ダリーンの捕獲 3
「大丈夫か、アレクシア」
執務室に二人きりになると、グレアム様がわたくしの頬を包むように手を添えて顔を覗き込んでこられました。
グレアム様の少しかさついた手のひらと、指輪の感触がします。
こつんと額が合わさって「アレクシア?」と優しい声で名前を呼ばれます。
でも、わたくしは、どうしていいのかわかりませんでした。
どう返事をしていいのか。
何と言っていいのか。
自分のことなのに、自分の感情がよくわからないのでございます。
言ってみれば、虚無という言葉が違いのでしょうか。
何も考えられないのでございます。
感情の整理がつかないのではございません。そもそも、その感情がわからないのです。
グレアム様はわたくしの頭を撫で、引き寄せ、それから少し考えられてから、わたくしを膝の上に横抱きに抱きかかえました。
抱きしめられます。
温かいです。
グレアム様の鼓動が聞こえます。
「アレクシア。悲しいか?」
わたくしはゆっくり首を横に振ります。
「では、苦しいのか」
これにも首を横に振ります。
違う。違うのです。違う――
「悲しくないです。苦しくもないです。寂しくもないです。……そうです。親が死んだのに、わたくしは悲しくも苦しくも寂しくもないんです……! わたくし、おかしいのでしょうか。どうして悲しくないのでしょう。どうして苦しくないのでしょう。何故、寂しいと思えないのでしょう。わたくしは冷たいのかもしれません。だって、普通は……!」
「いいんだ」
グレアム様がわたくしの頭を抱き込むようにぎゅっと抱きしめます。
幼子にするように、ぽんぽんと優しく頭を叩いてくださいます。
「いいんだ、アレクシア。悲しくなくていい。苦しくなくていい。寂しくなくて当然だ。だってお前は、通常なら与えられていた家族の情を、与えられてこなかったのだから。あれはお前の父親ではない。父親の資格なんてない。だからお前が悲しまないのも当然なんだ。お前が冷たいんじゃない。悲しめないからと言って、心を痛める必要なんてないんだよ」
「でも……」
「あれは他人だ。お前の親じゃない。だから気にしなくていい。お前が苦しむならこの件に関わらなくたっていい。後は俺が適当に何とかするから、だから、そんな顔をするな」
いったいわたくしは、どんな顔をしているのでしょう。
わたくしはわかりません。
ただ、わたくしを見つめるグレアム様は、とても痛そうな表情をされています。
「あれはお前の家族じゃない。お前の家族はここにいる。俺やメロディ、マーシア、デイヴ。バーグソンのじじいだってそうだ。他の使用人たちも、住人も……。このコードウェルにいるのが、お前の家族だ。どうだ、大家族だろう? だから、あんな偽物のことなど忘れてしまえばいい。血のつながりという、くだらないものだけでお前を縛った、あんな連中のことなど」
血のつながりが、グレアム様はくだらないと言います。
わたくしはいらないものでしたが、一応貴族の娘でしたから、血のつながりこそが尊いものだという教えを受けました。
血のつながった家族のために行動しなければならない。それが義務で、仕事で、だから有力な貴族に嫁ぐのであって、それができないわたくしは出来損ない……。
血のつながった家族は尊いものです。家族のために生きなければなりません。……でも。
……わたくし、血のつながっていないグレアム様やここにいるみんなと家族の方がいいです。お父様やお姉様たちより、ここのみんなと家族がいいです。
わたくしはゆっくり目を閉じで、グレアム様に体を預けます。
全部納得できたわけではございません。
まだたくさん戸惑いもあります。
悲しくないけれど、父の死はまだわたくしのなかで消化しきれていません。
でも、ちょっと安心しました。
グレアム様が、こんなわたくしを家族と呼んでくださったから。
わたくしを冷たくないと言って、大丈夫と言って、こうして抱きしめてくださるから。
髪を梳くように、優しく頭を名でくださるのがとてもとても気持ちがいいです。
グレアム様の鼓動は安心します。
わたくしより少し高い体温はぽかぽかします。
顔を上げると、額に口づけてくださって、それから鼻先。そして唇。
軽く触れあって、深くなって、また啄むように軽い口づけが何度も。
こつんと額を合わせて、そして微笑んでくださいます。
「どうする? もう、この件は聞かずにおくか?」
わたくしが聞きたくないと、関わりたくないと言っても、グレアム様は微笑んで許してくださるでしょう。
でも、――わたくしは逃げてはだめなのだと思います。
何が起こったのか。どうして父は死んだのか。異母姉はなぜ父を殺したのか。
「いえ、わたくしも、知りたいです」
わたくしは、それを知らなくてはならないと、漠然と思うのです。
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