火竜の末裔 4

「す、すごく……不思議な見た目のキノコですね」


 ドウェインさんが手に持った混沌茸ですが、わたくしの目がおかしいのでなければ、うごうごと動いているように見えるのです。こう、くねくねと軸や笠を左右に揺らして、そう、まるでドウェインさんの手から逃れようとするかの如く。


 ……きっ、気持ち悪いです……!


「美味しそうでしょう?」

「え? あ、は、はい、そう見えなくもないこともないような……」


 断じて美味しそうではありませんが、キノコに関するドウェインさんの感性がおかしいのは今にはじまったことではありません。

 わたくしは回れ右して逃げたくなるのを必死で我慢して、何とか笑顔を浮かべました。笑顔になったかどうか怪しいですが。だって、ここでひるんでいては計画が頓挫してしまいます。


 わたくしはドウェインさん……というよりもその手にある混沌茸と一定の距離を取りつつ、水の音が聞こえてくるあたりを指さしました。


「水の音がしますから川があるのかもしれません。少し休憩しませんか? ……あの、その手にあるキノコは、籠に入れたら逃げ出しそうな雰囲気がありますし」


 ドウェインさんは混沌茸を見下ろして、ふむ、と頷きました。


 ……どうしてそう平然とそれが見つめられるのか、理解に苦しみます。だって、動くどころか、何やら「ぐげげげげげ」と呪いのような変な音まで発し出しましたよ。もうそれ、魔物の一種じゃないんですか? 魔力は感じませんが、でもキノコじゃないと思います!


 人の中の忌避感情をものすごく刺激するキノコです。恐ろしくて、わたくしはもう直視できません。


「せっかく見つけた新種のキノコです。逃げられたら困りますね。ぜひ食べてみたいですし」


 本に載っているので新種ではないでしょうが、余計なことは言いません。

 というか、そんな恐ろしい見た目のキノコでもやっぱり食べるんですね。いえ、食べてもらわなければ困るのですが、抵抗感はないのでしょうか。あれば道端に生えているキノコを採ってそのまま口に入れたりはしませんでしょうから、ないのでしょうけど。ドウェインさんはそのうち、毒キノコを食べすぎて死にそうな気がしますよ。少しは危機感というものを持った方がいいです。


「キノコもたくさん採れましたし、姫のおっしゃる通り、川べりでキノコパーティーをいたしましょう」


 いえ、わたくしは別にパーティーにお誘いしたわけではありませんよ。

 ドウェインさんの頭の中で休憩がパーティーに変換されました。

 もういいです。いちいち訂正するのも疲れます。山の中を歩くよりも、ドウェインさんとお話しする方が体力を削られる気がするのです。


 ……キノコパーティーは結構ですが、わたくしは絶対にドウェインさんの持つ籠のキノコは食べませんからねっ。そんなものを食べたら命がいくつあっても足りません!


 ドウェインさんが「ぐげげげげげ」とだんだん笑い声にも聞こえてきた変な音を発する混沌茸を握り締めたまま、水音がする方へ向かって歩き出しました。


 ……というか、神父様からお借りした本を書いた方はすごくないですか? 文字や絵を見るに手書きのようですが、混沌茸の毒について記されているということは、これを書いた方は一度はあれを食したことがあるんですよね? ……動いて変な音を立てるあのキノコを。ドウェインさんに通ずる変人さんの匂いを感じます。


 意気揚々と進むドウェインさんの後を追うことおよそ五分。

 わたくしたちは、成人男性が横になったくらいの幅の川にたどり着きました。

 水量はそれほど多くありません。透き通っていてこのまま飲めそうな水でした。というか、ドウェインさんは気にせずその水で喉を潤し、混沌茸を洗っています。


 ……毒キノコの毒って、水に溶けませんよね? この川が流れつく先で、人々を命の危険にさらすことになるとか、なりませんよね?


 ドウェインさんは混沌茸をはじめ、籠からいくつものキノコを取り出して洗うと、近くに生えていた細い竹を刈ってきて竹串を作ると、次々にキノコを挿していきます。


「ギャッ!」


 ……今。今……、混沌茸から変な音がしましたよ⁉ ギャッて。ギャッてなんですか? 悲鳴みたいに聞こえましたが‼ やっぱりそれキノコじゃないんじゃないですか⁉


 わたくしは鳥肌すら立ってきたというのに、ドウェインさんはまったく気にしていません。

 魔術で火を起こして、キノコを焼いていきます。


「ぎゃぅあぅあわあぅあああああああ~~~~~~~」


 ひーっ!

 混沌茸が踊りながらしゃべっています。もうこれはしゃべっていると判断して間違いないと思います! いやあ! 気持ち悪いです!

 わたくしは後ずさって、後ろの方にあった木の幹にがしっと抱き着きました。


「あぅあわあああぅうううう~~~~~~」

「姫、もうすぐ焼けますからね~。ほら、美味しそうになってきましたよ」


 ……ドウェインさん、少しはその変な音を気にしてください‼ というかそれ、美味しそうに見えるんですか! 見えるんですね⁉ まだ踊ってますよ⁉ 変な音を上げてますよ⁉

 木の幹にしがみついたまま眺めておりますと、だんだん混沌茸の奇妙なダンスが緩慢になって、聞こえてくる音も小さくなりました。


「うっうっうっ」


 ……やめてください泣き声に聞こえます!


「む……ねん」


 ……今、無念って言いませんでしたか⁉


 ツッコミどころ満載ですが怖くて何も言えません。

 混沌茸は「無念」という言葉らしきものを最後に、がくっと動かなくなりました。どうやらご臨終のようです。

 ドウェインさんは「美味しそうに焼けた」とご満悦です。


「姫、さ、こっちに来てください。食べましょう!」

「……いえ、わたくしはいろいろとても疲れたので、しばらくこのとても安心する木さんに体を預けてお休みします」


 つまるところ、ここからそちらには近づきたくありません。

 混沌茸のあの奇妙な声なのか音なのかわからないものが耳にこびりついて離れませんし!


 ……うぅ、グレアム様、助けてください……‼



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