王都へ向かうことになりました 3
久しぶりに返ってきたクレヴァリー公爵家でしたが、あまり「帰ってきた」という感じはしませんでした。
ここには思い出らしい思い出がないからでしょうか。
ここで暮らした日々を思い出そうとしても、悲しいこと、つらいことしか思い出せませんから。
ただ、使用人がたくさんいて、とても賑やかだったのは覚えているのですよ。
使用人たちはプロの方たちなので、あまりおしゃべりをするわけではありませんでしたが、話し声という意味ではなくて、そこに人がいるだけで感じられる賑やかさというものがありました。
掃除の音、お洗濯の音、料理の音。
わたくしも使用人のお仕事をしておりましたから、余計にそういった仕事の音を覚えているのかもしれません。
けれども、グレアム様がここで働いていた使用人を全員追い出してしまいましたから、今はがらんとしています。
この邸は、権利上わたくしのものなのだそうです。
ですから、わたくしの夫(照れてしまいます……!)であるグレアム様が、わたくしの代わりに使用人を解雇しようと、問題はありません。
……まあ、不満は出たとは聞きましたけど。メロディによれば、グレアム様はそんな不満には一切取り合わなかったそうです。
コードウェルから一緒にやってきたメロディとマーシア、そして獣人さんたちが、邸の中を確認している間、わたくしはグレアム様とダイニングで休憩を取ることになりました。
休憩と言いましても、鳥車で移動してきましたので、あっという間でしたし全然疲れてはおりませんけれどね。
公爵邸には、食糧や茶葉も残っておりましたが、マーシアが念のためにすべて入れ替えると言いました。残っていた食料や茶葉は全部処分だそうです。
もったいないですが、安全確保のためと言われれば仕方がありません。
こちらで邸の細々としたことを担当くださる獣人の方々をたくさん連れていきますので、鳥車はグレアム様が購入したもの以外にエイデン国からお借りしました。合計四代の鳥車での異動で、とても目立ったのでしょうね、公爵邸の周りには人だかりができています。
ただ、グレアム様が持ってこられた結界の魔術具を作動いたしましたから、門より中には入っては来られません。
そこそこ力のある魔術師であれば結界内に侵入も可能だそうですが、誰かが侵入した場合、グレアム様がすぐに感知できるらしいです。そのように、結界の魔術具を改良したのだとか。
ただ……前庭にドーンんと半円状の魔術具が置かれていますからね。とても目立つのです。すでに門扉の外では、庭の魔術具についてわいわい騒がれているようでした。
……王都には王城にしか結界の魔術具がありませんもの。しかもさらに改良されて性能が上がっているものが、一公爵邸にあればそれは騒がれるでしょう。
「姉上との謁見は明日だ。面倒なことだが……まあ、この状況では無視できない」
グレアム様が何気なく天井を見上げながら言いました。
クレヴァリー公爵邸のそこかしこに、魔力の残滓があるのです。
コルボーンと同じで、魔石に込めた魔力のような、純粋な魔力の気配が残っています。ここも、風と火、光と闇の魔力です。
「使用人がダリーンが帰ってきたことに気づいていなかったというのだから、直前まで魔術で姿を消していたのは間違いない。魔術師と一緒にいた可能性が高いだろう。だが、公爵を殺害した後はその魔術は解かれていた。……魔術師も、もうここにはいない」
「お姉様に、その魔術師が協力していたということですよね。でも、協力していたのなら、お姉様が逃げ出すまで魔術を使用して姿を見えなくしていると思います」
「ああ。ダリーンの目的が公爵を殺すことだったのなら、逃亡まで手助けするのが普通だ。もし突発的に殺してしまったのだとしても、そのまま見捨てたというのが解せない。もっとも、そういう約束だったという可能性もあるがな」
「約束?」
「自分をクレヴァリー公爵家まで届けてほしい。これならば、届けた後で放置されるのもわからなくもない。だが、それでも、いったいダリーンがどうやって魔術師を雇うことができたのかという疑問が残る。ダリーンには閉じ込められて監視が付けられていた状態だったからな」
お姉様が事前に魔術師に頼んでいたというのも考えにくいです。だって、お姉様がブルーノさんに嫁ぐことが決まったのは急なことで、準備する暇もなく強制的にグレアム様とエイブラム殿下がコルボーンまで送り届けたと聞きました。公爵家から侍女も連れて行っておりません。
「少なくとも、風と火、光と闇の複合魔術を使用できる魔術師だ。雇ったにしても莫大な金品を要求されるだろう。ダリーンにそんな金があったとは思えない」
風と火、光と闇の複合魔術が使用できるほど力の強い魔術師は、グレアム様はご自身を除けば二人しか知らないそうです。しかし、その二人のことを探りましたが、お二人が異母姉に関わった可能性は皆無とのことでした。つまり、ほかの魔術師の方が手を貸したということですが、クウィスロフトにはもう、それほど力の強い魔術師はいないそうです。
考えられるのは、この国の住人で魔術学校へ行かず、こっそりと独学で魔術を学んできたもの。もしくは他国の魔術師のどちらか。
前者は、グレアム様によればよほど特殊なケースで、可能性はなくはないが、あまり高くはないということでした。
なので、他国の魔術師が介入しているとみるべきだろうと。
……わざわざ、他国の魔術師がお姉様に手を貸した理由は何なのでしょう。
グレアム様はこれは無視できない案件だとおっしゃいました。
さすがに他国の魔術師が介入し、そして公爵の殺害を幇助したのであれば看過できない問題です。
これは、王の威厳にも関わるのです。
この国で好き勝手されて、女王陛下が黙っていられるはずもありません。
かといって、これだけの力を持った魔術師が関わる問題です。国の魔術師団では荷が重いでしょう。相手の魔術師の力も未知数ですので、グレアム様が動かれるのが最良なのです。
……それは、わかっているのですけどね。
「あの、それほどに強い魔術師さんが相手で、危険はないのでしょうか?」
「だからこその魔術具だ。心配しなくとも、アレクシアは俺が守る」
「いえ、あの、そうではなくて……。わたくしではなくて、グレアム様は、危険ではありません……よね? 大丈夫ですよね?」
グレアム様は国で一番の大魔術師様です。わたくしなんかが心配するなんておこがましいのはわかっております。でもやっぱり、心配なのです。
グレアム様はきょとんとしてから、ふわりと微笑みました。
「ああ、大丈夫だ。……だが、妻に心配してもらえるのは、気分のいいものだな」
グレアム様が腕を伸ばし、ちょんちょんとわたくしの頬をつつきます。
そして、口づけの代わりに、指先でふにっとわたくしの唇を押してから、ダイニングの扉に視線を向けました。
「どうやら邸の確認が終わったようだ」
グレアム様がおっしゃった通り、メロディが呼ぶ声が聞こえてきました。
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