ダリーンの捕獲 1
コルボーンから戻ってきて、グレアム様はデイヴさんに命じて、コードウェル領の私兵も異母姉の捜索に協力させるように命じました。
コードウェルには人間は少ないですので、軍に籍を置いている方もほとんどが獣人です。
グレアム様はその中でも光、もしくは闇の属性の魔力を持っている方だけを選抜し、コルボーンに送り出すことにしました。
建築に詳しい方も選別して、一足早く鳥車でコルボーンに向かわせた模様。
わたくしももっとお役に立ちたかったのですが、グレアム様はこれ以上首を突っ込まなくていいとおっしゃいました。
強い魔術師の関与が疑われますので、グレアム様は警戒なさっているようです。
「奥様、指輪が出来上がりましたよ」
コルボーンから戻って一週間。
マーシアが呼びに来て、わたくしはグレアム様とともに魔石商の待つ応接間に向かいました。
指輪です。結婚指輪です!
当初は結婚式に合わせて作ることになっていたのですが、グレアム様が急がせたのです。異母姉の件で警戒なさっているのでしょう。結婚指輪であると同時に、自分に不足している属性の魔石でもありますので、早く仕上げるに越したことがないとおっしゃいました。
魔石商の方がビロードの箱に入れてあった指輪を見せてくださいます。六十歳手前ほどの外見の白髪頭のこの方は、グレアム様が懇意にしている魔石商だそうです。グレアム様が以前からお持ちだった闇の魔石は、この方に無理を言って手に入れたと聞きました。
そのため、指輪を作る際に、直径三センチほどの魔石を渡したのですが、頼み込まれて、カットした残ったものはそのまま差し上げるお約束をしていました。その分、加工代はタダでいいとおっしゃっていたのですが、グレアム様曰く、タダにしたところで充分なおつりが出るとおっしゃっていました。カット後のくず魔石であっても、闇の魔石の場合はとんでもない価値があるそうです。
三センチの魔石を一センチくらいの大きさにカットし、少し幅広の指輪に仕上げてくださっています。わたくしのは、闇の魔石に加えて土の魔石がついています。指輪自体は白金でした。
「いかがでしょう。デザインにも凝ってみたのですが」
おっしゃる通り、絡み合う蔦の模様が入った指輪はとても美しいです。細かい宝石も散りばめられています。キラキラ光って、とても綺麗です。
「ずいぶん豪華なものにしたな」
「闇の魔石をタダでいただくのですから、このくらいは。……ところで、あの闇の魔石はどこで手に入れられたのですか? あのサイズになるとそう簡単に入手できない代物だと思いますが」
なんと、三センチサイズであってもそうそう手に入らないものだそうです。どれだけなんですか、闇の魔石。
グレアム様はふふんと機嫌よさげに鼻を鳴らしました。
「教えてところでお前が取りに行くことは無理だろうよ。百名の騎士を連れて行ってもおそらく帰ってこれん」
「……なるほど。そんな命知らずな場所に採りに行かれたのですな。いえ、グレアム様でしたらそのような場所でも恐ろしくないのでしょうが。ということはつまり、この闇の魔石以外にもいろいろと……?」
「ああ、たんまり手に入った」
「いくらかこちらへ卸していただくことは?」
宝石商さんが、さっと重たそうな計算機を取り出しました。
目をギラギラさせる宝石商さんを前に、グレアム様が指輪を確かめながら「ふむ」と考え込みます。
「こっちもいろいろ便宜を図ってもらったことがあるからな……、少しくらいならまあいいか。その代わり、俺が魔石を持っていることは内緒にしておけよ」
「もちろんでございます。商売敵を活気づかせるようなことはいたしませんとも」
……その言い方ですと、今後もグレアム様から魔石を融通してもらう気満々に聞こえますね。
この方とグレアム様は仲がよろしいのでしょう。
苦笑しながら「少し待っていろ」と言って席を立ちます。
「アレクシア、俺が魔石を取りに行っている間、サイズに問題ないか見てもらっておけ。きつすぎるのも問題だが、簡単に抜けるようでは困るからな」
「はい」
わたくしは、ビロードの箱からそっと自分の指輪を取って、左手の薬指にはめました。結婚指輪はここにはめるのだそうです。
「見せていただいてよろしいですかな?」
「はい。いかがでしょうか?」
魔石商さんに指輪をはめたまま手を差し出しますと、指輪を軽く回したりしながら確認したあとで「大丈夫そうですな」と頷きました。
「グレアム様も先ほどはめられて問題なさそうでしたので、これでよろしいでしょう。もしサイズ変更があればご連絡いただければすぐにお伺いします」
「ありがとうございます」
つまり、今日このまま受け取れるということですよね。
わたくしの指輪です。結婚指輪。わたくしと、グレアム様の結婚の証です。
頬が緩んでしまいます。両手で頬を押さえますと、魔石商さんが目を細めて微笑みました。
「仲がよろしいようでなによりですな」
「え、あの……はい」
仲がいいと言われて、否定などしたくありません。照れながらもわたくしが頷いたところで、グレアム様が戻ってこられました。
全種類の魔石を手にしていらっしゃいます。
魔石商の方が、がたんと席を立ちました。
「まだ闇の魔石をお持ちだったんですか⁉ と言いますか、光の魔石も……!」
グレアム様が持ってこられたのは魔石の中でも小さなものでしたが、魔石商さんは目の色を変えました。
「確認してもらって構わないぞ。何なら魔力を通すが」
「いえ、私も魔石商の端くれです。魔力がこもっていなくとも見分けられます。……見せていただいても?」
「ああ」
グレアム様が六個の魔石を魔石商さんの前に置きました。
風、火、土、水の魔石は大体五センチ程度でしょうか。闇の魔石と光の魔石が二センチ程度の大きさのものでしたが、魔石商さんは風、火、土、水の魔石には目もくれずに、光と闇の魔石を食い入るように見つめていらっしゃいました。
……そういえば、五センチの闇の魔石でこのお城が買えるだけの価値があるってデイヴさんがおっしゃっていましたよね。ってことは、この二センチ程度の闇の魔石だけでもとんでもない価値があるのでは⁉
それに加えて光の魔石まであります。
風、火、土、水の魔石も、闇や光に比べると価値は下がりますが、普通の宝石の何倍も価値があるのは間違いありません。
「本物です……」
「当たり前だ。俺が偽物を集めるとでも?」
「グレアム様。その……これだけのものを持ってこられますと、手持ちですぐにお支払いは……」
「分割でもいいぞ。何ならそれが売れてから支払ってくれても構わない。別に金には困ってないからな」
「うらやましことです。……では、書類だけ作らせていただいて、買い手がついた後でお支払いということにさせていただければと思います。まあ、すぐに買い手がつくと思われますし、光と闇の魔石となれば王家が買い取る可能性が高いですからな」
「だろうな。せいぜい値を吊り上げてやるといい」
グレアム様、王家ということはお姉様でいらっしゃるスカーレット様が買い手だと思うのですが、そのようなことをおっしゃっていいのでしょうか。
「ああ、ただし、姉上が相手でも俺から仕入れたということは絶対に言うな。適当に誤魔化しておけ」
「はい。もちろんでございます」
……あのー。相手は女王陛下ですけど、本当にそれでいいんですか?
グレアム様は魔石商さんが作った書類を確認した後でデイヴさんに渡し、表情を引き締めました。
「ところで、一つ頼みがあるんだが」
「そうだと思いました。やけに気前よく魔石を融通してくださいましたからな」
魔石商さんが苦笑なさいます。
どうやらグレアム様の狙いはほかにあったようです。
「わかる範囲でいいんだ。光と闇の魔石を購入した人間に心当たりはないか? もしくは知り合いでその二つの魔石を誰かに売った魔石商はいないだろうか」
「闇と光の魔石なんて高価なものを欲しがる方なんて、私が知っている中ではグレアム様しかいらっしゃいませんよ。個人で購入するには高価すぎますし、希少すぎます。この二つの魔石は、本当にごくまれに入手することができますが、私共魔石商は、ほとんどの場合、王家にお売りいたしますから……心当たりはございませんね。一応、知り合いに聞いては見ますが」
「そうか。……まあ、そうだよな」
「お役に立てませんで……」
「いや、いいんだ。俺も予想はしていたしな。ああ、ただ、今俺が渡した光と闇の魔石を、購入したいと言い出す魔術師がいたら教えてくれ。別に取引は邪魔をしない。こっそり教えてくれるだけでいい」
「その程度でしたら、融通させていただきます」
「助かる」
グレアム様は異母姉を手助けした魔術師の手掛かりを探していらっしゃるのですね。
確かに、感じ取れたのは魔石にこもった魔力のように純粋なものでしたから、希少な光と闇の魔石を持っていると考えたほうが自然です。
魔石商さんは、何か情報が得られたら連絡するとおっしゃって、何度もグレアム様にお礼を言いながら帰っていきました。
「アレクシア、その指輪ははずすなよ」
魔石商さんが帰った後で、グレアム様はわたくしの薬指を確認しておっしゃいます。
グレアム様の左手の薬指にもお揃いの指輪が輝いていまして、なんだかとてもくすぐったい気持ちになります。
「もちろんです」
この指輪は一生つけておくのです。
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