ダリーンの捕獲 2

「旦那様‼」


 異母姉の件で、王家との連絡役を務めていたロックさんが血相を変えて帰ってきたのは、結婚指輪が完成した翌日のことでした。

 わたくしがグレアム様と、中庭で魔術訓練を行っていたときです。

 指輪ができたので、せっかくだから、光と闇の複合魔術の、姿を消す魔術を教えてくれるとグレアム様がおっしゃって、その練習をしていた時のことです。


 姿を消す魔術は高度な魔術なので、習得に時間がかかりますが、魔力量は問題ないので慣れれば使えるようになるだろうとグレアム様がおっしゃいました。

 正直、日常生活で使い道があるものではないと思われますが、不審者が現れたときに姿を消して隠れることができるから覚えておいて損はないそうです。

 メロディも、姿が消せれば、姿を消してから相手に反撃できるから有利だと言っています。


 そんな危険な状況に陥りたくはありませんが、二人のおすすめですから頑張って習得しようと、何度も練習を繰り返していたところへ走ってきたロックさんが、グレアム様に何かを耳打ちなさいました。


「クレヴァリー公爵が死んだ⁉」

「え⁉」


 グレアム様の驚きの声に、わたくしも飛び上がりました。


 ……クレヴァリー公爵、ということは、お父様のことですよね?


 死んだって、どういうことですか?


 わたくしが目を見開いて茫然としておりますと、メロディが駆け寄ってきてそっと手を握ってくれます。

 グレアム様が場所を移動しようとおっしゃいますので、グレアム様の執務室へ向かいます。

 メロディが心配そうな顔をしていますが、大丈夫ですよ。驚いていますが、ちゃんと歩けます。

 グレアム様の執務室に到着しますと、メロディがお茶の用意をするために部屋を出ていきます。

 ですが、お茶が準備されるまでのんびり待っていられるような状況ではないようです。


「クレヴァリー公爵が死んだというのはどういうことだ。何か持病でもあったのか?」


 父に持病はないと思いますが、わたくしはあまり父と関わったことがありませんので詳しくは存じません。

 ロックさんを見れば、首を横に振りました。


「持病ではなく、殺されたようです」

「殺された……?」


 父は公爵です。わたくしに難しいことはわかりませんが、政敵というものもいたはずです。恨みを買うことも……コルボーンの内乱騒ぎを見れば、なかったとは言えません。ですが、曲がりなりにも公爵家です。邸には護衛がおりましたし、警備も厳重です。不審者が簡単に入り込めるようなところではありません。外出中に狙われたのだとしても、護衛をつけて移動しますから、よほどのことがない限り命までは取られないと思うのです。


「いったい誰が公爵を殺したんだ」


 ロックさんはちらりとわたくしを見て、静かに答えました。


「ダリーン・コルボーン子爵夫人です」

「お姉様ですか⁉」

「ダリーンが公爵家に戻っていたのか⁉」


 わたくしとグレアム様の声が重なりました。


「公爵家の者の話では、ダリーンが戻ってきたことには誰も気づいていなかったようです」

「……なるほど、例の魔術か。となると、魔術師がずっと一緒に行動していたことになるが……」

「そうかもしれませんが。ダリーンが拘束された時に他に不審者はいなかったようです」

「拘束できたのか? ということは、犯行時には魔術はかかっていなかったんだな」

「そう聞いています」


 グレアム様とロックさんの話が続いておりますが、わたくしは頭がいっぱいいっぱいでよく理解できそうもありません。

 ロックさんがおっしゃったように、異母姉が父を殺したのだとすると、理由がわからないのです。

 異母姉は父に可愛がってもらっていたはずです。わたくしのようにいらない子ではありませんでしたから、いつも仲がよさそうにしていました。


 それに、異母姉に武術の心得はありません。魔術も使えません。体格を考えると、異母姉が父を殺そうとしても、不可能だと思うのです。

 わからないことだらけです。

 わたくしが理解できるのは、父が死んだことと、異母姉にその殺害の容疑がかかっているという事実だけです。


 ……ああでも、本当にお父様は亡くなったのですね。


 わたくしはうつむいたままついぼーっとしてしまいます。

 わたくしは父にとっていらない子でしたので、親子らしい関係だったことはただの一度もありません。

 だからなのでしょう、悲しいとか、寂しいとか、そんな感情は沸き起こってこないのです。

 やっぱりわたくしは冷たいのかもしれません。

 ただ理由がわからなくて、なんだか茫然としてしまうのでございます。


「奥様。……奥様」


 耳元で声が聞こえてハッと顔を上げますと、いつの間にかお茶を運んできたメロディがいました。

 どのくらいぼーっとしていたのでしょう。

 グレアム様もロックさんも、わたくしの方を見て気遣わし気な顔をしていました。


「ロック。話はいったん中断しよう。アレクシアと二人きりになりたい。すまないが二人とも出て行ってくれ」

「御意」

「……わかりました」


 メロディはちょっと不満そうな顔をしましたが、わたくしを見てにこりと微笑むと、黙って部屋を出ていきました。



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