魔力の残滓のようなものがあるらしいです 6

 翌日、わたくしたちはブルーノさんの案内で異母姉が失踪当日まで暮らしていた建物へ向かいました。……の、ですけれど。


「あの、本当にここに姉が……?」


 わたくしは案内されていた建物の前で戸惑ってしまいました。

 だって、なんと言いますか……、木で枠組みが組まれ、麦わらで屋根が作られた家は、小さな物置小屋のように見えてしまったのです。

 解体されずに残っている家は、どれもここと同じようなつくりではありましたが、これはその中でもひと際小さなものでした。

 この家で暮らすことに、よく異母姉が文句を言わなかったなと思ったのです。


 ……といいますか、ブルーノさんはあの赤レンガの家で暮らしていたようなので、お姉様とは別々に暮らしていたのでしょうか。


 獣人を蔑視している異母姉が、一緒に暮らすことを拒んだ可能性もありますが、それにしても、異母姉がここでおとなしく生活していたというのがどうにも想像できません。


「……まだ邸ができていなかったからな」


 ブルーノさんが少々苦しそうに答えましたが、その横でグレアム様がぷっと吹き出しました。


「あれだけギャーギャー騒ぎ立てたんだ。雨風がしのげる場所が与えられただけましだろう? 俺なら縄で縛りあげて外に放り出しておいただろう」


 ……お姉様、グレアム様にいったいどんな失礼を働いたんですか?


 異母姉は、歓迎されないだろうことは、内乱を起こすまで抑圧されていたブルーノさんたちの状況を考えればなんとなくはわかるのです。

 自分たちを差別し、抑えつけてきた領主の娘ですもの。ブルーノさんたちがいい感情を抱けなくても仕方ありません。


 かくいうわたくしも、グレアム様に嫁いでおりますがクレヴァリー公爵家の出ですから、わたくしに対しても思うところはあるはずです。

 でも、ブルーノさんはそんなわたくしにも親切にしてくださいました。

 ですので、歩み寄れない方ではないと思うのです。


 つまり、異母姉がここに追いやられていたということは、異母姉側に問題があったのでしょう。わたくしはブルーノさんとは昨日お会いしたばかりですが、異母姉が歩み寄りの姿勢を見せていれば、拒絶するような方ではないだろうことはなんとなくわかります。


「あの、本当に姉がご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません」


 異母姉を無事発見できたとしても、わたくしの言葉には耳を貸さないでしょう。説得はできません。というより、わたくしが何か意見でもしようものなら、異母姉は激怒してわたくしを殴るでしょうし。まともに話し合いはできないと思います。

 ですので、わたくしにはブルーノさんに謝罪するしかできません。

 ごめんなさいと頭を下げますと、ブルーノさんがぶんぶんと首を横に振りました。


「いえ、グレアム殿下のお妃様に頭を下げていただく必要は」


 お妃様?


 きょとんとして顔を上げると、グレアム様が「まあそうなるな」と笑います。


 え。お妃様⁉


 驚きのあまり硬直したわたくしの肩をポンと叩きます。


「ブルーノの言う通り、アレクシアが謝る必要はない。ブルーノ、中に入れてくれ。魔力の残滓がだいぶ薄れているからな、外からだとわかりにくい」

「かしこまりました」


 ブルーノさんが建物を守っていた獣人の方々に下がるように言って、建付けの悪い引き戸を開けました。

 中は一部屋だけでした。

 木で作られた小さなベッドの横にドレスがかけられるよう棒が通してあり、姉の高そうなドレスがたくさんかかっています。

 ほかには椅子とテーブルがあるだけで、変わったものは見当たりませんでした。


「確かに魔力の気配があるな」


 グレアム様が部屋の中をぐるりと見渡しながら眉を寄せます。

 グレアム様がおっしゃるとおり、部屋の中には魔力の気配がしました。


 ……でも、不思議です。獣人でも、人のものでもない気がします。


「魔物の魔力に近い気もするが……」

「はい。でも……」


 魔物、獣人、人の中で考えるなら魔物の魔力が一番近いです。でも、生きた魔物の魔力はもっと雑多な感じがするのです。でもこれは――


「魔石に魔力を込めたみたいな綺麗な魔力の気配がします」

「……言われてみればそうだな。気配で言えば、風と火、か?」

「あと光と闇もあります」

「光と闇? ……ああ、確かにな。風と火に比べたらかなり小さいが、残っている。……いや、待て。光と闇?」


 グレアム様が難しい顔をして、それからハッとしました。


「そうか。光と闇の魔力は、同時に保有しているものはいない。アレクシア、確かに魔石だ。魔石に込めた魔力を使ったのだろう」


 光と闇の魔力を同時に体に宿している人は、観測されている中ではただの一人もいないそうです。光と闇の魔力が同時に体にあると、力が強すぎる上に反発しあって、生きてはいられないと言われています。


「グレアム様、お姉様は魔術が使えません。ここに残る魔力が魔石だとしても……」

「ああ。第三者の介入があるのは間違いない。だが、光と闇の魔力が残っているのならば、ダリーンの失踪が誰にも気づかれなかったのには理由がつく」

「わかったのですか⁉」


 ブルーノさんが驚いた声を上げました。

 わたくしも驚いてグレアム様を見ます。

 グレアム様は「ああ」と一つ頷きました。


「光と闇の複合魔術を使ったんだろう。高度な魔術だからな、闇の魔石を持っていない今だと、俺も発動させるのは厳しいが……簡単に言うと、目くらましだ。対象物の姿を消すことができる」

「姿を消す……あ!」


 だから、異母姉は誰にも姿を見られずにここから逃げることができた、と。そういう言うことですね?


「でもそうなると、その高度な魔術を使った何者かの介入があったってことですよね? 何のために?」


 メロディが鋭い意見を言いました。まさしくその通りだと思います!


「俺が見た限り、クレヴァリー公爵は利己的な考えの人間だった。自分に火の粉が降りかかるのを承知で魔術師を雇い娘を助け出そうとはしないだろう。公爵夫人……ああ、元公爵夫人か。あれは今も城の地下牢だ。見張りもついている。娘を助け出すことは不可能だし、魔術師とコンタクトがとれるならまず自分が逃げ出しただろう」

「つまり、家族以外に奥様の異母姉を助け出して得をする人間がいたんですかね」

「得をするかどうかは知らんが……、アレクシア、ダリーンに恋人はいたのか?」

「お姉様の恋人ですか……。あの、特定の方はいらっしゃらなかったと思います」

「……不特定なのはいたのか」

「お姉様はおもてになりましたから」

「つまりー、節操なしタイプだったんですね」

「有力候補を絞り込むのが難しくなるな」


 メロディが鼻で笑って、グレアム様が額を押さえました。


「だが、ここを出た方法はわかった。それから魔術師の協力者がいることもな。捜索には魔術師を導入した方がいい。獣人を捜索に当たらせる場合は、光か闇のどちらかの属性を持っているものに絞った方が効率的だ。同じ属性の魔力を持っていたら、多少なりとも鼻が利くだろう」


 グレアム様はブルーノさんに忠告なさってから、溜息を吐きつつ続けました。


「それから、協力者の魔術師だが、かなりの腕だろうと思われる。光と闇の複合魔術だけでも高度なんだが、風と火の魔力が残っているということは、さらに上の魔術を使った可能性が高い。風と火を含めた目くらましの魔術は、姿を見えなくするだけでなく気配すら消すんだ。消した対象物の温度すら感じ取れなくなる。……ただし、魔術の中では最上級に入るもので、それが使える魔術師は限られる。俺が知っている中では、俺のほかにこの国にはあと二人しかいない」

「グレアム様のほかに二人だけ……」

「ああ。その二人が関与しているとは思えないが、そっちの方は俺が探る。……どちらにせよ、どういう意図があっての行動かはわからんが、それほどの魔術師が相手ならば、反撃されればかなりの被害が出るはずだ。発見しても、むやみに攻撃しない方がいい」


 ……これは、想定以上に厄介な事件かもしれません。




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