「姫」と呼ぶもの 2
葬儀はひっそりと執り行われました。
公爵の葬儀とは思えないほど簡素で静かなものでした。
ただ、参列客の方はとても多かったです。
父が生前仲良くしていた貴族の方々をはじめ、クレヴァリー公爵家を継ぐエルマン様の知人、それからエルマン様やグレアム様に近づきたい方々……。
異母姉の処刑も終わり、女王陛下は父の死を異母姉の手によるものだと公表することに決められました。
公爵家で働いていた使用人は知っておりますので、下手に隠してあとから露見するよりも、葬儀と後継発表の場で明かしたほうが後腐れがないだろうと判断されたようです。
ただ、金髪に赤い瞳の魔術師のことは伏せておくとのことでした。
ですので、関与が疑われる魔術師については、女王陛下や宰相閣下、グレアム様とわたくし、あとはマーシアをはじめとする一部の方々しか知りません。エルマン様にも秘密です。
葬儀が終わり、クレヴァリー公爵家の墓地に父を埋葬した後、わたくしはなんとなく、その墓地の端っこに足を向けました。
昔、クレヴァリー公爵家の使用人が噂しているのを聞いたことがあるのですが、わたくしの生みの母が、この墓地の端っこに小さなお墓を作っていただいているそうなのです。
……父は、母のことを少しくらいは愛していたのでしょうか。
当主とその使用人という関係です。父の気まぐれであった可能性も否めませんが、小さいながらも公爵家の墓地の敷地内にお墓を用意していただけていたということは、多少なりとも情があったのではないかと思うのです。……思いたいだけかもしれませんが。
グレアム様はお忙しそうなので、墓地の中を少し歩くと伝えて、メロディとオルグさんとともに母のお墓を探しに行けば、本当に端っこに、ひっそりと、枯れた草に埋もれるようにして小さな石の墓標が見えました。
「ここのようですね」
「はい」
このあたりは草が伸び放題のままになっていたのでしょう。枯草をそっとよけると、汚れた墓標の表にそっと指を這わします。
元は白かったのだと思いますが、今はすっかり茶色く汚れて、表に書かれている文字も読めません。
「……水よ」
わたくしは口の中で小さくつぶやいて、水の魔術を発動させました。
汚れたものを綺麗にする初級魔術でが、頑固汚れも綺麗にできるすぐれものなのですよ。
……クレヴァリー公爵家で暮らしていた時にこの魔術が使えていれば、お掃除のお仕事がとても楽だったのでしょうね。
魔術によって洗われた墓標は、瞬く間に本来の白さを取り戻しました。
「エスター……」
墓標には、その名前が刻まれていました。
……エスター。これが、お母様のお名前……。
生みの母の名前すら知らずに育ったわたくしは、きっと一生、その名を知ることはないと思っておりました。
だからでしょう。ひどく感傷的になってしまって、瞳の表面に涙の膜が張ります。
……これは瞬きをしたらダメなやつです。涙がこぼれてしまいます。
泣いているのを見られたら、きっと皆様を心配させてしまいます。
わたくしが必死で瞬きをこらえて、涙が引くのを待っていますと、メロディが無言でハンカチを差し出してくださいました。
……気づかれてしまっていたみたいです。
「ありがとうございます。メロディ」
ハンカチを受け取って、目の上にそっと押しあてます。
しばらく目の上を押さえていたら、涙もおさまると思うのです。
わたくしが、ハンカチの下で瞼を閉じ、涙が引くのを待っていた時のことでした。
……魔力の気配!
知らない魔力が、突然目の前に現れて、わたくしはハンカチから顔を上げ――息を呑みました。
「メロディ! オルグさん!」
メロディとオルグさんが、音もなく地面に倒れていたのです。
そしてわたくしの前に立っているのは――
「お迎えに上がりましたよ。『姫』」
そう、グレアム様が見せてくださった映像の、金髪の男で。
――それを認識した直後、わたくしの意識は闇に飲まれました。
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