「王」の来訪 1

 アレクシアからドウェインに攫われてから今日までのことを聞き出したグレアムは言葉を失った。

 攫われて、今日までさぞ怖かっただろうと思ったのだが、どうやらその「怖かった」の意味あいが、グレアムが想像していて物とだいぶ異なっていたからだ。


(……いや、怖かったのは間違いないんだろうが……毒キノコ?)


 アレクシアは本当に怖かったようで、グレアムにしがみついたまま離れない。

 グレアムは神父に教会の礼拝堂を借りて、アレクシアを膝に抱きかかえて泣き止ませながら話を聞いたのだが、ドウェインという男の行動が意味不明すぎてすぐに反応できなかった。

 一緒に来たロックなどは、混沌茸の下りで限界を感じたようで、腹を抱えて必死に笑いと戦っている。


「あのキノコはキノコじゃないです! しゃべるし踊るんですよ! それをドウェインさんは平然と食べたんです。わけがわかりません!」

(……ああ、俺もわけがわからない)


 話に聞くだけでドウェインの変人具合がわかるのに、行動を共にしなければならなかったアレクシアはさぞ大変だっただろう。

 火竜の末裔とか、そのあたりの重要なことを何でもないことのようにさらっと流して、毒キノコとドウェインの行動ばかりを話すアレクシアを見れば、どれほどの恐怖だったのかが理解できる。

 グレアムも、そんな変な男と一緒に旅などしたくない。


「あー、ロック。そのドウェインという男が山の中の川べりで眠っているらしいから、縛り上げて運んできてくれ。まだ寝ているだろうから大丈夫だろうが、念のため数名で行ってくれ」

「御意」


 ロックが笑いを我慢しすぎてぷるぷる震えながら返事をして、部下を数名連れて教会を飛び出した。

 神父にはドウェインが誘拐犯であることを告げて、しばらく礼拝堂には人を入れないように頼んでいる。

 神父は驚いていたが、そういう事情であればと快く礼拝堂を貸してくれた。


(あとからこの教会に寄付金を送るようにデイヴに頼んでおくか)


 迷惑をかけたし、快く協力してくれたせめてもの礼に。


「アレクシア。怖かったな。だがそろそろ、火竜の末裔の話に戻りたいんだが」


 アレクシアは「わたくしは火竜の末裔の『姫』と呼ばれる立場だそうで『王』に娶わせるために攫われたそうです」と言ったっきり火竜の末裔の話を終えてキノコの話に移ったのだ。さすがにこれだけではグレアムであっても理解できない。

 グレアムにしがみついて落ち着いたのか、アレクシアはようやく泣き止んで、冷静さを取り戻してきたようだ。だが、グレアムと離れると、あのドウェインに再び捕まるのではないかという恐怖心があるのか、グレアムの袖口をきゅっとつかんで離さない。

 可愛すぎて、ここが邸なら衝動的に口づけしているところだ。


「そうでした。……すみません。わたくしったら取り乱して……」


 そんな奇妙な体験をした直後なら取り乱しても仕方がないだろう。

 しかし混沌茸。アレクシアの言う通り本当に魔物の一種ではないのだろうか。アレクシアは魔力は感じられなかったと言っていたが、魔物の中には一見魔力を感じなくて動物に見えるものも存在するのだ。そういう系統の魔物は、稀に少し不思議な「複属性」の魔石を作ることがある。光や闇よりも希少なもので、グレアムも今まで一度も見たことはない。クウィスロフト王家の宝物庫にもない、もはや伝説級の魔石だ。


(……気になるからあとで採取してみるか。アレクシアは嫌がるだろうから、こっそりと)


 キノコなので、たとえその系統の魔物だとしても、魔石は真珠サイズくらいの小さなものにはなるだろうが、複属性の魔石は一生に一度でいいからお目にかかってみたいのだ。もし混沌茸がその系統の魔物なら、山の中をしらみつぶしに探せば、もしかしたら見つかるかもしれない。


(複属性の魔石は魔力感知に引っかかりにくい。だが、アレクシアは敏感だからな。もしかしたら見つけられるかもしれない)


 もはやドウェインのことなどどうでもよく思えるくらいにそちらに思考が傾きかけたが、今はドウェインと、アレクシアが攫われた目的を調べるのが先だった。

 アレクシアがグレアムの袖をつかんだまま、ぽつりぽつりとドウェインから聞いたことを語りだした。

 要約すると、アレクシアの母は「火竜の一族」という火竜の末裔の一人で、火竜の一族は、アレクシアのような赤紫色に金光彩の入った瞳の持ち主を、女なら「姫」と呼び、男なら「王」と呼び、強い魔力を次代に継承すべく娶わせているということらしい。

 そして今のところアレクシア以外に「姫」はおらず、「王」の妃にするために攫った、と。


(勝手なことだ!)


 グレアムはむかむかした。

 アレクシアを抱きしめていなければ、礼拝堂の椅子を力いっぱい蹴りつけていたほどだ。

 アレクシアはグレアムの妻である。人の妻を勝手に攫って別の男と娶わせようなど、ふざけるのも大概にしろと言いたい。


「アレクシア、大丈夫だ。もう二度と誰かにお前を奪わせたりはしない」


 オルグやメロディもそばにいて、グレアムも目の届く範囲にいたから大丈夫だと油断していた。だが、もうそんな油断は決してしない。


(召喚魔術など、はじめて聞いたからな。火竜の一族は、俺が知らない魔術も操れると思っていたほうがいい)


 アレクシアの話では、火竜の一族は、何度も火竜に一族の女を娶わせてきたそうだ。クウィスロフト王家と違い、竜の血が濃いと考えていい。それゆえに扱える魔術もあるのだろう。悔しいが、ドウェインのことも単なる魔力量で判断しない方がいい。魔力量がグレアムより下だからと言って、グレアムより弱いとは決めつけられない。

 とにかく、安全な場所に戻るまではアレクシアは腕の中に閉じ込めておくのが一番安全だ。

 ぎゅっと抱きしめる腕に力を籠めると、アレクシアもすり寄ってくる。

 おかげでちょっと……いやかなり、たまらない気持ちになって、グレアムはぐっと眉を寄せた。


(これはアレクシアの安全確保のためだ。……下心なんてない!)


 ああでもアレクシアのいい香りがするなと、そっと頭に頬を寄せたとき、ロックがドウェインを捕らえて戻ってきて、グレアムは口の中で小さく舌打ちした。



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