魔力の残滓のようなものがあるらしいです 3

 コルボーンに降り立ちますと、赤茶色の髪に琥珀色の瞳をした背の高い男性が出迎えてくださいました。彼が異母姉の夫のブルーノさんだそうです。きりりとした精悍な顔立ちですが、笑った顔はとても優しそうな方でした。


「ご足労頂いて申し訳ありません。まだ町つくりをはじめたばかりで散らかっておりますが、奥の区画にはいくつか建物ができたので、そちらにご案内いたします」


 ブルーノさんの案内に従って、わたくしたちは奥へ向かって歩いていきます。

 見れば、あちこちで家の解体作業が進められ、石畳の道を引くために地面をならしていました。


「苦労しているみたいだな」


 グレアム様も町の様子を見ながらおっしゃいます。


「ええ。女王陛下が支援金をくださいましたので、町を作るための金は充分ありますし、資材も購入しました。木材は、町を広げるためにどうせ伐採しますから余っているほどです。ですが、人手が……。建築に詳しいものもあまりおりませんし」

「ああ、そのようだな」


 コルボーンは獣人の領地です。住んでいる方々も獣人がほとんどで、人間の住人はダリーンだけだったそうです。

 そのせいか、建築に詳しい人間を雇い入れようとしても断られてしまい、手探り状態で町づくりをしているのだとか。


 建築を学ぶには、親方について勉強するか学校へ行くかしなければなりません。しかし獣人差別の残るクウィスロフトでは、獣人はなかなか学校へは通えません。獣人は働き口があっても賃金が安く、授業料が高くて払えないのです。親方につこうにも、親方は人間ですので、なかなか雇ってもらえません。だから獣人さんで建築に詳しい方はなかなかいないのです。

 ブルーノさんの話を聞いて、グレアム様が眉を寄せました。


「おおかた、どこかの愚かな貴族が裏から手を回して、人間がこちらに来るのを妨害しているのだろう。建築に詳しいものか……。うちの領の人間に募集を募ってみよう。鳥車も買う算段が付いたからな、ここまでの移動は問題ない」

「いいのですか?」

「ああ。ここをお前たちの領地にするように動いたのは俺たちだからな。最後まで面倒を見るのは当然だろう?」


 ……グレアム様、お優しいです。


 コルボーンには、各地から獣人さんが集まりつつあります。ですが、住む場所がなくて困っているのだそうです。建築に詳しい方が来れば、それだけ早く効率的に作業ができるでしょうから、きっとすぐに集まった獣人の方々が安心して暮らせる場所になるはずです。


「ここです。……すみません。見苦しいですが」


 ブルーノさんが案内してくださったところには、赤いレンガを積み上げて作った家がありました。急いで作った家だそうで、当面はここを領主の館にしているそうです。

 館と言っても、部屋数はほぼなく平屋ですので、わたくしたちがここに泊まるのは不可能そうですね。どこか空いている家もなさそうですし、テントがあればいいのですけど。


「……なるほど。領主が使う館でこれとは、思っている以上に深刻そうだ」


 普通、領主の館は他より優先して作られます。人間は身分やいろいろな問題が絡みますが、それを抜きにしても体裁があるからです。しかし、目の前の赤レンガの家は明らかに積み上げただけの仮住まいの家で、体当たりすれば崩れそうな不安定もありました。


「これなら土魔術で作った方がまだましだな。隣の空いている土地を借りるぞ。……俺は構わないが、さすがに今にも天井が落ちてきそうな家に妻を入れるのはな」


 ……妻!


 わたくしはぽっと赤くなりました。

 妻。そう呼ばれるのはくすぐったくて面はゆいです。

 ちょっとにやにやしてしまうわたくしの頭をグレアム様がそっと撫でてくださいます。……途中でメロディに払い落とされていましたが。

 ブルーノさんは不思議そうな顔で、わたくしの方を見ました。


「……その。その方が、ええっと、ダリーンの……」

「ああ、ダリーンの異母妹で、俺の妻だ」


 妻の部分が少し強調されて聞こえました。

 やっぱりにやけてしまいます。

 熱くなった頬を押さえておりますと、ブルーノさんが困惑した顔になりました。


「あ、あまり似ていませんね……」

「確かに、異母姉とはあまり顔立ちは似ていないかもしれません。異母姉の方がわたくしより美人ですし」

「ダリーンには会ったが、アレクシアの方が美人だったぞ」


 ……どうしましょう。恥ずかしくて嬉しくて顔があげられません。


 お世辞なのはわかっていますが、グレアム様に美人と言っていただけると、体の力が抜けてふにょんとなりそうです。


「いえ、その、そういう意味ではなく……」


 ブルーノさんの視線が泳いでいます。

 きょとんと致しますと、グレアム様が苦笑しました。


「安心しろ。アレクシアはダリーンのような女じゃない。普通に接してくれて構わない。何か言ったからと言って喚き散らしたりなどしないからな」


 はい、喚き散らすなんて、そんなことは致しませんよ?

 もしかして、ブルーノさんはわたくしを怒らせることを警戒していたのでしょうか。異母姉は怒りっぽいですからね。いろいろ苦労なさったのかもしれません。

 ブルーノ様はまだ困惑中でしたが、どことなく安心したような表情になりました。


「広さは……そうだな、このくらいでいいか。メロディ、アレクシアを連れて少し後ろに下がっていろ」

「わかりました」


 メロディに手を引かれてわたくしが後ろに下がりますと、グレアム様は肩越しにそれを確認した後で、前方に手を突き出しました。

 ボコッ! と大きな音がして、地面が盛り上がります。

 それはどんどん小さな山のように大きくなっていき、台形になって、それから家になりました。


 家ですよ!

 色は土のままなので黄土色をしていますが、でも、家です!

 扉はありませんし、窓ガラスははまっていませんが、でも家なのです!


「こんなものか。あとで適当な布を窓と玄関と、それから各部屋の入り口に掛ければいいだろう」


 ブルーノさんも、騒ぎを聞きつけて集まってきたほかの獣人の方々も、一様にぽかんと口を開けていらっしゃいます。


「土で作ったから水には弱いが、結界を張っておけば濡れることもあるまい。ここにいる間俺たちはここを使わせてもらうぞ」


 背後から「ほかの家も全部これでいいんじゃね?」というささやきが聞こえてきます。

 水に弱いそうなので、雨から守るために結界を張っておく必要はあり、また土を固めただけなので長期利用するのはおすすめできないそうですが、これは立派な家だと思います。


「旦那様、でも家具がないですよ」


 驚いているわたくしたちをよそに、素早く中を確認しに行ったメロディが唇を尖らせて戻ってきます。


「あー……ブルーノ。使っていない家具はあるか?」

「それでしたら、家を解体したときに出たものがありますが……」

「それじゃあそれを借りてもいいか? ロック、オルグ、悪いがブルーノに使っていい家具を聞いて、中に運び入れてくれ」

「わかりました。……しっかしまあ、旦那様は規格外なことをなさいますね」


 オルグさんが苦笑いで、二階建ての大きな建物を見上げます。

 部屋数は充分で、オルグさんもロックさんも、鳥車を引いてくださった方々が泊ってもまだ余るくらいあるそうです。

 グレアム様はロックさんに向かって、鳥車を引いてくださった方の一人に、コードウェルに戻ってデイヴさんに建築の知識がある方でこちらに来てもいいという方を探すようにお命じになりました。


「早ければ数日後には誰か連れて来られるだろう。長い年月は使えないが、俺たちが帰った後は、ここをそいつらの仮住まいにしてくれ。ブルーノも、こちらがよければ移ってくれてかまわない」


 今にも崩れそうな赤レンガの家より、グレアム様の作った家の方が頑丈そうですし、大きいです。ブルーノさんが嬉しそうな顔をしてグレアム様にお礼を言いました。


「では、あの中に家具類を入れ込んで落ち着いてから話を聞こうか」


 ……は! そうでした!


 グレアム様の魔術に感心してすっかり忘れておりましたが、ここに来たのはダリーンの暮らしていた建物に残っているという魔力の残滓の確認のためです。


 これは、急いで建物の中に家具を運び込んだ方がよさそうですね!

 わたくしも、微力ながらお手伝いいたしますよ!



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