パーティーはキラキラでにぎやかでちょっぴり緊張します  5

 デイヴィソン伯爵家のパーティーは、とても華やかなものでした。

 いえ、わたくしが知らないだけで、パーティーとはどこも華やかなものなのでしょうけれど、でも、きらきらして眩しい雰囲気に圧倒されます。

 デイヴィソン伯爵に挨拶をした後、伯爵の案内でパーティー会場である大ホールに案内されましたが、すでに大勢のお客様がいらっしゃいました。


「また後程参りますので」


 まだお客様のお出迎えが残っている伯爵は、にこやかにそうおっしゃって去っていきました。


 ……あの、なんだかすごく注目されている気がします。


 使用人の方がドリンクを聞きに来られましたので、グレアム様がノンアルコールのドリンクを二つ頼みました。

 ややして持ってこられたのは、薄ピンク色の可愛らしいドリンクでした。

 グレアム様はドリンクを受け取って、わたくしの手を引いて端っこの壁際へ向かいます。


 わたくしたちが移動するのを、皆様が視線で追いかけてきます。

 グレアム様は王弟殿下ですし、大魔術師様ですから注目されるのはわかるのですが……、わたくしのこともじろじろ見られている気がするのはなぜでしょう。


 壁際に異動すると、ドリンクを飲みながら周囲の様子を伺ってみます。

 大勢の方がこちらを見ていらっしゃいますが、近づいてくる方はいらっしゃいません。

 ゆったりとしたワルツが流れていて、ダンス中の方もいらっしゃいます。

 お食事も提供されているようですが、お食事中の方はあまりいらっしゃいませんね。

 おしゃべり中の方が一番多いです。

 エルマン様のお顔は存じ上げませんが、この中にいらっしゃるのでしょうか。

 玄関にはいらっしゃいませんでしたので、きっと会場にいらっしゃるとは思うのですが。


 今日の目的は、デイヴィソン伯爵とエルマン様へのご挨拶です。特にエルマン様には公爵家をお願いせねばなりませんから、しっかりとご挨拶せねば。

 女王陛下が相続に当たっての話し合いの席は別に設けてくださるそうですが、こちらはお願いする身ですから、エルマン様をご不快にしないように気を付けなければなりません。


 ちびちびとドリンクを飲み終わったころになって、招待客の方が揃ったのでしょう、デイヴィソン伯爵がこちらへいらっしゃいました。

 ホールの前方に立たれて皆様へ向けてご挨拶なさいます。

 父はくどくどとしゃべる癖がありましたが、デイヴィソン伯爵は快活に短く要点のみお話される方のようで、挨拶はすぐに終わりました。

 伯爵は、声をかけてくる方ににこやかに応じながらも、まっすぐこちらへ向かって歩いてこられます。


「殿下、アレクシア様、お待たせいたしまして申し訳ありません」


 伯爵にアレクシア様と言われてちょっとびくっとなりましたが、そうでした。わたくしはグレアム様の妻なので、身分的なことを考えると様付けで呼ばれる立場なのです。……落ち着きませんが、慣れなければなりません。


「あの、デイヴィソン伯爵。父の件では、いろいろとご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」


 わたくしがコードウェルにいたので、父が死んだ後の細々としたことはデイヴィソン伯爵が代わりにしてくださったようなのです。

 後継を指名する前ですから、父の葬儀はまだ執り行っておりませんが、遺体が腐らないように保管する手続きをしてくださったのも伯爵です。


 ……貴族の当主が亡くなった場合、喪主は後継者になりますから。後継者を決めないと、葬儀ができませんからね。


 普通は長子、もしくは長男が継ぐので、問題にはなりませんが、父の場合は異母姉が罪に問われておりますし、わたくしも継ぎませんから。


「いやいや、大したことではありませんよ。それよりも、アレクシア様こそ大変でしたね」

「いえ、わたくしは……。グレアム様がほとんどのことをなさってくださいましたから」


 後継者を指名する書類も、本来であればわたくしが発行依頼を出して、手続してと、準備をしなければならないのに、グレアム様や女王陛下、そしてアイヴァン様がなさってくださいましたので、本当に何もしていないのです。……やり方もわからなかったので、皆様が気を回して下さって、すごくすごく助かりました。


「それで、息子のエルマンで本当によろしいのでしょうか?」

「エルマン様が大丈夫であれば、わたくしはぜひお願いしたいと思っております」


 エルマン様は女王陛下が太鼓判を押すほど、能力的にも性格も優れた方だとお聞きしています。

 魔術が使えるほど魔力もお持ちで、魔術学校も卒業され、現在は王立の魔術具研究所に籍を置いているそうです。

 そのため、魔術具研究がご趣味で、次々に優れた魔術具を生み出すグレアム様をとても尊敬なさっているのだとか。

 デイヴィソン伯爵は「それであれば」と頷いて、後ろを振り返りました。


「エルマン」


 伯爵が声を掛けますと、少し離れたところから一人の青年がこちらへやってきます。

 茶色の髪に緑色の瞳の、やせ型の男性です。グレアム様よりも身長が低くて、平均的な男性の身長かと思われます。穏やで優しそうな方でした。

 彼が、デイヴィソン伯爵の長子、エルマン様だそうです。

 エルマン様は挨拶を交わした後で、きらきらと瞳を輝かせてグレアム様を見ました。


「殿下、お会いしたかったです! 魔術具のことで質問したいことがたくさんありまして! と言いますか、それは闇の魔石ですよね⁉ アレクシア様はほかにもたくさん……光の魔石‼ えっ、どこで手に入れたんですか⁉ 今、光源の魔術具の研究をしているのですが、光の魔石が手に入らなくて悩んでいたんですっ! アクセサリーにするなら私に譲ってください‼ いえ、言い値で買い取ります‼」

「こ、こら、エルマン!」

「…………そ、その話は今度にしないか?」


 エルマン様の熱量にグレアム様が少しだけ身を引きました。

 エルマン様はわたくしの髪飾りをうらやましそうにじーっと見つめています。


「魔石を加工する際に出たくず魔石とかでもいいんですけど、ないですか?」


 デイヴィソン伯爵に注意されても、あきらめきれないようです。


「加工の際に出たくず魔石は魔石商にやった」

「なんですって⁉ もったいない‼ どこの魔石商ですか⁉ 買い取りに行きますから売らないように言っておいてください‼」


 ……熱量はすごいですが、なんだかグレアム様とお話が合いそうな方です。


 でも、グレアム様が大量に魔石を保有しているとわかると、とても面倒なことになりそうな予感がします。

 エルマン様が研究中の光源の魔術具とは、火がなくとも灯りが灯せる魔術具だそうです。夜や曇った日に灯す灯りは、蝋燭や油が主流ですから、それが原因で火事が起こったりします。ですが光源の魔術具に成功し、量産できるようになれば、その危険がなくなるそうです。


 ……光の魔石がとても希少だと言う一番の問題がありますから、光源の魔術具が無事に成功しても、各家庭に普及するのは難しいでしょうけどね。


 エルマン様がわたくしの髪飾りをものすごくねらっていらっしゃいますので、これは差し上げたほうがいいのでしょうか。視線の強さがいたたまれません。


「一センチ程度の小さな魔石でいいなら一つ融通してやるから、アレクシアに視線で圧力をかけるのはやめてくれ」

「本当ですか⁉」


 とうとうグレアム様が折れました。

 エルマン様がぱあっと顔を輝かして、デイヴィソン伯爵が額を押さえて溜息をつきます。


「愚息が申し訳ありません。あの、本当に愚息が後継でよろしいのでしょうか?」

「一番は、コルボーンとうまく付き合えるかだ。その点エルマンは大丈夫だと陛下から聞いている」

「それは、まあ」

「獣人の方ですよね! ぜひ仲良くさせていただきたいですね! 彼らの話を聞けば魔術具研究のいいヒントになるでしょうし、できれば魔石の発掘に協力いただけるとすごく助かります!」

「……動機が不純だが、まあ、大丈夫そうだな」


 グレアム様がこめかみを押さえて眉間にしわを刻みました。

 確かに動機が不純そうですが、エルマン様には獣人の方々への偏見はなさそうですから、きっと大丈夫でしょう。

 獣人の方はお強い方が多いですからね。魔石を取りに行くのなら、一緒に来ていただける方が心強いのはわかります。魔力が強いと、魔物が寄ってきにくくなりますし。

 具体的な相続のお話は後日席が設けられるので、この場では親交を深めるのが目的ですが……なんだかもう充分親交が深められた気がします。

 だって、エルマン様はとてもご満悦そうですから。


「あともう一つあるんだが。ブルーノの嫁が必要なんだ。コルボーンの跡取り問題があってな。できれば他領が余計な口を挟まないよう、跡継ぎは貴族の血を引いた子が望ましい」


 グレアム様とエルマン様のお話の邪魔をしてはいけませんので、一歩下がって見守っておりますと、グレアム様が思い出したように言いました。

 異母姉が罪を犯して拘束されましたからね。ブルーノさんには新しい奥様が必要です。

 デイヴィソン伯爵が顎に手を当てて考え込みました。


「うちの二人の娘のどちらかを出すのは構いませんが、まずは顔合わせをしてから考えたいですな」


 デイヴィソン伯爵のおっしゃることはもっともだと思います。

 デイヴィソン伯爵のお嬢様もそうですし、ブルーノさんも、やっぱり好感が持てる方と結婚したいでしょうから。


「娘はいくつだ?」

「上が十八、下が十六ですな。上の子は婚約していたのですが、相手が昨年病で他界しましてね」

「……そうか。では、あまり無理強いするのもな」

「ええ。ですから、できれば娘の気持ちを優先したいのですよ」

「わかった。ブルーノに言って、後日顔見せの席を設けよう」


 ブルーノさんの件の話が終わりますと、エルマン様がうずうずしながらグレアム様の手をがしっとつかみました。


 ……ああっ、手袋をしているからお気づきでないのかもしれませんが、そちらは怪我をしている方の……!


 グレアム様がわずかに顔をしかめましたが、エルマン様は気づかない様子で、まくしたてるように言いました。


「別室にて、魔術具についてお話をしたいのですが‼」


 ……今夜は、長くなりそうです。



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