火竜の末裔 5

「くかー!」

「……本当にこの方いろいろ大丈夫なんでしょうか?」


 嬉しそうな顔で混沌茸をかじった直後、ドウェインさんは後ろにひっくり返ってそのまま寝息をかきだしました。

 わたくしが心配する必要はないかもしれませんが、キノコに関して見境がなさすぎるドウェインさんは、変人さん過ぎてとても心配になります。

 キノコを上げると言われたら、悪い人にも笑顔でついて行きそうです。


 わたくしはドウェインさんが魔術で起こした火を消して、神父様へのお土産のキノコを入れた籠を背負いなおすと、ドウェインさんの周りに風の結界を張りました。

 ドウェインさんは魔力が強いから大丈夫だと思いますが、眠っている間に魔物がやってきたら危ないですからね。念のためです。

 わたくしがそばから離れると、風の結界は二時間余りで効力をなくすと思いますが、そのころにはきっと目を覚ますはず。……覚まさなかったら申し訳ないですが、でもこれはある意味自業自得というものですからあきらめてください。だって自分で取ってきて自分で焼いてそして自分の意志で食べたんですから。


 ……混沌茸の毒性を知っていて教えなかったわたくしも悪いとは思いますが、わたくしは逃げることが目的ですからドウェインさんが目覚めるまでおそばについていては上げられません。


 ドウェインさん、お元気で。この先も大好きなキノコがたくさん食べられるようにお祈りしておきますね。


 わたくしは心の中でドウェインさんにお別れを伝えますと、教会へ向かってきた道を歩いていきます。

 神父様にキノコを採ってくるとお約束したのですから、逃げるにしても、キノコはお届けしなければなりません。借りた本もお返しする必要がありますからね。

 一時間ほど歩いて教会にたどり着きますと、神父様が出迎えてくださいました。


「お帰りなさいませ。おや、お連れの方は?」

「……ええっと、まだ山の中でキノコを採っています。夕暮れには戻ってくると思いますから」

「そうですか。キノコ狩りがそんなにお気に召したのでしょうかね」


 ええ、とてもルンルンでしたよ。お気に召したのは間違いないです。


「こちらは昨晩の宿泊のお礼に。お泊めいただきありがとうございました」


 わたくしが籠ごとキノコを差し出しますと、籠に半分ほどしかないにも関わらず、神父様はにこにこと嬉しそうに微笑んでくださいます。


「ありがとうございます。とても助かります」

「お借りした本も、とても役に立ちました」

「それはようございました」


 キノコもお渡しして、本もお返しして、これでもう大丈夫です。

 お一人で行くのですか、と不思議そうな神父様にお礼を言って、わたくしは荷物を持って教会を後に――するはずだったのですが。


「アレクシア‼」


 教会の玄関先で神父様にお礼を言ったところで、わたくしの名前を呼ぶ、とても大好きな声が聞こえてきたのです。

 離れていたのはそれほど長い間ではなかったのに、とてもとても懐かしい声。

 背後を振り返り、空から飛び降りてきたグレアム様を見た途端、わたくしの目からぶわっと涙があふれてきました。


「グレアム様……!」


 思わず駆けだしてしまったわたくしを、グレアム様がぎゅっと抱きしめてくださいます。


「アレクシア! 遅くなってすまなかった。怖かっただろう」


 わたくしはこくこくと泣きじゃくりながら頷きます。


「こっ、怖かったです‼ だって、だってっ、あの方いつも毒キノコを食べてしびれたり痙攣したり笑いだしたりするんですよっ! もうっ、もう嫌です! あの方変人さん過ぎて怖すぎますっ!」


 グレアム様はわたくしを抱きしめたまま、ぱちぱちと目をしばたたいて、それから首をひねりました。


「………………は?」



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