「姫」と呼ぶもの 1
デイヴィソン伯爵家のパーティーから二日後。
女王陛下が、クレヴァリー公爵家の相続について話し合う場を設けてくださいました。
城の応接室には、グレアム様とわたくし、デイヴィソン伯爵とエルマン様がそろい、女王陛下はお出ましにはなりませんでしたが、宰相のアイヴァン様も同席なさることになりました。
わたくしには難しいので、グレアム様が代わりに整えられた書類を確認くださいました。
内容に不備はないとのことで、次にエルマン様が書類を確認し、わたくしとエルマン様の順でサインを入れます。
この書類が女王陛下に受理されれば、エルマン様はエルマン・クレヴァリー公爵です。
合わせて、父の葬儀の話も進めることになりました。
父の娘はわたくしですが、次期公爵はエルマン様ですので、エルマン様が喪主として葬儀を執り行うことになります。
……押し付けてしまうようで、本当に申し訳ないです。
さすがに娘であるわたくしが葬儀を欠席するわけには参りませんので、葬儀には参加いたしますが、あくまで参列という形になります。もちろん、ご協力できるところはご協力する所存ですが、実はすでにデイヴィソン伯爵がほとんどの手はずを整えていらっしゃったので、あまりすることはありません。
エルマン様は王都のクレヴァリー公爵家も相続なさることになりますが、わたくしたちが王都に滞在する間は自由に使ってくれて構わないとおっしゃってくださいました。
まあ、グレアム様が使用人を全員解雇なさいましたから、使用人の求人を出すところからしなければなりませんからね。移り住むにも少々時間がかかるようです。
「ちなみに、庭に置いてあるあの魔術具は……」
「王都での用が終わったら持って帰る」
「……そうですか」
エルマン様、グレアム様がコードウェルから持ってきた結界の魔術具を狙っていたようです。
ですが、あれは公爵家に備え付けのものではないので、グレアム様は、当然回収して帰るとおっしゃいます。
……まあ、あの結界の魔術具は、不審者が侵入するとグレアム様に知らせが行くように作ってありますから、置いて帰ってもあまり意味がないですよね。侵入者があるたびにグレアム様に連絡が入っても大変ですし。
父の葬儀は三日後に執り行うそうで、わたくしは葬儀が終わればコードウェルに帰ることになりました。
ブルーノさんとデイヴィソン伯爵のお嬢様たちとの顔合わせは、来月行われるそうで、わたくしは同席いたしませんが、結果はお知らせくださるとのことです。
ちなみに、デイヴィソン伯爵家の跡取りだったエルマン様がクレヴァリー公爵家を継いでくださることになったので、デイヴィソン伯爵家は次男の方がお継ぎになることになりました。
正式に爵位を継げば、領地の管理などで忙しくなりますから、エルマン様は魔術具研究所を退職なさるそうです。
ただ、グレアム様を見習って、魔術具研究自体は続けられるそうで、アドバイスが欲しいとグレアム様にお願いされていました。
グレアム様はちょっと面倒そうな顔をなさいましたが、わたくしにはわかります。仲間が増えて、嬉しいのですよね。
「それはそうと、闇の魔石や光の魔石はどこで手に入れられたんですか。いい加減教えてください」
相続手続きが完了するや否や、エルマン様は身を乗り出してグレアム様にお訊ねになります。
デイヴィソン伯爵が咳ばらいをしましたが、それすら聞こえていない様子です。
「秘密だ」
ハクラの森の魔物の墓場のことは内緒なので、グレアム様はもちろん教えて差し上げません。
「そこを何とか!」
「……エイデン国で少し採掘させてもらった」
「エイデン国でしたら私は行けないではないですか!」
「あきらめるんだな」
クウィスロフト国には本当に魔石が取れるところが少ないようで、エルマン様は悔しそうです。
「クレヴァリー公爵家のどこかで魔石が取れるところはありませんかね」
「クレヴァリー公爵家を回ったことはないからわからんな。もしかしたら、人があまり入り込まない森や山にはあるかもしれんが、魔物もいるからな。むやみに歩き回るものじゃない」
クウィスロフトは竜が眠る国ですし、グレアム様が強力な魔力の保有者なので、魔物は少ない国なのです。いても、国境付近や、深い樹海の中などで、人が足を踏み入れるような場所にはあまりおりません。
ごくまれに人里に現れることはありますが、討伐した場合は、魔物は魔石にはなりません。ただ崩れて消えるだけでございます。寿命を迎え、肉体が粒子となって消えながら、血液が自然と一か所に凝固し結晶なることで魔石になるのです。
そして魔物は己の寿命を悟ったときは、人目に付かない山や森の中でひっそりとその命を終えます。魔物であっても最期は安らかにその命を終えたいもの。魔物以外の強い魔力の感じられる危険な場所は、死に場所には選びません。
だからクウィスロフトには魔石が少ないのです。
「準備をしっかり整えて探索することにします」
エルマン様、あきらめませんね。
魔術具の研究者は、本当に魔石が大好きなようです。
グレアム様がお約束した光の魔石はコードウェルにありますから、コードウェルに戻った後で届けるとグレアム様がエルマン様におっしゃいます。
しばらくはその魔石で満足して、領地を散策するのは控えてほしいものです。領主になったばかりで、万が一ということがあったら大変ですからね。
「もうよろしいですかな?」
まだまだ魔術具について話したそうなエルマン様を見て、アイヴァン様がごほんと咳ばらいをしながらそう締めくくりました。
エルマン様にお任せしていたら、いつまでたっても終わりそうにありませんから。
――わたくしはあとになって知りましたが、今日のお話し合いをしている陰で、異母姉の処刑がひっそりと執り行われたそうです。
異母姉は罪人で処刑された立場ですから、葬儀は執り行いません。
わたくしの知らない間に、クレヴァリー公爵家の墓地に埋葬されたと、後日教えていただきました。
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