魔力の残滓のようなものがあるらしいです 1
わたくしが護身の魔術訓練をはじめて五日が過ぎた日のことでした。
日に日に、教えていただくものが護身と呼ぶにもおこがましいような危険な魔術になってきている気がいたしますが、威力さえ気を付ければ護身と呼べなくもないので、わたくしは「きっと気のせい」と自分に言い聞かせております。
……いやでも、さすがに相手を氷漬けにしたらダメですよね。そうでしょう?
本日の午前中にグレアム様から教えていただいた、相手をカチンコチンに凍り付かせる水の魔術は、わたくしの中でそっと封印しておくことにいたしましょう。
たまたまわたくしの魔術訓練を見に来たオルグさんは、魚って生きたまま氷漬けにすると解凍したらまた動いたりするんだぞーなどと本当か嘘かわからないことをおっしゃっていましたが、人間は無理だと思うのですよ。
そんなにぎやかでちょっと物騒な魔術訓練を終えて昼食を食べ終わったあとのことでした。
ロックさんがダイニングにやってきて、グレアム様にそっと何事かを耳打ちしたのです。
「……なに?」
その途端、にこやかだったグレアム様の表情がこわばりました。
「ロック、デイヴ、執務室へ。……アレクシア、お前も来てくれ」
「はい、わかりました」
呼ばれたので頷きましたが、難しい話をする場にわたくしが招かれるのは稀なことです。
執務室へは何度も足を運んだことがございますが、込み入った話をするときにお邪魔したことはほとんどありません。
……グレアム様の表情から察するに、難しい話で間違いないと思うのですが、よろしいのでしょうか。
マーシアとメロディを振り返りますと、二人とも頷いてくださいましたので、グレアム様と一緒に執務室へ向かいました。
執務室へ入ると、わたくしをソファに座らせて、その隣に座したグレアム様がロックさんに視線を向けます。
「もう一度詳しく説明してくれ。ダリーンを閉じ込め――いや、ダリーンがいた建物に魔力の残滓があったとはどういうことだ」
今、閉じ込めていたと言いかけたような?
いえ、まさかそんなはずはありません。だって異母姉はブルーノさんに嫁いだのです。異母姉は獣人に偏見を持っていますが、さすがに嫁いで来た妻を閉じ込めるようなことはないはずです。……そう、ですよね?
それに、閉じ込められても、異母姉がおとなしく言われるままになっているはずがありません。きっと激怒して大変なことになるはずです。ですので、わたくしの勘違いでしょう。
異母姉はまだ行方知れずのままだそうです。
ロックさんも諜報隊を指揮して捜索に当たっていますし、ブルーノさんもそうだと聞きます。
でも、手掛かりすらまだ見つかっていないらしいのです。
その姉が暮らしていた建物から、魔力の残滓ですか? 異母姉は魔力が強くありません。魔術を使えるほどの魔力は持っていませんので、感じ取れるほどの魔力が残っているなんてちょっと不思議ですね。
きっと夫婦ですのでブルーノさんと一緒にお暮しだったのでしょうから、ブルーノさんの魔力でしょうか。
いえ、でもそうであれば、わざわざ問題提起されるはずがございません。
……おそらく、お姉様の魔力は、メロディと同じくらいだと思うのですよ。メロディも魔術が使えるほどの魔力ではございませんから。
メロディの魔力は、わたくしがすごくすごく集中して何とか感じ取れるくらいのものです。本人が近くにいてそれなのですから、異母姉が消えた後の建物に残っているとは思えません。
はっ!
なるほど、そういうことですか!
きっと、異母姉は、いなくなったと見せかけて建物のどこかにずっと隠れていたのですね!
ブルーノさんと喧嘩でもして腹を立てたのかもしれません。
……いえ、ちょっと待ちなさいアレクシア。そうであれば、魔力が感じ取れた時点でお姉様は発見されているはずです。行方不明のままなはずがありません。つまり……あれ? どういうことなのでしょう。
わたくしが首を傾げておりますと、ロックさんが順を追って説明くださいました。
なんでも、ブルーノさんは、異母姉が暮らしていた建物に何らかの手掛かりが残されていないかと、徹底的に探し回っていたそうです。
この時点で異母姉が建物に隠れていたら見つかっているはずですから、やっぱりひそかに隠れ潜んでいたという線はなくなります。
ブルーノさんはあまり魔力感知が得意ではないそうですが、建物の中を探しているときに、かすかに妙な魔力を感じ取ったのだそうです。
ただ、魔力感知が得意でないブルーノさんはそれがどんな魔力なのか、第三者のものなのか、それともコルボーンで暮らす誰かのものなのかも区別がつかなかったそうです。
「ブルーノは、できればグレアム様にいらしていただけないかと言っているそうです。私も一度確認しましたが、確かに魔力は感じ取れるのですが、よくわからなくて……。獣人のもののようにも感じますし人間のもののようにも感じるのですが、それともまた違ったもののようにも思えて判断がつきませんでした」
「ロックがそうなら、ほかの諜報隊員でも無理だろうな」
グレアム様が顎に手を当てて考え込みます。
「……アレクシア。一緒に行ってくれるか?」
「わたくしですか?」
確かに異母姉の起こした問題ですから、わたくしが協力するのは当然のことです。
ですが、わたくしが何かお役に立てるとはあまり思えません。
「アレクシアは魔力感知に長けているからな。いてくれた方が心強い」
……心強い!
それはつまり、グレアム様がわたくしを頼ってくださっているということでしょうか。
いえ、図々しいわたくしの勘違いかもしれませんけれど、でも、多少なりとも役に立つと、そう思ってくださっているということですよね?
こんな時に不謹慎かもしれませんが、わたくし、嬉しくなってついにやけてしまいました。
「どうして嬉しそうなのかはわからんが、その顔を見るに是ということでいいな?」
「はい」
もちろん、連れて行ってくださるのであればお供いたします。
「しかし、コルボーンまでは空を飛んでも数時間かかりますから、旦那様が抱えていくのは……」
「確かにな。さすがに数時間もアレクシアを風にあてたくない。……借りを作るようで嫌だが、エイブラム殿下に頼んで鳥車を貸してもらうか。いや、いっそ一台買っとくか? 鳥の獣人ならうちにもたくさんいるから動かせるし、あると便利だろう。なあデイヴ」
「購入するのは問題ございませんが、今回は急ぐのでお借りいたしましょう。購入のお話は後日ということで」
「ああ、そうだな。ロック、エイブラム殿下のところに行って、鳥車を一台貸してくれと頼んできてくれ。コルボーンの事情を伝えればすぐに貸してくれるはずだ」
ええっと……。
相手は他国の王子殿下ですのに、そんなに気軽に物の貸し借りが可能なんでしょうか。なんですね。この様子を見ると……。
王族同士ですのに、とても気楽な関係のようでびっくりしますが、気さくなエイブラム殿下を思い出すと、かしこまった関係よりもむしろしっくりくる気がいたしますね。
ロックさんが返事をして執務室を飛び出していきます。
「アレクシア、メロディに言って、旅の準備を整えてもらえ。場合によっては数日コルボーンに泊まることになるかもしれん」
「わかりました」
この様子ですと、鳥車をお借りするのもすぐだと思います。
わたくしも急いで自室に向かって、メロディに事情を説明いたしました。
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