魔力の残滓のようなものがあるらしいです 5

 建物全体に防水加工を施し、家具を入れた後で、わたくしたちは改めてダイニングでお話をすることになりました。

 建物に家具を入れたりしておりましたから、すっかり昼食を食べ忘れておりまして、お茶と一緒に用意されたサンドイッチを食べます。

 窓ガラスはなく、布が張られているだけですが、グレアム様が風と火の複合魔術で部屋を暖めてくださいましたので寒くはありません。


 ダイニングはとても広くて、ブルーノさんは感激していました。

 なんとなくですけど、ブルーノさん、この先もここに住むつもりではないでしょうか。取り壊すことなど頭になさそうです。

 ええっと、王弟殿下が建てられた家なんて、ほかに例はありませんから、ある意味とても貴重で領主にふさわしいと言えなくもない……かもしれませんけどね。


 グレアム様は貴族の邸を想像して作られたので、どの部屋も間取りは広いですし、各部屋に暖炉も作られていますし、先ほど防水加工を施しましたので住む分には何ら困らないと思いますから、ブルーノさんがよければいいと思います。

 ずっと使うんならもっと考えて作ったんだがな、とグレアム様は苦笑していますが。

 広いホールもありますから、移住してきた獣人さんたちにそこを提供してもいいだろうしなんて、すでに使う気満々なことを言いながら、ブルーノさんが笑っています。


 そうですね。住む場所が足りなくてテント生活をしている方も大勢いるそうなので、それに比べれば雨風がしのげるホールの方が断然いいでしょう。

 グレアム様が好きにしろとお答えになりますと、さっそくホールに布団を入れて、テント生活の獣人の方々に声をかけることにしたようです。


 さて、最初はこのようにこの建物の使い道で盛り上がりましたが、そろそろ本題に入らねばなりません。

 ブルーノさんが背筋を正し、異母姉がいなくなったのに気付いた時のことを報告します。

 それはわたくしも聞いていた内容と相違ありませんでした。

 異母姉がどこに消えたのかは依然とわかっておりませんが、その手掛かりになるかもしれないのが、建物にかすかに残っている魔力の残滓なのだそうです。


「今日はもうじき日も暮れますし、明日にでも確認していただけますと」

「そうだな」


 確かにそろそろ夕食の準備をしなければなりませんね。今サンドイッチを食べたばかりなので、わたくしはお腹はすいておりませんが、わたくしがよくとも、男性の方々にはサンドイッチだけでは足りませんでしょう。

 この建物にはキッチンもありますから、さっそくキッチンで料理の準備がされることになりました。

 コードウェルから料理人は連れてきておりませんので、ここにお住いの獣人の方々が腕を振るってくださいます。


 夕食ができる間、わたくしはグレアム様とこのあたりを少し歩いてみることにいたしました。


 ここはもともとクレヴァリー公爵領だったところです。

 領地には一度も足を踏み入れたことはございませんので、ちょっと、感慨とでもいいますか、不思議な感じがいたします。


 クレヴァリー公爵領の中にはたくさんの町がありますし、道も整備されていますが、コルボーンの付近は自然豊かと言いますか、ほとんど手つかずのまま放置されていたようです。

 周囲を森や山に囲まれていて、ここだけ取り残された別世界のような気がいたします。

 この地をきちんと整備していなくとも、父は、税金だけはしっかりと徴収していたそうで、税金を支払うために畑も作ってありましたが、今は町を広げるために畑をつぶしてしまったそうです。

 幸いにして女王陛下の支援金で食料はたくさん購入できたので、畑を作るのは急がないとか。町を作り終えた後で、改めて森の木々を伐採して畑になる場所を確保するとのこと。


「この森にはあまり魔物はいなさそうだな」

「そうですね。あまり魔力を感じません」


 全く感じないわけではないのですけど、感じるのは獣人たちが住んでいる場所から離れたところです。

 ただ、クウィスロフトは魔物が少なく、そのせいで魔石もあまり採れないと聞きますから、別段ここが珍しいわけではないのでしょう。

 逆に、魔石がたくさんあったハクラの森が珍しかったのです。


 手をつないで歩いていますと、ごく自然に、グレアム様が指をからめるようにして手をつなぎなおしました。

 このつなぎ方、好きです。

 ぺったりとくっついている感じがします。


 しかし、歩いてみてつくづく思うのです。

 コルボーンは森や山に周囲を囲まれているのに、異母姉はどうやって姿をくらましたのでしょう。

 森を抜けるか山を抜けるか……。もちろん、ここまで馬車が通れるように街道はあります。ですが、街道を歩けばすぐに見つかったはずですので、異母姉が自分の意志で姿をくらませたのならば、森や山に入ったのだと思いますが……あの異母姉が、木々の生い茂った道なき道を歩けるとは思えないのです。


 短い距離でも馬車を出していたので、長い距離を歩くこと自体なかったですし。

 庭を散歩するときも、侍女に日傘を持たせて、のんびりのんびり歩いていたのです。

 わたくしも大概のろまな方ですが、異母姉はわたくしよりも歩く速度が遅かったのです。


 ……考えれば考えるほどに謎ですね。


「あ、グレアム様。リンゴです! リンゴの木があります」


 ほのかに甘酸っぱい香りがすると思えば、森の中にリンゴの木を発見しました。

 自生しているのでしょうか。気にぶら下がっているのは、赤く色づいた小ぶりのリンゴです。わたくしの手のひらに二つ三つ乗りそうなくらいの大きさでした。


「クラブアップルだな。しっかり熟しているようだが、そのまま食べたら酸っぱいぞ。ジャムにすれば美味いが」

「お好きですか?」

「ああ、うちの領でも栽培されているからな。ジャムはよく食べる。というか、コードウェルの城で出されるリンゴジャムはほとんどがクラブアップルのジャムだぞ」

「あの甘酸っぱくて美味しいジャムですね!」

「少し採って帰るか?」

「はい!」


 持って帰ってジャムを作りましょう。採られた形跡がないので、もしかしたら獣人の方々は食べないのかもしれませんが、食べ方を知らないだけかもしれません。ジャムにしたら美味しいことがわかれば、皆さまも食べるようになるかもしれませんし。クラブアップルの木はあちこちに生えていますから、収穫したらかなりの量になりそうですし、このまま腐らせるのはもったいないです。


 グレアム様によると、おそらく果実酒にも加工できるはずだとおっしゃっていました。生食に不向きなだけで、使い道はいくつもあるようです。

 籠がないので両手に抱えられるだけになりますが、クラブアップルは逃げませんのでまた採りに来ればいいです。


 わたくしが両手を広げた上に、グレアム様がクラブアップルを載せていってくださいます。

 三つ、四つ、五つ……。

 そこでふと、グレアム様はクラブアップルを取る手を止めました。

 どうしたのかと思うと、さっと周囲を見回してから、いたずらっ子のように笑います。


「ここならメロディには見つからないな」


 何のことでしょう。

 わたくしが首を傾げようとしたとき、グレアム様が身をかがめて、さっとかすめるようにわたくしの唇に口づけを落としました。

 ぱちくりと目を瞬いている間にもう一回。


 動揺したわたくしの手から、クラブアップルが落ちて、地面を転がっていきます。

 でも、わたくしにはそれを拾い上げる暇はありませんでした。


「んぅ」


 グレアム様の左手がわたくしの腰に回り、右手が頭の後ろに回って、かすめるだけだった口づけが深いものに変わったからです。

 こうなれば、わたくしの頭の中は真っ白に塗りつぶされ、ぽーっとなって、何も考えられません。

 吐息まで奪い取るような口づけの後、わたくしがふらりとよろめきますと、グレアム様が笑いながらしっかりと支えてくださいました。


「クラブアップルもいいが、せっかくだ。しばらくここでこうしていよう」


 なんだかちょっといけないことをしているような気分になりますが、もちろんわたくしには異論はございませんでした。




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