王都へ向かうことになりました 4

 翌日、わたくしはグレアム様と一緒に王城へ向かいました。

 こういうのは体裁も必要で、それほど距離は離れておりませんが馬車で向かいます。

 グレアム様は面倒がったのですが、マーシアに押し切られて渋い顔をしていらっしゃいました。


 馬車は公爵家に残っておりましたから問題ございません。

 使用人を解雇したときに厩舎係も解雇しておりましたが、馬の面倒は、ロックさんに頼んで諜報隊に見させていたそうです。

 いつまでも諜報隊の皆さんにお願いするわけにはいかないのですが、どのみち、わたくしが後継を指名すればその方が邸の管理をすることになりますから、それほど長い間ではないのでいいだろうとグレアム様はおっしゃいました。


 ロックさんだけは肩をすくめていらっしゃいましたけど。

 諜報隊は雑用係ではないので、雑用に使うなら別に雑用係を作ってくださいと少々お疲れな顔で愚痴をこぼしていらっしゃいました。

 グレアム様は笑って「そのうちな」とおっしゃいましたが、きっとグレアム様がロックさんたち諜報隊を重用するのはそれだけ信用しているということでしょうから、新しい「雑用係」の部署は作られない気がしております。


 ……今も、ロックさんが御者を務めていますからね。ちょっと申し訳ないですが、ご本人は文句を言いつつもなんだかんだとグレアム様のご命令を聞いていますから、内心では諦めているのだと思われます。


 城の玄関に到着し、グレアム様が馬車を降りますと、周囲が触りとしました。

 グレアム様に手を借りて馬車を降りたわたくしを見ても、またざわりといたします。


 ……目の色に反応しているのでしょうね。


 わたくしも金光彩が入る赤紫色の瞳ですが、グレアム様は綺麗な金色をしているのです。

 クウィスロフトの、特に貴族は金色の目を「竜目」と言って恐れるので、この反応は致し方ありません。

 遠巻きにこちらを見ながらざわざわと何事かを囁く皆様を、グレアム様が睥睨して黙らせました。

 そうして玄関の扉をくぐったところで、中から転がるように長い黒髪の男性が走ってこられました。


 ……あ、宰相さんです。


 宰相さんは、グレアム様に嫁ぐ前、スカーレット女王陛下に謁見したときにお会いしたので覚えております。

 当代の宰相さんは三十代後半ほどの、この役職に就くには若い方です。

 お名前をアイヴァン・デラニー様とおっしゃいます。デラニー伯爵で、チェンバル公爵のすぐ下の弟君にあたります。


「なんだ、アイヴァン大臣か……ああ、今は宰相だったな」

「大臣でも宰相でも好きに呼んでいただいて構いませんが、来られる前には先触れをくださいとお伝えしているでしょう⁉ まったく、いつも唐突に来られるから、出迎えの準備が間に合わないではないですか!」


 アイヴァン閣下は、高位の貴族には珍しく、獣人や金色の目に差別意識のない方です。グレアム様相手にぷりぷり怒っている様子を見るに、仲がよろしいのだと思います。


「先触れというが、今日来ることはわかっていただろう。呼び出したのは陛下だ」

「そうだとしても、何時に来るとか、いろいろあるでしょう! ちなみに陛下はただいまご入浴中ですので、謁見の準備が整うまでお部屋でお待ちくださいませ」

「昼間から風呂? ……ああ、お盛んなことだ」

「そういうことは口にしない!」

「ふ。俺は先祖返りで強い魔力を持って生まれたが、姉上は先祖返りで強い性欲を持って生まれたからな」

「だから、そういうことは言わない!」


 ……ええっと、よくわかりませんが、どうやら竜は子供ができにくい体質だそうで、そういった行為に対する欲求がとても強いのだそうです。その性質が、女王陛下に強くあらわれているということでしょう。


 なるほど、女王陛下がたくさんの男性をそばに置かれているのは、そういった事情があったのですね。


「今子供が何人だ?」

「……男女合わせて五人いらっしゃいます」

「六人目もそのうちできそうだな」

「王位継承権はどなたにも与えていらっしゃいませんけどね。おかげでどなたもとても自由でいらっしゃいますよ」


 はあ、とアイヴァン様が溜息をつきました。


「自由なのは結構だが、せめて有事のときに姉上を支えられるくらいには鍛えておけよ。というか、何かあるたびに呼び出されるのはかなわんからな」

「そういうことは陛下御自身におっしゃってください」


 行きますよ、と言いながらアイヴァン様が歩き出します。

 なんでも、グレアム様がここにお住いのときに使っていた部屋へ向かうそうです。

 十五歳の時にコードウェルへ行き、それ以来ほとんど城には帰らなかったグレアム様ですが、いつ帰ってきてもいいようにお部屋は整えておくようにと女王陛下が使用人にお命じになったのだとか。


「お飲み物を用意させましょう」

「ああ。そういえばダリーンはどうしている」

「取り乱して騒ぎ通しでしたので、鎮静剤を打って静かにさせています。今は地下牢ですよ」

「母親とは――」

「もちろん離しております」

「ああ、ならいい。まあ近いところに置いたところで何もできないだろうが、念のためにな」


 アイヴァン様がメイドを呼んで、ティーセットを運ばせました。

 時間がかかるかもしれないので、ロックさんはクレヴァリー公爵邸に戻っています。また帰る頃に迎えに来てくださるそうです。


「あれから何か証言したか?」

「いえ、何を聞いても『わたくしは悪くない』しか言いませんよ。自分を獣人の生贄にした女王陛下が悪い、父親が悪い……まあ、そんなことばかり言っています。あの様子を見るに、父親を殺したのは自分を獣人に嫁がせたことによる恨みな気がしますね」

「そう考えるのが自然だな」


 ……お姉様は、殺したいほどお父様を恨んでいたということでしょうか。わたくしが記憶する限り、お父様とお姉様はとても仲がいい父娘でしたのに。


「では、私は仕事があるのでこれで。陛下の謁見の準備が整いましたら後程お迎えに参ります」


 アイヴァン様は宰相様ですからとてもお忙しいのです。いつまでも来客の相手はできません。

 グレアム様もそれがわかっているから、「ああ」と鷹揚に頷きました。

 グレアム様は十五歳までお城で暮らしていましたから、勝手はご存じですからね。

 アイヴァン様が部屋から出ていきますと、グレアム様は優雅にティーカップに口をつけながら、ぽそりと「退屈だな」とおっしゃいました。


「アレクシア、退屈しのぎに城でも散策しないか」


 わたくしはこの目のことがありますから、どうしても人目が気になってしまうのですけど、グレアム様が一緒なら大丈夫な気がします。


 ……お城の中を散策するのは面白そうですし。


 だからわたくしはティーカップを置いて、大きく頷きました。


「はい!」

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