火竜の末裔 3
「キノコ狩りですか?」
「そうです。行きませんか? きっとあの山にはたくさんのキノコがあると思うのです。ええっと、無料で宿泊させてくださった神殿の方に、恩返しでキノコをお渡しするのもいいと思うのですけど」
「なるほど、それは素晴らしいお考えですね!」
キノコ好きの変人さんはちょろいです。
……ごほん! いけません。なんだか黒い笑顔を浮かべそうになりました。この方と関わっていると、わたくしは自分も知らなかった悪い自分とご対面しそうです。
翌朝、わたくしがキノコ狩りにお誘いしますと、ドウェインさんは二つ返事で了承くださいました。
「おや、キノコ狩りですか?」
わたくしたちが神殿の礼拝堂でそんなお話をしていますと、神父さんが聞きつけてお声をかけてくださいました。
「はい。宿泊させていただいたせめてものお返しに、キノコを採ってこようと思います」
旅人さんをお泊めするのは神殿では当たり前のことだとおっしゃって、神父さんはお金を受け取ってくださらなかったのです。寄付は受け取るけれど宿泊費は受け取れないとおっしゃって。
でも、キノコでしたらいいですよね?
神父さんはにこにこ笑いながら「それは助かります」とおっしゃって、一冊の本を貸してくださいました。
「このあたりには毒キノコも多いですからね。このあたりの生息するキノコをまとめておりますから、よかったら参考になさってください。毒キノコの情報も載せておりますので」
……隣ですでに行く気になっているドウェインさんが、毒キノコも平然と口入れる変人さんと知れば神父様は驚愕なさるでしょうね。
ですが、わたくしはそんな変人さんではありませんので!
もちろん籠は別々にいたします。毒キノコを入れられてはたまりません。
ドウェインさんは神父さんがご厚意でお貸しくださった本にはまったく興味をお持ちでありません。そうですよね。見つけたキノコすべて口に入れるのですから、必要ないでしょう。
もちろんわたくしはありがたくお借りいたします。お礼のキノコを採るためにも必要ですが、何より眠りキノコを探すためにも必要です。
……ふふふ。ぱらぱらとめくりましたところ、見つけましたからね。眠りキノコ。その名も『混沌茸』。何とも恐ろしいお名前です。本によると、口にした瞬間意識が吹っ飛ぶほどの威力で、このあたりの固有種なんですって。素晴らしいです!
「お昼ごろには戻ってまいります」
「ええ、お気をつけて」
神父さんに見送られて、わたくしとドウェインさんは少し歩いた先にある山へ向かいました。
さあ毒キノコ狩り……もとい、キノコ狩りへ出発です!
ドウェインさんは背中に籠を背負ってすでにルンルンです。
山に入る前からあぜ道で見つけたいかにも怪しいキノコを採取しては、ぽんぽんと籠に入れていきます。
「ドウェインさん、神父様に差し上げるキノコはわたくしが取りますから、ドウェインさんはご自身が食べるキノコだけを採取してください」
決して人に上げてはいけません。嫌がらせでしかありませんからね。
しかしわたくしの口に出さなかった心の声が聞こえなかったドウェインさんは、ぱあっと顔を輝かせました。
「姫はなんてお優しいのでしょう! では神父さんのキノコは姫にお任せします!」
別にドウェインさんのために言ったわけではございませんが、都合よく受け取っていただけたようなので放っておきましょう。言わぬが花というやつです。
山の入り口に差し掛かりますと、わたくしは神父様にお借りした本を開きました。
ドウェインさん? あの方はサクサクと山に入っていって、キノコを見つける端から採取しては籠に入れていますよ。ご機嫌すぎて、鼻歌すら聞こえてきます。
「たくさん採れそうなので、姫にも後で分けて差し上げますね」
「いえ結構です。お気遣いなく」
毒キノコなんていりません!
わたくしはゆっくりと歩きながら、まずは食べられそうなキノコを探していきます。
混沌茸は、山の奥深くに生えているようなので、もっと先にいかないとないでしょうからね。まずは神父様へのお礼のキノコを採るのです。
冬ですから、秋よりはキノコが少ないんですけど、このあたりは雪があまり降らないようなので、探せば見つかります。
ちなみにドウェインさんは、毒キノコを見つける嗅覚でも持っているのか、すごい勢いです。
キノコを採取しては山の奥へ向かって歩いていきます。
……ドウェインさんはキノコしか見えていませんから、こっそり逃げ出せそうな気もしてきましたが、逃げ出すのに失敗すると警戒されてしまいますからね。やはり混沌茸でお眠りいただくのが確実です。
「姫! 私はこの山に住みたくなってきました!」
ええどうぞ。わたくしはそれでも全然かまいませんよ。ご一緒は致しませんが。
大好きなキノコが手に入って、ドウェインのテンションは最高潮です。すごいです。この足場の悪い山の中をスキップしています。
……ある程度採取したら、ドウェインさんのことですから食べたくなると思うのですよ。そろそろ混沌茸を探したほうがよさそうです。そして、休憩にお誘いすれば絶対に食べるはず。
神父様へのお礼のキノコはそこそこ採れましたので、わたくしの方はもう大丈夫ですからね。
わたくしはぱらぱらと神父様からお借りした本を開いて、混沌茸の特徴を調べます。絵も描いてありますからとてもわかりやすいです。
……なになに? 笠の色は藍色で、夜空のように白い点が無数についていて、軸は黄色で、甘いにおいがする。笠は発光するので暗がりだと見つけやすい。そしてじめじめした場所を好むため、たまに移動する。……すっごく怪しい見た目ですね混沌茸‼ 光るんですか⁉ そして移動するってどういうことですか⁉ 歩くんですか⁉
ぞぞぞっと背筋に怖気が走りますが、気持ち悪くても頑張って探さねば。
わたくしが目を皿のようにしてそれらしいものを探しておりますと、ドウェインさんが「姫!」と今にも踊りだしそうなほどの高いテンションの声を上げました。
「見てください姫! このキノコ、はじめて見ました‼」
……あー。わたくしが探すまでもなく、ご本人が見つけてくださいましたよ混沌茸。
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