひくつかせながら、ぱきぽきと指を鳴らしました。
「許す」
許しちゃうんですかグレアム様⁉
「俺も加勢するぜ」
オルグさんまでやる気です! 「殺す気」と書いて「やる気」と読むやつです‼
「グレアム様、ぼ、ぼ、暴力はダメだと思うのですが……!」
「大丈夫だろう。死にはせん」
いえいえメロディもオルグさんもすごくやる気ですよ。殺す気です。
お二人の笑顔が深淵のように暗い闇色をしていますよ!
毒キノコを食べても死なないドウェインさんでも、今度こそ絶体絶命かもしれません。
……は! 毒キノコ!
わたくしはぴんと閃きました。
「ドウェインさん! わたくしをあきらめてくださらないと……あちらのキノコを全部燃やして灰にしちゃいますからね‼」
「な――っ」
籠に入ったままの毒キノコを指さして宣言しますと、ドウェインさんがピシッと凍り付きました。
泣きそうに顔をゆがめて、大声で叫びます。
「姫! なんて残酷なことをおっしゃるのですか⁉ 火竜様も真っ青ですよ‼ キノコを燃やして灰にするなんて、この世のものの所業とは思えません‼」
……あの、キノコを灰にするのがそんなに大げさなものなのですか?
わたくしがあまりの勢いにびくっとなりますと、グレアム様も頬を引きつらせました。
メロディもオルグさんも、マーシアもロックさんも引いています。ものすごく引いていますよ。
で、で、でもいいのです。これくらい食いついてくれた方が話は早い。
わたくしは今日、悪役というものになってみせますよ!
「いいんですか、ドウェインさん。キノコ、燃やしちゃいますからね。真っ黒を通り越して真っ白な灰にしちゃいますよ。全部ですからね。一個残らずですよ!」
「あんまりです姫‼」
「キノコさんたちが惜しくば、わたくしを諦めることです! そうじゃなかったら、ほらっ、一個目やっちゃいますからね!」
「ああああああああ‼」
縄で縛り上げられたままのドウェインさんがばたばたと暴れます。ですがしっかりと縛り上げられているので、縄が緩むことはありません。
「……アレクシア」
グレアム様が何か言いたそうな声を出しました。
皆まで言わないでください。わたくしも、ちょっと恥ずかしのです。でも、たぶんキノコを人質(?)に取れば、キノコ好きのドウェインさんはあきらめると思うのです。
「くっ、くっ、そんな……キノコがっ」
「いいんですか? やっちゃいますよ」
「し、しかし、王が……」
「ほーら、いきます」
「やめろおおおおおおおお‼」
わたくしが火魔術でポッと火の玉を生み出すますと、ドウェインさんの悲鳴が大きくなりました。
「わ、わかった! わかりましたよ! 姫のことは諦めますからどうかキノコを――」
「嘘だろ」
グレアム様がぼそりとつぶやきます。
嘘のようですが、ドウェインさんは本気のようです。
キノコへの愛が半端ないですね。やっぱりこの方は変人さんです。
何はともあれ、とにかくこれで万事解決でしょうか。
よかったよかったとわたくしが額汗をぬぐったときでした。
「諦めるなよこのバカ‼」
声変わりの前のような高い男の子の声がしたと思ったら、バタン、と部屋の扉が蹴り破られました。
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