魔力の残滓のようなものがあるらしいです 2
次の日の朝には、コードウェル城の玄関に鳥車が置かれていました。……やっぱり早かったです。国をまたいだ物品の貸し借りとは、とても思えない早さです。
鳥車を引くのはロックさんの部下たちです。
鳥車はとても大きいですし、中にわたくしたちも乗りますのでとても重いはずなのに、車を引くのは四人だけでした。
グレアム様によると、この鳥車は魔術具の一種で、魔術具を発動させると重量がとても軽くなるのだそうです。ですので、引いている鳥の獣人たちにはあまり負荷はかからないとか。
ちょっと安心しました。
獣人とはいえ、人型を解いたときは、そのあたりを飛んでいる鳥とほとんど見た目が変わりませんから。せいぜい少し大きいなくらいの差なのです。
……鳥車には、綺麗な模様がたくさん書かれていて、宝石のようなものが埋め込まれているとは思っていましたが、これは魔術具だったのですね。そうですよね。枠組みだけで作られているのなら、わざわざエイデン国から購入せずとも、似たようなものが作れるはずですもの。
魔術具研究を趣味とするグレアム様も、作ろうと思えば原理はわかっているそうです。
ただ、魔術具は開発者に権利が与えられますので、開発者の許可なく複製するのは権利を侵害することになって基本的にダメなのだとか。特に、鳥車のように便利なものは、国が制作者から権利を買い上げていることが多く、鳥車を無断で制作することは、エイデン国を敵に回すことになってしまうそうです。
今日は鳥車があるのでオルグさんも一緒です。コルバーンに泊まることになるかもしれないので、メロディも同行します。
ロックさんは鷹の姿になって空を飛んでいくとおっしゃっていました。
鳥車は広いので、四人乗っても充分広いのですが、宿泊することになったときのため、着替えやなんやと詰め込みますと少し手狭に感じますね。
グレアム様がわたくしの隣に座ろうとなさったのですが、メロディが素早くわたくしの隣を陣取って、グレアム様が舌打ちなさいました。
なので、鳥車が飛ぶ立ち、内臓がふわっとする感じを覚えても、今日はぎゅっとしてくださる方がいらっしゃいませんので、体に力を入れて自力で耐えます。
「旦那様、女王陛下には連絡を入れているんですか?」
鳥車が上空に上がって安定すると、メロディが訊ねました。
メロディにも、デイヴさんから事情が説明されていますから、失踪したダリーンの暮らしていた建物を調べに行くことを知っています。
「ダリーンが失踪した時点で報告は入れてある。今回のこともな。ダリーンが見つかったとしても、クレヴァリー公爵家には何らかの咎があるだろう。ただそれは俺の知ったことではない」
女王陛下の命令で嫁いだのですから、異母姉の失踪は女王陛下の顔に泥を塗った形となります。ブルーノさん側に咎が発生しないのは、エイデン国の手前もあるのでしょうが、嫁ぐ際に異母姉がさんざん嫌がって大騒ぎをしていたからだそうです。異母姉の意志で逃げたと考える方が自然なため、ブルーノさん側は被害者とみなされるのだとか。
もっとも、これが事件でない可能性も捨てきれません。
異母姉が何かに巻き込まれたとした場合は、また結果が変わってきますので、女王陛下の沙汰は、すべてが片付いてから降りるだろうとのことでした。
「クレヴァリー公爵家が取りつぶしになる可能性はあるのでしょうか?」
メロディに言われてハッとしました。確かに、内乱騒ぎに、ダリーンの失踪と、クレヴァリーはここのところ女王陛下のお手を煩わせすぎています。
「いや、それはないだろう。あってもせいぜい領主が代わるくらいだな。まあ、万が一クレヴァリー公爵家がつぶされたとしても、アレクシアと離縁になんてことはならないしさせないから気にするな。もし重鎮たちが騒ぎ出したら、アレクシアをどこかの貴族の養女にすればいい。なんならじじいの養女にしてもいいしな。じじいも娘ができて喜ぶだろう」
クレヴァリー公爵家の名前が問題になりはじめたら、わたくしはバーグソン様の養女になるそうです。バーグソン様は素敵な老紳士ですし、お優しい方なのでもちろん異論はありません。
ちょっと強硬すぎる気もしますが、貴族はやたらと形式にこだわりますので、わたくしがバーグソン様の養女となり、クレヴァリー公爵家の関係を切れば、騒ぎ出す人も少なくなるはずだとおっしゃいます。
「それに、この俺に真っ向から逆らおうとする馬鹿はいないだろうよ」
グレアム様がにやりと笑いました。
そうですよね。グレアム様は大魔術師様ですし、次期国王はグレアム様のお子様と決まっております。
……あれ? ということは、わたくしが産むのでしょうか?
形式上の妻から、本当の妻にしていただけるのですから、そうなるのです、よね?
と、いうことは、わたくし、未来の国母なのですか⁉
え⁉ わたくしのようなものが、次期国王陛下をお育てするのですか⁉
どうして今までその事実に気が付かなかったのでしょう。
いえ、知っていたはずです。だって、女王陛下のご命令の中に入っていました。そうです。わたくしはグレアム様に嫁いで子を産むのが仕事――あわわわわわっ。
「アレクシア、急に百面相をはじめたがどうかしたのか?」
「なっ、なんでもありませんっ」
恥ずかしいやら恐れ多いやらでどうしたらいいのでしょう。
ですが、グレアム様にわたくしのぐちゃぐちゃな頭の中を説明するわけにはいきません。
だ、大丈夫です。グレアム様がついているのですもの。マーシアやメロディもいます。だから、たぶん、大丈夫。いえ、大丈夫でなければならないのです!
「何はともあれ、話はダリーンを見つけてからだ。今のままでは事情がまったくわからないからな」
「いったいどこに消えたんでしょうかね。もしかして、獣か魔物の餌になっていたりして」
え⁉
「まあ、可能性はあるだろうな」
ええ⁉
「わたしはわたしで、それでも全然かまいませんけどね。ただ、機会があれば一発殴ってみたかったので、ちょっぴり残念です」
はい⁉
「もし生きていて本当に殴る気なら、誰も見ていないところで、服の下になるところにしろよ」
えええええ⁉
いろいろ問題発言が飛び交いましたよ⁉
というか、獣か魔獣の餌? いえ、確かに、その可能性もゼロではないかもしれませんが、え、でも……。
異母姉が生きていない可能性というのは考えたことがございませんでした。
姉妹らしかったことなど一度もなく、むしろ異母姉のことは怖くて仕方がありませんでしたが、すでにこの世にいないかもしれないと考えると、なんだか複雑な心境です。
悲しいわけではないのです。
そして、そんな自分に戸惑ってしまいます。
身内が死んだかもしれないのに、悲しくないなんて……わたくし、人として大丈夫なのでしょうか。
わたくしはクレヴァリー公爵家でいらない子でしたが、異母姉とは血のつながった姉妹であることに変わりはないのに。
わたくし、冷たい人間なのかもしれません。
わたくしが視線を下に落としますと、それまで黙って聞いていたオルグさんがごほんと咳ばらいを一つしました。
「あー……奥様が困ってるみたいなんで、そろそろ血なまぐさい話はやめたらどうですかね?」
グレアム様とメロディがハッとしたように口をつぐみました。
メロディが、荷物の中から飴の入ったガラス瓶を取り出して、一つくださいます。
「奥様、果物の飴なんです。どうぞ」
「ありがとうございます、メロディ」
口に入れると、甘い味が口いっぱいに広がります。
この味は、イチゴでしょうか。
口の中から、ゆっくりと体に染み渡る甘みに気分が少し落ち着いてまいりました。
「大丈夫か?」
グレアム様が心配そうな顔をなさっていましたので、にこりと微笑めばにこりと返してくださいます。
「もうすぐ着くぞ」
鳥車なので、クウィスロフトの南にあるコルボーンまでもあっという間です。
わたくしは再び襲ってくるだろう、ふわっとした感覚に備えました。
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